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暗い空の中に浮かぶように、カーテンが開けられた四角い窓から明々とした灯りが漏れ、家の中を覗き見ることができた。暖かそうな室内にはちいさな女の子二人と男の子が一人。父親と母親らしい二人のおとながいて、皆でテーブルを囲んでいる。テーブルの上には、白い大きな不思議な形のなにか。見たことのないものだが、いくつもの赤い実と短い棒が刺してある。
あっ?
暗くなった!と思ったら、いくつもの小さな炎が浮かび上がった。
熱を感じさせる小さなボゥっとした明るさの中、白いものがロウソクを支えているのが見える。棒に見えたのはロウソクだったようだ。
あかいみもロウソクもささっているの?
しろいのはロウソクだいかしら?
それともなにかちがうもの?
薄暗い部屋の中で男の子がロウソクの前に立ち、息を吸い込んでいく。頬を目一杯膨らませてから一気に吐き出し、ロウソクが消えて、また部屋が暗くなった。間髪おかず、煌々と明るくなる。暗くなったり明るくなったり、ロウソクつけたり消したり一体何をしているのだろう?
見るものすべてが目新しく、一瞬も目をそらせない。
今度は母親らしき女性が、長い細身のナイフを持ってきた。
白い大きなものにそのナイフをいれると、中から淡い黄色い断面と、それに挟まった赤い実が見える。
母親が半分に切り分けたそれを、さらに小さくカットして一人ずつ皿に取り分けると、こどもたちの顔がとってもうれしそうだ。満面の笑みを浮かべて手を叩く。
みんなで一斉にフォークを手にすると、皿の上の白い塊にそれを刺して口に運ぶ。
あーんっと声が聞こえそうなほど大きく口を開けた男の子が、フォークの先を口に入れると瞳をキラキラに、頬を赤く染めて大きく笑った。
口のまわりには白いカスがついている。隣にいた女の子が指をのばして拭うと、それを自分でペロリと舐めてニコリとした。
あれはたべもの・・・なの?
「ドレイファス様、坊ちゃま?」
ゆさゆさされて気づくと、侍女のメイべルの瞳がドレイファスを覗き込んでいた。ふかふかのソファでうたた寝をしていたようだ。
「・・・ゆ・・め・・・?」
今まで見たことがない物ばかり。
でも今見たばかりなのに、夢のせいか、ぼんやりとしか思い出せない・・・
「坊ちゃま、夜はお誕生日のお祝いですから、少しベッドで休んでおきましょうか!」
お祝いというメイべルの声に気を取られ、夢のことはするっと忘れてしまった。
ここはゴーナ王国、フォンブランデイル公爵領デイル。
ドレイファス少年が住む街は、土魔法使いの土木士が作った石畳が敷き詰められ、貴族の屋敷以外のほとんどは、土木士が作った石造り平屋建てのちいさな家が並ぶ。
決して進んだとか拓かれたとか豊かとは言えないが、そこに暮らす人々はまあまあ穏やかに毎日を過ごしており、人の笑い声に交じり、馬の蹄の音が響き、より一層長閑さが漂う世界だ。
魔術や剣術を駆使する騎士たちに治安を維持させ、魔獣狩りを生業とする冒険者、畑を管理する農会、商会、様々な職人たちが登録する生産職のギルドが経済流通と平民たちの雇用を管理して、その土地の民が恙無く暮らせるよう、真面目で有能と名高い領主である公爵が領政を執行している。
領主はドリアン・フォンブランデイル公爵。
王家の血を引く先祖が降下し公爵を拝して以来、六十二代の長きに渡り爵位を守り続ける国内有数の古き血統である。
フォンブランデイル公爵家といえば、文武に秀でた真面目一徹。ある意味面白みにかけるのだが、高位貴族のなかでももっとも王家の信頼厚い誉れ高い一族だった。
現在の当主ドリアン・フォンブランデイル公爵はニ十六歳の若さだが、領主と王城にて財務大臣補佐をつとめている。
その家族はというと、彼の真面目さをむしろ好ましいと嫁いできた美しく陽気な妻マーリアルと、長男ドレイファス、次男グレイザール、長女ノエミの三人のこどもたち。
