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15話

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 ユルガルド・ナルナリド前侯爵の捨て身の告白により、エメラルディア・ホーンの濡れ衣は完全に晴らされ、以前と変わらずコードヴェイン・マーバラと仲よく過ごして、無事卒業を迎えた。
 その年の卒業生は、メゲリ校長が大鉈おおなた振るったため例年に比べてかなり少ない寂しい卒業式となったが。
 それでも、いや、それ故にあたたかな卒業式となったことは間違いない。

 クロス・バーランも卒業式に出られなかったひとりである。
 アレクサンザラの事件の際、真実を冷静に確かめずに行動した上、誤った情報に基づき他の生徒を煽動したと退学処分にされたからだ。
 クロスが最初に仲間に引っ張り込んだザロ・ベントラも同じく退学させられ、ふたりは各々おのおのの家から放り出されていた。

 それ以外の騒ぎに関わった生徒たちは所業により、クロスやザロと同じく退学になった者、長期自宅謹慎など様々な処分が下されたのだが、さらにメゲリ校長は処罰を受けながらも学院に残れた生徒たちすべて、栄えある卒業式への出席は認めず、卒業証書を自宅にて受け取るだけで卒業とした。
 何より名誉をたっとぶ貴族にとり、貴族学院の卒業式に出席させてもらえないとなれば何らかの不祥事に関わったとわかってしまう。
 退学となれば尚更だ。
 嫡男だったが廃嫡や養子に出された者も多く、輝かしい未来を失った者もまたアレクサンザラとクロス、ザロに恨みを募らせていく。
 そのザロはクロスを、クロスは自分を騙したアレクサンザラを恨んだ。
 クロスとザロは、それぞれに恨みを晴らそうと相手を追って行ったが、自身も追われる生活に、いつしかその足取りは掴めなくなっていった。


 さて。
 メゲリ校長はナルナリド侯爵家から学院宛てに騒動の償いの寄付を受け取り、個人攻撃されたニルヴス先生とジューロ・ファリテにももちろん、エメラルディアと同じように名誉の回復がなされた上で慰謝料が払われて、漸くすべてが決着した。
 メゲリは寄付金で学院の設備を拡充し、ニルヴスはなんと学院教師を辞め、貴族家の専任家庭教師にジョブチェンジすると言う。

「どうしても辞めるというのかね?」

メゲリは引き止めたが。

「研究したいことも特にないですし、たくさんの生徒をみるより、ひとりを手塩にかけて育てる方が性に合うと思うようになりました」

 さらりと言って、学院を去って行った。



 ジューロは慰謝料を元手に商売をしたいと、卒業後にまずは商会で働き始めた。
商売のいろはを覚えたら独立するそうだ。



 そしてエメラルディアとコードヴェインは、ようやく待ちに待った結婚式を執り行った。

「はああっ!ディアとーっても綺麗だ」

 コードヴェイン自身がエメラルディアをもっとも美しく飾るドレスと宝石を!と見立てたのだが、確かにその素材の良さが引き立てられるだけでなく、慈悲深さが感じられて神々しいほどに美しい。
 学院の制服を着たエメラルディアは少し地味であったが、ディアが一番美しいと言い続けたコードヴェインの審美眼は間違いなかったと、結婚式に参列した級友たちは囁きあっていた。
 エメラルディアも鏡に映った自分に見惚れたほどで、満足そうに柔らかな頬をぷにぷにとつまむコードヴェインに

「せっかくのお化粧が崩れてしまうわ」

 口を尖らせるが、今のコードヴェインにはそれすらも目眩がするほどに愛らしく見えていた。

「あーっ!もうなんでこんなにかわいいんだ、ディアってば!やっと結婚できると思うと、うれしくて失神しそう」

 そんなことをこぼしたコードヴェインが、頬を赤らめて幸せそうに笑うと、エメラルディアもころころと笑って小首を傾げた。


 アレクサンザラに引き裂かれそうになったふたりはさらに強い絆で結ばれ、結婚式のあとはナルナリド家からの慰謝料で少し豪華でかなり長いハネムーンに出かけ、新しい命も一緒にマーバラ子爵家へ戻ってきた。
 こどもはひとりしか授からなかったが、年を追うほどに美しさが増す仲の良い夫妻として、のちの社交界で愛される貴族となるのである。




