神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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18 作業小屋の密談

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 タンジェントの作業小屋は夜、灯りが消えるのは早いのだが。
今夜はルジーとマトレイドが訪問していた。
夕餉を厨房で貰ってきてテーブルに並べ、食事しながら話すことになったのだ。

「ルジー、ドレイファス様は?」
「ああ、大丈夫だった」
「なにかあったのか?」

 ルジーはもうアレを思い出したくないらしくスルーしたので、タンジェントが答える。
「うん、昼間ドレイファス様がすっごくデカいオオムラサキムカデを触っちまって」
マトレイドも、軽く嘔吐いた。

─みんなオオムラサキムカデが嫌いなんだな─

 タンジェントは、よく見かける故の慣れもあるのかそこまでではない。かわいいとはまったく思えないが。
「さて、冷めないうちに食べて、ゆっくり話そうや」
 コーンスープといつもの固いブレッド。葉物のサラダと、野菜と腸詰めの煮物。
ほぼ毎日同じメニューで、スープの種類が違うか、煮物が肉か腸詰めかくらい。あまり変化はないが、これが普通だ。

「タンジーはドレイファス様のスキルについてどれくらい聞いているんだ?」
「俺が知ってる程度のことしか話してないというか、知ってるというほど知らんからそもそも話せない」
「じゃあ、ルジーがこっちを離脱したあとからの話でいいな。そのあとペリルの話を聞かせてくれ」

 マトレイドたちが調べたメイザー公の記録の話を聞く。聞けば聞くほど不思議なスキルだ。
スキルが消える?
違う世界が見える?
聞いたすべてがとんちんかんだが、ドレイファスが教えてくれる夢で、自分も啓示を受けている。如何に荒唐無稽でも信じるしかないとタンジェントはなんとか話に付いていくように気持ちを向けた。

「マヨネーズやロウソクをメイザー元公爵が発明したことは、彼を守るためにその先代様が秘匿された。もし今のドレイファス様が次々発明や発見する存在だと世に知れたら、攫われたりと身の危険も起こりうるとわかるだろう?だからまわりを固める我らは十分注意しなければならないんだ」

 男たちは黙りこくったまま、深く頷いた。

「そうだな。よくわかるよ」

 タンジェントは、自分が話すことを促されたと気づき、水を飲んで喉を潤した。

「まず、俺はすでにドレイファス様が見たものの恩恵を受けていると思う」

 ごくんと唾を飲む。

「ペリルの株を、植えかえた話を聞いているか?」
マトレイドが頷くのを見て、
「ペリルなんか森にいくらでもあるのに、なぜそんなことをわざわざするのか、最初はわからなかったよ。でも長く伸びた茎は、そこからさらに新しく根を伸ばせることがわかったんだ」
「ええ?」
「ペリルに関して言えば、あの長い茎が根を伸ばしてから株として独立させて植えれば、育てたい場所にいくらでも畑が作れるはずなんだ。もちろん株ごと取ってきて植えるほうが早いんだが、茎からできる株を植えることになにかの理由があるのだろうと考えて、試している。
そしてこれが他の作物でもできるなら、今みたいに作物が生える土地を探して歩かなくても、目の前にある土地を作物に適性の高い土にすれば、そこが畑にできるかもしれない」
「それはすごいな。畑は作れるのか?そうしたら・・・」

うん、とタンジェントが大きく頷く。

「俺はたまたま鑑定持ちだったから、土の良し悪しに気づくことができ、土に作物の適性があると知ることができた。でもドレイファス様からのヒントがなければ、きっとこれから先も畑は作物が生えているところを探して歩き、その土地を守るものだと思いこんでいただろう」

「世界の農会がひっくり返るぞ」
「世界をひっくり返さなくてもいいが、公爵領だけ畑を作りまくることができてしまうかもしれないんだよ」

 マトレイドとルジーは、タンジェントを凝視した。

「そりゃヤバい話だな」
「まあ、まだペリルの結果が出ていないし、土や他の野菜などの研究がもっと必要だ。もし畑を好きなだけ作れるようになるとしても数年先のことになるだろうけどな」
「それがもしもの話でも、できる可能性があるならドレイファス様の力は外に知られないほうが良いな。ご自身で自分の身を守れるようにならない限りは危険だ。あ、もちろんタンジーも十分気をつけろよ」
「うん、万一に備えて神殿契約でもしておこうか?誓約があれば自分の身を守ることにもなる」
「そうか。一度俺たち三人でドリアン様と話したほうがよさそうだ。神殿契約も合わせて提案してみよう」

 三人は話しの方向性が見えてきたので、少し力が抜けてきた。

マトレイドがカバンから酒瓶を引っ張り出す。

「そろそろ出してもいいよな。タンジー、コップを頼むよ」

 みんな一斉にニヤニヤし始める。
タンジーはコップと、酒のつまみにボアの乾燥肉を持ってきた。
とくとくと音を立て、コップに酒を注いでいく。各人が手に酒を持ち、誰言う事なく、乾杯をした。