そう、さきほど夢から目覚めたドレイファス少年は由緒正しき公爵家の嫡男である。
ベッドに移され、また眠りについたドレイファスが次にメイべルに起こされたときは、うっすら暗くなっていた。
「坊ちゃま、じきに夕餉のお時間ですからお着替えいたしましょう」
着せ替え人形のようにメイベルが服を着せ、手を繋いで食堂へ連れて行かれると、すでに家族が揃っていた。
「お待たせ致しまして、申し訳ございません」
メイベルが深く頭を下げると、ドリアンから
「よい、今日の主役はドレイファスだからな」と声をかけられた。
メイベルに抱きあげられて椅子に座らされたドレイファスに、
「今日からは私たちと食事を共にするのだよ」とドリアンが告げる。
そのためにマナーの家庭教師がつき、レッスンを始めた。弟と妹はまだ侍女たちが世話をして、こども部屋で食事をする。ドレイファスも今日の昼までは弟妹と一緒だったので、少しだけおとなになったような気がした。
「ドレイファス、五歳のお誕生日おめでとう」
父母が、にこやかに声を揃えて祝いの宴が始まった。
宴と言っても、この世界の食事は貴族でも質素なものだ。
ドレイファスの好物のコーンスープと、食べやすいように小さく作られたチキンロール、塩をふった温野菜と焼き立ての、よく言えば歯ごたえのあるブレッド。
そしてときどきオヤツにもらえる果実水があった!
(誕生日最高っ!)
ドレイファスは年に一度、自分の好きなものしか出てこない素晴らしい食事を堪能した。
ふと、さっきの夢を思い出した。
「おとうさま」
「ん?どうしたドレイファス」
「おひるねで夢みたの。へんなたべもの食べてる子の夢。でもたべた子がとってもおいしそうな顔していて、ぼくもたべてみたくなりました」
「そうか、どんな食べ物だったのだ?」
そう聞かれたドレイファスが可愛らしい仕草で首を傾げる。
よく思い出せないのだ。
見たことのない食べ物をどこかのこどもが食べている夢。
食べ終えたときの飛びっきりの笑顔がその美味しさを語っていたが、どんな食べ物かがはっきりしなくて、ちょっと気持ち悪い気もしていた。
「ペリルみたいな赤い実がささってた白いもの」
赤くて丸いペリルが大大大好物のドレイファスは、それに似た赤い実が一番強く印象に残った。
王国貴族のなかでもその知識は一目置かれているドリアンも、さすがにそれだけではわかりようもない。
(ペリルがささっている料理なんてあるのか?)
そう思ってもドレイファスの言葉を馬鹿にしたり誤魔化すことはせず、子細を思い出したらまた教えなさいと言って、マーリアルと目を合わせ微笑んだ。
ドレイファスはというと。
すでに最後に出された特別なデザート、蜂蜜漬けのペリルに夢中になっていた。
匙ですくって口に入れると、あまーくてちょっと酸っぱくて、ペリルの香りがふわぁっと鼻腔に拡がる。その香りを逃すのがもったいなくて全部吸い込みたくなり、お行儀悪いことに鼻がピクピクしてしまった。
叱られるかと両親に目をやったが、ドリアンもマーリアルもにこにこしていて、今日はどうやら許してもらえるらしいと、ドレイファスはホッとした。
この世界ではこどもが無事育つのは大変なことなのだ。
病だけでなく魔物に襲われたり、貴族はさすがにないが平民は栄養が足りずに亡くなる子どもも多い。
また五歳になると魔力が生まれ、魔法やスキルの発現が起きるため、魔力暴走で亡くなることもある。そのため五歳の誕生日を祝うのはどの親にとっても大切なことだった。
ペリルの匂いを思いっきり吸い込んで鼻を引くつかせるくらい、無事五歳になってくれたことと比べればたいしたことではない。行儀などおいおいよくなればよい。
生真面目ではあるが、こどもの健やかな成長こそが一番大切とドリアンとマーリアルは心からそう考えていた。
「ドレイファス、明日は早朝に神殿に参るから、早く寝るのだぞ」
ドリアンがメイベルに目配せをし、マーリアルが明るい声で「楽しみね!」とかわいい息子に笑いかけた。
あっ?