 さて。
 その結婚式だがジューロを始めとした、あのときの級友たちも出席していたのだが。
 みんなが集まると、話題のひとつには必ずアレクサンザラがあがるが、その日はいつもの話と少し違っていた。

 めでたい日に相応しくない話題とわきまえているのだろう、みな小声で新郎新婦には聞こえないように囁いている。

「そういえばクロス・バーランが行方不明らしい」
「前からだろう?退学になって勘当されたって聞いたよ」
「ナルナリド侯爵領で見かけたって聞いたぞ」
「うん、そこまでは目撃者がいるんだが、今はそれもないらしい」
「ナルナリド嬢を恨んで狙っていたらしいぞ」

 顔を寄せた数人は、目配せをした。

「しかしバーランを恨んでいる者も多くいて、バーラン自身もそいつらに追われていたらしいよ」
「そうか。まあ、私たちからするとどれも自業自得としか言いようがないことだがな」
「だが、それで同級生同士命の奪い合いなどがあっては私たちも後味が悪い。落ちぶれてもよいから生きていてもらいたいものだな」

 なんとなく微妙な表情を浮かべ、ジューロが胸の上で十字を切ったのを見た神父が、何を勘違いしたのか大きく頷くと誓いの言葉を大きな声で述べる。

「コードヴェイン・マーバラ、そしてエメラルディア・ホーン。
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「「誓います!」」

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

ご愛読ありがとうございました。
次作は・・・現在仕事の繁忙期のため、10月からの予定です。しばらくお休みとなりますが、また是非お立ち寄りください。
よろしくお願い申し上げます。
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みんなの感想(6件)

canon2
2021.10.05 canon2

最初から最後まで…すごーくスッキリするお話で楽しかったです🙆

やまぐちこはる
2021.10.07 やまぐちこはる

感想ありがとうございます。
楽しんでいただけましたらうれしいです。

解除
たるお
2021.09.18 たるお

アレクサンザラの父親にはあまり同情出来ないです。
妻と息子の意見を聞かず開き直って学園に入れたのはその父親だしそのせいで多くの子息が退学なり処罰されたり学園を大混乱に陥れたり
令嬢を貶めたりする結果になったんですから。
学園側には予め虚言癖の事を報告して対策練ってもらうとかしたり、社会に出したいなら廃校買い取って生徒や教師を雇って学園ゴッコみたいな箱庭で過ごさせれば良かったんじゃないかと思います。
妻と息子もここまで広く醜聞にまみえる事はなかっただろうに。

やまぐちこはる
2021.09.19 やまぐちこはる

感想ありがとうございます。ユルガルドは愚かな父です。それをどう感じられるかは読んでくださる皆様の感性だったり、倫理観だったりで変わると思います。またぜひたるおさまの感じられたことを教えて頂けたらうれしいです。学園ごっこは思いつきませんでした!

解除
メカ音痴
2021.09.18 メカ音痴

反社会性パーソナリティというんだったかな。サイコパスかソシオパスか。。。すぐにバレる嘘をつくあたり、ソシオパスの方に近いのかな?? 軽くネット情報で調べただけの浅知恵なので詳しくは知りませんが、精神異常者とは正直に言って関わりたくないです。人権が〜と叫ぶ人もいるけど、現実的に考えて他者を大切にできない人間は、社会に放つべきではないと思ってます。
娘を信じた父親が可哀想になりましたが、責任転嫁せずにきちんと自分で後始末できるあたり人格者だったのですね。どんなに親が立派でも、狂人が生まれることはままありますし、こればっかりは教育が悪かったとか一概には言えないのでしょう。願わくば領地で監視する父親に、少しでも救いがあるといいですね。

やまぐちこはる
2021.09.18 やまぐちこはる

感想ありがとうございます。
アレクサンザラにはモデルがおります。ここまで強烈ではないのですが、作者に人間の無意識の悪意がどういうものかむを植え付けた存在です。
ユルガルドには可哀想でしたが、息子の赦しを得ていつか心穏やかな日々を迎える日も来ることを作者も祈っております。

解除

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