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2話
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「ディア、大丈夫?」
教室を出るとすぐ、コードヴェインはエメラルディアの様子を確認した。
「ええ、大丈夫よ。驚いただけ」
「私もだ。あれはマナーも常識も酷すぎるよ、侯爵家の令嬢とはとても思えない」
「ヴェニー、あなたを気に入っているような感じだったわ」
「いや、いらんから。不快なだけだよ、感じ悪すぎだろ!」
「でも美人・・・」
「いや、ディアが一番美しくて可愛らしいよ、間違いない!」
そう言ってやわらかな頬をぷにぷにと摘むと、ニッと笑う。
「早く結婚式をあげたいなー」
「半年後には間違いなくあげられるわ」
「ディアってば、つれないなー」
「そんなことないと思うわ。私も早く結婚したいけど、早まるとせっかくヴェニーが見立ててくれたドレスが間に合わなくなってしまうもの」
そう言うと少し機嫌がなおったようだ。
「とりあえず、あの令嬢には二人とも十分気をつけよう」
しかし、気をつけたくらいではどうにもならないほど、人々の上を行く非常識な存在というのが世の中にはいるものだ。
それがアレクサンザラ。
目をつけられたコードヴェインとエメラルディアの不運は始まっていた。
その夜のナルナリド侯爵家。
「レクシー、学院はどうだった?」
ユルガルド・ナルナリド侯爵がおそるおそる訊ねる。
「ええ、素晴らしかったわ!とても素敵な方に出会いましたの、運命の方よ!私を見つめてくださったわ」
幸せそうに語るアレクサンザラを冷たい目で見つめるのは、母タラソアと弟で侯爵家の嫡男エルガルドだ。
ナルナリド家は美系の一家として名を轟かせており、四人揃うと美しすぎて隙がない。そのうちの二人がにこりともせずにアレクサンザラを睨んでいた。
「お母様、エルガルドもそんなお顔なさらないで。私に素敵な出会いがありましたのですから喜んでくださらないと」
浮かれたように笑うアレクサンザラに、あからさまに不愉快な表情を見せ、タラソアとエルガルドは席を立った。
「おお怖っ」
肩をすくめて茶化したように笑う娘に、父が言った。
「レクシー。わかっていると思うが、二度と嘘はつかないのだぞ!もしまた嘘をついたことがわかったら、即日別邸に戻す」
「お父さままで、嫌ですわ。せっかく素敵な殿方に出会えたのに、何が楽しくてあの田舎に引き戻されるような嘘、つくわけありませんわ」
「本当だな?私は皆がまだおまえには療養が必要だというのを押し切って学院に入れたのだ。決して裏切るなよ」
神経質そうにトントンとテーブルを人差し指で叩くのを見て、アレクサンザラは父に手を振り、自分の部屋へと戻っていった。
夫妻の部屋へ戻ると、タラソアがエルガルドと茶を飲んでいる。
「私にも淹れてくれないか」
タラソアが目で侍女に合図をすると、カップを持ってきてぞんざいにカチャンと置いた。
「それで。あの嘘つきはなんと?」
エルガルドが不快を隠さずに父に訊ねる。
「さっき聞いたとおりのことしか言わなかった」
「それすらも嘘かもしれませんわよ」
「あれが問題を起こしたら、父上わかってますよね?」
父に訊ねるような言い方ではないが、皆の反対を押し切ったから仕方ないと、妻と長男の冷たい態度は諦めている。
アレクサンザラは一族のなかでも幼少よりとびきり美しく、過去には王太子殿下の婚約者候補でもあった。
家族は皆誇らしく思っていたが、アレクサンザラが10歳になった頃、重大な問題に気がついて、病により療養が必要と婚約者候補を辞退させた。
アレクサンザラは王家に認められるほどの容姿を持ちながら、その性根は醜くねじ曲がり、酷い虚言癖があったのだ。
アレクサンザラは、まったく無意識に嘘をつく。深い意図があるわけではなく、自分がうまく立ち回るためだったり、誰かの気を引きたいためだったりと本人に罪の意識がない。それこそ息を吐くようにその場その場で思いついた嘘をつく。
或る日、屋敷内で宝石の盗難が発生し、使用人が罪を問われたことがあった。あとで無実が判明し、使用人に己の罪をかぶせたアレクサンザラの嘘が暴かれたのだが、わかったときには使用人はすでに絶命しており、取り返しのつかない事態になってしまったのだ。
それまで黙っていた使用人たちが一斉に声を上げた。大小はあっても皆アレクサンザラの嘘に振り回され、濡れ衣を着せられるなどはしょっちゅう。
そのあまりに広範な被害に慄いた侯爵夫妻は、すぐ決断し、療養という名の幽閉処分としたのだ。
もう貴族に嫁がせるのは諦めている。
このような嘘つきを嫁がせたら、侯爵家の進退に関わりかねないから。
タラソアとエルガルドは、アレクサンザラを二度と別邸から出さないことを求めたが、ユルガルドは半年だけでいいからと懇願されて娘可愛さに許可を出した。
妻と息子、使用人たちは大反対で、今ユルガルドは屋敷で皆から総スカンを食らっている。
それもこれもアレクサンザラの可愛さ故。もう大人になったから嘘はつかないと約束をしたのだから。
娘を信じて何が悪い!