「そうだ、ドレイファス様が描いた絵を持ってきたんだった!」

 ルジーが胸のポケットから折りたたんだ紙を取り出し、丁寧にテーブルに広げた。
なんだこれ?とマトレイドが訊ねるも、もちろん誰にも答えはわからない。

 一枚の紙に、二つの絵が書かれているのだが、一つ目はどういう作りなのか、樽から細い棒が突き出ていてその先が膨らみ、その先からは雨のように点々が描かれている。
これはたぶん、水やりのときに話していた物だろう。
 二つ目の絵は、穴掘り棒のような持ち手が描かれているが、穴掘りをする先の部分が薄くやや尖っているように描かれている。

─これはいいかもしれない!─

 タンジェントは、自分が使っている大きめの穴掘り棒を少し削って使ってみようと思った。
それこそ、この程度なら今すぐできる!
そう思ったら待ちきれなくなり、ちょっと抜けると二人に断って穴掘り棒を取りに行った。

 穴掘り棒は簡単に折れたりしないようかなり硬い木を使うので、細かな加工は難しいと言われている。が、木の椀を作るロクロを使ってゆっくり削れば大丈夫だろう。
ロクロの前に座り、土を落とした大きい穴掘り棒の先をロクロに当てる。一定速度でペダルを足踏みするとシューとロクロから回転音が立ち、シュルシュルと穴掘り棒が削れ始めた。

─三角のようになっていたな。先を薄くして─

 硬いと言っても木材なので、削りすぎて割れないように注意する。集中していつの間にか額が汗ばみ、ポタッと一滴、手の甲に落ちた感触でハッとした。

「あ、いけね」

 夢中になりすぎてルジーたちのことを忘れていた。まだ完成とは言えないが、ドレイファスの絵のイメージに近くなった、所謂スコップ、穴掘り棒を手に部屋へ戻る。




「待たせて悪かったな」

 タンジェントが手した穴掘り棒を見て、ルジーが、ああソレって!と声を上げる。

「わかってくれた?」

 穴掘り棒を手渡すと、ルジーはまじまじと見つめた。

「もちろん!ドレイファス様が夢で見た物が、形になって現れたのはコレが初めてだ!」

 ルジーが、テーブルの上の絵と穴掘り棒を見比べ、満足そうな顔を見せた。それを見て、漸くマトレイドも気づいたらしい。

「そういうことか!この絵は穴掘り棒?」

 遅いよ、とルジーがからかうように笑う。

「今思いついて削ってみただけだから、使ってみてからの話だけどな」
「あ、じゃあ今から外で穴掘ろうぜぇ!」

 ん?酔っ払ってる?
急にいつもと違うテンションで、マトレイドが立ち上がり、扉を開けて外へ出ていった。
しかたなく穴掘り棒を手にしたルジーが追いかけ、タンジェントもついていく。

 月明かりの下、姿勢よく佇むマトレイドが、穴掘り棒をルジーから受け取り、ほんの少しも迷うことなく作業小屋の真ん前の地面に突き立てた。

─ガッ─

 それを引き抜くと、穴掘り棒がやったとは思えないほど深く地面に刺さったことがわかる。そして、穴掘り棒より大きな穴が小屋の入口の前に開けられていた。

 この意味は庭師のタンジェントならわかる。

「コレ、今までの穴掘り棒とはまったく違う!
これを使えば、花の採取もいままでより早く、根を傷つけることも少なくできるに違いない!
これからやろうとしている畑作りだってきっと役に立つ」

 興奮して叫ぶように言うと、ルジーが思いついたように続ける。

「それを言うなら、大工や土木工事なんかも使えるんじゃないか?」

 おおお!なんかすげぇかも!と盛り上がり、マトレイドが穴掘り棒を片手で月に向かって突き上げた。



 やっぱりけっこう酔っ払ってるな・・・

 ルジーの小さい一言に頷くと、タンジェントは穴掘り棒を高々と天に捧げるかのごとく微動だにしないマトレイドの背に手を当て、お祝いにもっと飲もう!と腕を下ろさせた。もちろん穴掘り棒も回収して。

「今夜はもうマトレイドは使い物にならないから、明日俺からドリアン様に面会を申し入れておく。時間が決まったら知らせるから、タンジーはそれを持ってきてくれよ」

 「うん、頼む。もう一つの絵の樽も試作してみたいんだがなあ」
テーブルのもう一つの絵に視線をやる。

 樽の横に棒が刺さっている。
樽の中の水が棒を伝い、棒の先からパラパラと雨のように落ちる・・・?

 ダメだ、ちょっとわからんな。
またあとで考えることにしようと一度諦め、ルジーと一緒にマトレイドを抱えて屋敷の仮眠室に連れて行くことにした。


 屋敷の裏口から仮眠室へ入り、ベッドにマトレイドを転がす。

「できあがってんな」
「マトレイドにしては珍しいよな」

 慣れない調べ物、あまりに未知な話ばかりが続き、疲れているんだろう。

「「おまえは平気なのか?」」

 シンクロしてしまったが、お互いに気遣いあえるのはありがたいことだ。

「俺はむしろ楽しい!」とルジー。
「俺もどんどん新しいことが吸収できてワクワクしてるぞ!」
タンジェントもキラキラした目をして言う。
お互いに「「大丈夫そうだな」」と決着した。
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