暗くなった!と思ったら、いくつもの小さな炎が浮かび上がった。
熱を感じさせる小さなボゥっとした明るさの中、白いものがロウソクを支えているのが見える。棒に見えたのはロウソクだったようだ。
あかいみもロウソクもささっているの?
しろいのはロウソクだいかしら?
それともなにかちがうもの?
薄暗い部屋の中で男の子がロウソクの前に立ち、息を吸い込んでいく。頬を目一杯膨らませてから一気に吐き出し、ロウソクが消えて、また部屋が暗くなった。間髪おかず、煌々と明るくなる。暗くなったり明るくなったり、ロウソクつけたり消したり一体何をしているのだろう?
見るものすべてが目新しく、一瞬も目をそらせない。
今度は母親らしき女性が、長い細身のナイフを持ってきた。
白い大きなものにそのナイフをいれると、中から淡い黄色い断面と、それに挟まった赤い実が見える。
母親が半分に切り分けたそれを、さらに小さくカットして一人ずつ皿に取り分けると、こどもたちの顔がとってもうれしそうだ。満面の笑みを浮かべて手を叩く。
みんなで一斉にフォークを手にすると、皿の上の白い塊にそれを刺して口に運ぶ。
あーんっと声が聞こえそうなほど大きく口を開けた男の子が、フォークの先を口に入れると瞳をキラキラに、頬を赤く染めて大きく笑った。
口のまわりには白いカスがついている。隣にいた女の子が指をのばして拭うと、それを自分でペロリと舐めてニコリとした。
あれはたべもの・・・なの?
「ドレイファス様、坊ちゃま?」
ゆさゆさされて気づくと、侍女のメイべルの瞳がドレイファスを覗き込んでいた。ふかふかのソファでうたた寝をしていたようだ。
「・・・ゆ・・め・・・?」
今まで見たことがない物ばかり。
でも今見たばかりなのに、夢のせいか、ぼんやりとしか思い出せない・・・
「坊ちゃま、夜はお誕生日のお祝いですから、少しベッドで休んでおきましょうか!」
お祝いというメイべルの声に気を取られ、夢のことはするっと忘れてしまった。
ここはゴーナ王国、フォンブランデイル公爵領デイル。
ドレイファス少年が住む街は、土魔法使いの土木士が作った石畳が敷き詰められ、貴族の屋敷以外のほとんどは、土木士が作った石造り平屋建てのちいさな家が並ぶ。
決して進んだとか拓かれたとか豊かとは言えないが、そこに暮らす人々はまあまあ穏やかに毎日を過ごしており、人の笑い声に交じり、馬の蹄の音が響き、より一層長閑さが漂う世界だ。
魔術や剣術を駆使する騎士たちに治安を維持させ、魔獣狩りを生業とする冒険者、畑を管理する農会、商会、様々な職人たちが登録する生産職のギルドが経済流通と平民たちの雇用を管理して、その土地の民が恙無く暮らせるよう、真面目で有能と名高い領主である公爵が領政を執行している。
領主はドリアン・フォンブランデイル公爵。
王家の血を引く先祖が降下し公爵を拝して以来、六十二代の長きに渡り爵位を守り続ける国内有数の古き血統である。
フォンブランデイル公爵家といえば、文武に秀でた真面目一徹。ある意味面白みにかけるのだが、高位貴族のなかでももっとも王家の信頼厚い誉れ高い一族だった。
現在の当主ドリアン・フォンブランデイル公爵はニ十六歳の若さだが、領主と王城にて財務大臣補佐をつとめている。
その家族はというと、彼の真面目さをむしろ好ましいと嫁いできた美しく陽気な妻マーリアルと、長男ドレイファス、次男グレイザール、長女ノエミの三人のこどもたち。
そう、さきほど夢から目覚めたドレイファス少年は由緒正しき公爵家の嫡男である。
ベッドに移され、また眠りについたドレイファスが次にメイべルに起こされたときは、うっすら暗くなっていた。
「坊ちゃま、じきに夕餉のお時間ですからお着替えいたしましょう」
着せ替え人形のようにメイベルが服を着せ、手を繋いで食堂へ連れて行かれると、すでに家族が揃っていた。
