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13 庭師、仲間になる

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 ルジーがタンジェントに話したことは、かなり非常識なことだった。
美しい花ならいざ知らず。
ペリルごとき森にいくらでも生えているものを、採ってきて植え直すなんて誰もわざわざやりはしない。移植する植物は美しい花とそれを引き立てる芝や樹、石や岩と相場は決まっている。
 タンジェントの答えに、
「だろうけどな。ドリアン様から申し遣ってるんで、常識乗り越えておまえの知恵と道具を貸してくれ」
 公爵の意向と言われたらアホらしいと思っても一使用人が断ることはできない。タンジェントは肩をすくめた。
「詳しいことはドレイファス様じゃないとわからないから。昼寝から起きたら連れてくるんで頼むよ」

 屋敷に戻るルジーの後ろ姿を眺めながら
「ペリルを植える?そんなこと思いつくなんてびっくりだな!」
 そう呟いたタンジェントは花がとにかく一番好きだ。木や草花、野菜や実のなる植物もあるが、美しい花が一番いい。
山や森、草原に行き、目についた花を株ごと庭園に、草丈から陽当りも考慮して配置や配色を考えながら移植する。とはいえ屋敷の庭に移植するとかなりの数が枯れてしまうので、いかに根に損傷を与えずに採取し、定着させられるか。水やいつの間にか生えてしまう雑草抜きなど世話を焼き、美しい花をいかに美しく育てあげるかが優秀な庭師と呼ばれている。

 屋敷の主の好みにもよるが、野趣溢れる庭でも、可憐な花で溢れる庭でも、美しい花で溢れる庭でも。どの屋敷にもない素晴らしい庭園を、いつか自らの手で創り出すのが夢だ。
 採取は庭園管理の空き時間を見つけて行っているので、ペリルなんかに時間を取られたくないのが正直なところ。そうは言っても公爵が言うのであれば、いま庭師は自分一人しかいないのだから、やらないという選択肢はないだろう。

「何が楽しくてペリルなんか・・・」
タンジェントはひとり零した。
 



 森ではしゃいだせいで、ドレイファスはすでに気持ちよく昼寝の旅・・・いや、ペリルの旅に出ていた。


 ペリルがまっすぐ植えられたスライム小屋。
男たちが土に何かを足している。

 なんだ?土みたい?
 土に土をたすと、なにか変わるの?

 ひと株ひと株に土のようなものを足していく。一列やり終えると、スライム小屋の中で雨が降った!

 小屋の中なのに?

 よく見ると雨ではなく、男が手に持つ小さな樽から棒が突き出て、棒の先から雨のようにたくさん小さな粒の水が落ちている?

 何アレ、変な樽!

 興味は水滴を受けて青々とした葉っぱに移った。それはドレイファスが摘んできたペリルの葉と、見れば見るほどよく似ている。白い小さな花も、長い茎の先に赤い実をつけているのも。森のペリルとこれとは一体何が違うんだろう?

(僕のペリルと何が違うんだろう?)

 その問いに答えてくれる者はない。
ここはドレイファスの夢の中だから。


 ・・・えっ?なんか揺れてる?
うわっ揺れてる!こわい、ル、ルジーッ・・・


「ぅぉーぃ、ドレイファスさまあ起きろおー」
 ドレイファスが目を開けると、ルジーが思いっきり揺さぶっていた。
「あ、起きた!メイベル嬢の言うとおりだな」

 メイベルから、ドレイファスを起こすのなら声をかけてもムダ、揺さぶれと言われたのだが、一応最初はオキローオキローとやってみた。耳元でけっこうな声で言ってみたが、全く起きず、結局メイベルが正しかったというわけだ。
 賭けてなくてよかったぜと零したルジーに、耳聡いメイベルが、次からは是非!とからかっている。

「ペリルの件、タンジェントに頼めたから、おやつ食べたら庭に行こう」

 んもうっ!と口を開こうとしていたドレイファスだが、ルジーの言葉にパッと目が覚めたような顔でベッドから飛び降りた。

「おやつあとでいい。お庭に行きたい」
「ええ?坊ちゃまがおやつよりお庭?」
「さっきいっぱいペリル食べたからいいの」 

 あっ、バカ・・・せっかく忘れてたのに、とルジーがチラ見したメイベルは、なんだかおどろおどろしいオーラを発しながらニッコリした。

そこは笑うところじゃねぇ、むしろ怖いぞメイベル・・・

「そーおでしたわね!じゃ、坊ちゃまは今日はもうおやつ食べなくてよろしいですね」

 ドレイファスも自分の失敗に気づいたようだ。わんこの耳と尻尾が垂れ下がっているように見える。
「メイベル、あんまり厳しくするなよ。ボンディが悪いんだから」
 ルジーをみたメイベルが、イーッと舌を出した!

