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11話

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 その頃ナルナリド侯爵家では、ユルガルドとタラソア、エルガルドが馬車に乗り込み、ニーライド伯爵家へ向かおうとしている。
 馬車は二台、侯爵一家が前に、後続に侍女と土産物を乗せている。

 アレクサンザラはエントランスから二台の馬車を機嫌よく見守った。

 ニーライド伯爵家までは急な崖を通らねばならず、今日は小型の軽目の馬車を出している。
 崖を登るとき、馬車のどの部分に負担がかかるかを図書室で調べてきたアレクサンザラは、今日侯爵一家三人が乗る予定の馬車と馬を接続する金具を緩め、素知らぬ顔をした。メラやエルガルドの護衛に監視されているとは知らずに。
 アレクサンザラの細工を確認すると、非力な令嬢の手では固い金具は思うように緩めることができなかったようで、いきなり脱輪するほどの支障はないことがわかったので、そのまま走らせることにしたのだ。
 念のために、馬と馬車には見えないよう命綱を取り付けて。

 無事ニーライド伯爵家に行き、帰り道のこと。
 先頭の馬車が狭いだの、空になった馬車がもったいないだのと言って、タラソアとエルガルドが後続馬車に移り、先頭車にはユルガルドだけ。崖を上り下りしているうちに先頭車が大きくガクッと衝撃を受けた。道の凹みに車輪が取られた衝撃で金具が外れかけたのだ。

「侯爵様、ご報告がございます」

 御者がユルガルドを呼ぶ。
後続車も止まり、ゆったりとした動きでタラソアとエルガルドもおりてくる。

 御者が緩む筈のない金具を外し、それをユルガルドに手渡した。
 金具が外れたことと、にも関わらず馬車が無事だった理由を確認したユルガルドは自分の手にある金具と、馬車に仕込まれていた命綱をじっと見つめながら考え込んでいる。
にこやかにタラソアが声をかけた。

「どうなさったの?」

 無言のまま、タラソアを見たユルガルドの顔は青い。

「おわかりになった?」
「知っていたのか?知っていて私ひとりこちらに乗せたのか?」
「行きはご一緒しましたわよ」
「え?ではこれはおまえが!」
「人聞きの悪いことをおっしゃらないように。私とエルガルドはずっとアレクサンザラを見張っておりましたの。それは間違いなくアレのやったことと確認しております」
「しかしではなぜ行きは」
「いきなり外れるほどは緩められなかったようですのよ。だから行き帰り位は保つと思っただけですわ。でも万一を考えて予防措置も取りましたから、大事には至りませんでしたのよ。私たちが気づかなければ、今頃三人とも崖下に屠られておりましたでしょう。証人もおりますわよ」

 信じていた娘に命を狙われたと知り、愕然とする。

「しかし何故?」
「結婚したい殿方が学院にいるらしいようですわ。子爵家の者らしく、アレ付きの侍女が小耳にしたそうですけど、子爵夫人にはなりたくないから私たちをなんとかして自分が侯爵夫人になろうと独り言をいってたそうです」
「学院に?まだ一週間ではないか、結婚だと?約束を交わしたというのか?」
「さあ。それはそちらでお調べくださいまし。アレとぐるになって侯爵家の乗っ取りを企む者なのか」

 そういえばタラソアはそれを忘れていたことに気づいた。
 アレクサンザラが騒いでいる相手が、本当にいるとは思わなかったからだが、もしいるのだとしたら手を打たねばならなくなるかも・・・。

 屋敷に無事に帰った侯爵一家を出迎えたアレクサンザラは、狼狽を見せ、引きつった笑いを見せる。

「あ、あの、ご無事でなによりですわ。あの顔合わせは?」
「とてもうまくいった。エルガルドの元に嫁いでもらえば、我が家はさらに安泰となるな。ははは」

 機嫌よく笑ってみせたが、目は笑っていない。ユルガルドはアレクサンザラの様子を観察し、タラソアの言葉は真実だろうと肩を落としたがそこは貴族。
表情を隠して、そっと距離を置いた。
 念のため、エルガルドがアレクサンザラを見張らせた護衛と侍女からも聴取し、アレクサンザラひとりを処分するか、共犯がいるならそれも糾弾せねばと、翌日から遅まきながら学院に調査の手を伸ばしたのだが。
 調査結果を手にして、あまりのことに一気に力を失い、エルガルドを呼んで告げた。

「エルガルド、よく聞け。
私は爵位をエルガルドに譲り、アレクサンザラを連れて隠居する。
アレクサンザラは今後一切世に出す事はしない。幽閉したら私が自ら監視する。事前に余命を知る場合は自らそれを行うと約束するが、いつか私が儚くなり監視ができなくなるときは、アレクサンザラは共に連れて行くと記しておくので、内々にそのように取り計らえ。

・・・お前の結婚式にも出られぬかもしれぬが、その際はニーライド伯爵にはこちらから非礼を詫びるので心配は不要である。タラソアはお前の補佐にこちらに置いていく」

 決意を込めた瞳をした父に、驚きを隠せず訊ねる。

「父上、急な話ですがなにか動きが?」
「・・・言うのも恥ずかしいほどだ。おまえたちが反対したときに聞く耳を持つべきであった。
アレクサンザラには共犯者はいない。結婚すると息巻いている相手は想いあった婚約者がおり、そのご令嬢はアレクサンザラのせいで酷い噂を立てられ学院を休んでいる。それだけではなく既に何度も学院で騒ぎを起こし、さぼって早退などをくり返しているのだ。これは庇いようがないほどに酷い」
「それは学院の皆様にも大層なご迷惑をおかけしましたね」
「ああ。謝罪せねばならぬな。ホーン伯爵家とマーバラ子爵家にもだ」

 ニーライド伯爵家に行ってから、ほんの二日ほどであっという間に老け込んだ父を見て気の毒になり

「私の結婚式にはなんとか出席をお願いしますよ」

 慰めの代わりにそう告げた。
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