「お待たせ致しまして、申し訳ございません」
メイベルが深く頭を下げると、ドリアンから
「よい、今日の主役はドレイファスだからな」と声をかけられた。
メイベルに抱きあげられて椅子に座らされたドレイファスに、
「今日からは私たちと食事を共にするのだよ」とドリアンが告げる。
そのためにマナーの家庭教師がつき、レッスンを始めた。弟と妹はまだ侍女たちが世話をして、こども部屋で食事をする。ドレイファスも今日の昼までは弟妹と一緒だったので、少しだけおとなになったような気がした。
「ドレイファス、五歳のお誕生日おめでとう」
父母が、にこやかに声を揃えて祝いの宴が始まった。
宴と言っても、この世界の食事は貴族でも質素なものだ。
ドレイファスの好物のコーンスープと、食べやすいように小さく作られたチキンロール、塩をふった温野菜と焼き立ての、よく言えば歯ごたえのあるブレッド。
そしてときどきオヤツにもらえる果実水があった!
(誕生日最高っ!)
ドレイファスは年に一度、自分の好きなものしか出てこない素晴らしい食事を堪能した。
ふと、さっきの夢を思い出した。
「おとうさま」
「ん?どうしたドレイファス」
「おひるねで夢みたの。へんなたべもの食べてる子の夢。でもたべた子がとってもおいしそうな顔していて、ぼくもたべてみたくなりました」
「そうか、どんな食べ物だったのだ?」
そう聞かれたドレイファスが可愛らしい仕草で首を傾げる。
よく思い出せないのだ。
見たことのない食べ物をどこかのこどもが食べている夢。
食べ終えたときの飛びっきりの笑顔がその美味しさを語っていたが、どんな食べ物かがはっきりしなくて、ちょっと気持ち悪い気もしていた。
「ペリルみたいな赤い実がささってた白いもの」
赤くて丸いペリルが大大大好物のドレイファスは、それに似た赤い実が一番強く印象に残った。
王国貴族のなかでもその知識は一目置かれているドリアンも、さすがにそれだけではわかりようもない。
(ペリルがささっている料理なんてあるのか?)
そう思ってもドレイファスの言葉を馬鹿にしたり誤魔化すことはせず、子細を思い出したらまた教えなさいと言って、マーリアルと目を合わせ微笑んだ。
ドレイファスはというと。
すでに最後に出された特別なデザート、蜂蜜漬けのペリルに夢中になっていた。
匙ですくって口に入れると、あまーくてちょっと酸っぱくて、ペリルの香りがふわぁっと鼻腔に拡がる。その香りを逃すのがもったいなくて全部吸い込みたくなり、お行儀悪いことに鼻がピクピクしてしまった。
叱られるかと両親に目をやったが、ドリアンもマーリアルもにこにこしていて、今日はどうやら許してもらえるらしいと、ドレイファスはホッとした。
この世界ではこどもが無事育つのは大変なことなのだ。
病だけでなく魔物に襲われたり、貴族はさすがにないが平民は栄養が足りずに亡くなる子どもも多い。
また五歳になると魔力が生まれ、魔法やスキルの発現が起きるため、魔力暴走で亡くなることもある。そのため五歳の誕生日を祝うのはどの親にとっても大切なことだった。
ペリルの匂いを思いっきり吸い込んで鼻を引くつかせるくらい、無事五歳になってくれたことと比べればたいしたことではない。行儀などおいおいよくなればよい。
生真面目ではあるが、こどもの健やかな成長こそが一番大切とドリアンとマーリアルは心からそう考えていた。
「ドレイファス、明日は早朝に神殿に参るから、早く寝るのだぞ」
ドリアンがメイベルに目配せをし、マーリアルが明るい声で「楽しみね!」とかわいい息子に笑いかけた。
応援ありがとうございます!
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