(ウソ!メイベルもこんな子供っぽいことするのか?かーっ、かわいいっ)

 動揺をメイベルに悟られないよう、ドレイファスに上着を着せてやり、手をつないで急いで庭へ向かった。



 屋敷の裏口から外に出ると階段が続き、花のトンネルと四阿がある。四阿から右手に作られた細い道を進むと作業小屋だ。
タンジェントは作業小屋で待っていた。

(ルジーがドレイファス様を迎えに行ってから、どれくらい待たされているやら。でも庭師は根気が良いのだ、自然相手に自分の力など微々たるもの。気長に素直に自然と調和するのが庭師の仕事だからな)


 コンコン!

「タンジー、悪い!遅くなった」
現れたルジーはなんと!こどもと手を繋いでいる!
 
屈んで顔を寄せ、
「ドレイファス様、庭師のタンジェントだ。ペリルの夢の話は俺じゃわからんことも多いが、こいつならもしかするかもしれないぞ」
優しくこどもの頭をポンポンする。

「ルジー・・・熱でもあるんじゃないのか?」

 いくら公爵家の嫡男様が相手とはいえ、自分が知っているルジーとのギャップに思わずそんなことを言ってしまう。
「ん?らしくないってか?大丈夫だ。いつもどおり紳士で親切でかっこいいルジー様だ」
「あ、ホント!大丈夫そうだな」
 そのやりとりを、ドレイファスは右見て左見てとキョロキョロしながら追いかけている。その仕草の可愛らしさに、タンジェントが思わず微笑むとルジーがニヤニヤとこちらを見ていた。

「失礼いたしました。
庭師のタンジェント・モイヤーです。よろしくお願いします。それで、私に手伝ってほしいことってなんでしょうか?」
 こどもとはいえ、お仕えする公爵家の人間のひとりなのでできるだけ丁寧に話す。

 ドレイファスは、まず摘んできたペリルの茎を見せた。
「切った茎を土に埋めてみたいの。埋めたらどうなるか知りたい」
「ほう、なるほど。自分でやってみて知りたいってことですかね?」
ドレイファスはこっくりと大きく頷いた。

「じゃあ、さっそくやりましょう」

「まだあるの」
「ん?他にも?」
 今度は株ごと引き抜いてきたいくつかのペリルを見せる。花もついている。
「お花とお花のひげひげをスリスリポンポンしたらどうなるかも知りたいの」 
「それはなぜ?なんのためにそれをやるんです?」

「ああ、タンジーでもわからんのか」
ルジーとドレイファスががっかりしたのがわかる。が、それより気になることがあった。
「というより、なぜ森にいくらでもあるペリル如きにわざわざ手をかけたいのかを知りたいんですが」

それにはドレイファスが答えてくれた。

「僕ね、ペリルがだぁいすきなのです。夢でおおっきなペリルを見て。あんな大きいのをたべてみたい。夢で見たペリルはすごーく大きかったから、夢の中で見た人たちがやってたことをまねたら大きいペリルできないかなって思ったの」
 
「え?なにそれ?」

 うっかり口からこぼれてしまった。
 
『夢で見たことを実現するために協力しろって言ってんのか?嘘だろおい、ルジー!』
タンジェントは声を出さずに口をパクパク動かしてルジーに文句を言ってやった。
一応ドレイファスに気を使ってやったというのに、ルジーはまったく気にせず、
「なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」と、背中をポンポン叩いた。

(俺の大事な時間をそんなことに使えだと?)
所謂ジト目でルジーを睨むも気づかない。
相手は公爵家嫡男さまだ。選択肢はないのだ。
(公爵様も息子の見た夢を叶えようとか、どんだけ親馬鹿なんだ!
はああ、誇り高き庭師は今日から坊ちゃまのペリル係に格下げかぁ・・・)

 タンジェントは切ない気持ちで胸がいっぱいになったが、そんな大人の事情はドレイファスには関係ない。

(まあ乗りかかった船だ。下りることができないならやるしかないな。腹を括れ、俺!)
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