そう開き直るとタラソアから
『もしアレクサンザラがまた嘘で誰かに迷惑をかけたら、アレクサンザラは即日一生幽閉、ユルガルド・ナルナリドは即刻隠居して嫡男エルガルドに爵位を譲ること。
半年を無事に過ごしたとしてもアレクサンザラは卒業後は別邸で再度幽閉、他家に出したりは決してしない。
学院で誰かに見初められたとしても、虚弱のため子が産めないと断る』
そう証文を書かされていた。
ユルガルドはまだ隠居には若すぎる、エルガルドも侯爵を継がせるには若い。不安はあったが、だがアレクサンザラも可愛かったのだ。
─父は信じているぞ、アレクサンザラを!─
教室を出るとすぐ、コードヴェインはエメラルディアの様子を確認した。
「ええ、大丈夫よ。驚いただけ」
「私もだ。あれはマナーも常識も酷すぎるよ、侯爵家の令嬢とはとても思えない」
「ヴェニー、あなたを気に入っているような感じだったわ」
「いや、いらんから。不快なだけだよ、感じ悪すぎだろ!」
「でも美人・・・」
「いや、ディアが一番美しくて可愛らしいよ、間違いない!」
そう言ってやわらかな頬をぷにぷにと摘むと、ニッと笑う。
「早く結婚式をあげたいなー」
「半年後には間違いなくあげられるわ」
「ディアってば、つれないなー」
「そんなことないと思うわ。私も早く結婚したいけど、早まるとせっかくヴェニーが見立ててくれたドレスが間に合わなくなってしまうもの」
そう言うと少し機嫌がなおったようだ。
「とりあえず、あの令嬢には二人とも十分気をつけよう」
しかし、気をつけたくらいではどうにもならないほど、人々の上を行く非常識な存在というのが世の中にはいるものだ。
それがアレクサンザラ。
目をつけられたコードヴェインとエメラルディアの不運は始まっていた。
その夜のナルナリド侯爵家。
「レクシー、学院はどうだった?」
ユルガルド・ナルナリド侯爵がおそるおそる訊ねる。
「ええ、素晴らしかったわ!とても素敵な方に出会いましたの、運命の方よ!私を見つめてくださったわ」
幸せそうに語るアレクサンザラを冷たい目で見つめるのは、母タラソアと弟で侯爵家の嫡男エルガルドだ。
ナルナリド家は美系の一家として名を轟かせており、四人揃うと美しすぎて隙がない。そのうちの二人がにこりともせずにアレクサンザラを睨んでいた。
「お母様、エルガルドもそんなお顔なさらないで。私に素敵な出会いがありましたのですから喜んでくださらないと」
浮かれたように笑うアレクサンザラに、あからさまに不愉快な表情を見せ、タラソアとエルガルドは席を立った。
「おお怖っ」
肩をすくめて茶化したように笑う娘に、父が言った。
「レクシー。わかっていると思うが、二度と嘘はつかないのだぞ!もしまた嘘をついたことがわかったら、即日別邸に戻す」
「お父さままで、嫌ですわ。せっかく素敵な殿方に出会えたのに、何が楽しくてあの田舎に引き戻されるような嘘、つくわけありませんわ」
「本当だな?私は皆がまだおまえには療養が必要だというのを押し切って学院に入れたのだ。決して裏切るなよ」
神経質そうにトントンとテーブルを人差し指で叩くのを見て、アレクサンザラは父に手を振り、自分の部屋へと戻っていった。
夫妻の部屋へ戻ると、タラソアがエルガルドと茶を飲んでいる。
「私にも淹れてくれないか」
タラソアが目で侍女に合図をすると、カップを持ってきてぞんざいにカチャンと置いた。
「それで。あの嘘つきはなんと?」
エルガルドが不快を隠さずに父に訊ねる。
「さっき聞いたとおりのことしか言わなかった」
「それすらも嘘かもしれませんわよ」
「あれが問題を起こしたら、父上わかってますよね?」
父に訊ねるような言い方ではないが、皆の反対を押し切ったから仕方ないと、妻と長男の冷たい態度は諦めている。
アレクサンザラは一族のなかでも幼少よりとびきり美しく、過去には王太子殿下の婚約者候補でもあった。
家族は皆誇らしく思っていたが、アレクサンザラが10歳になった頃、重大な問題に気がついて、病により療養が必要と婚約者候補を辞退させた。
アレクサンザラは王家に認められるほどの容姿を持ちながら、その性根は醜くねじ曲がり、酷い虚言癖があったのだ。
アレクサンザラは、まったく無意識に嘘をつく。深い意図があるわけではなく、自分がうまく立ち回るためだったり、誰かの気を引きたいためだったりと本人に罪の意識がない。それこそ息を吐くようにその場その場で思いついた嘘をつく。
或る日、屋敷内で宝石の盗難が発生し、使用人が罪を問われたことがあった。あとで無実が判明し、使用人に己の罪をかぶせたアレクサンザラの嘘が暴かれたのだが、わかったときには使用人はすでに絶命しており、取り返しのつかない事態になってしまったのだ。
それまで黙っていた使用人たちが一斉に声を上げた。大小はあっても皆アレクサンザラの嘘に振り回され、濡れ衣を着せられるなどはしょっちゅう。
そのあまりに広範な被害に慄いた侯爵夫妻は、すぐ決断し、療養という名の幽閉処分としたのだ。
もう貴族に嫁がせるのは諦めている。
このような嘘つきを嫁がせたら、侯爵家の進退に関わりかねないから。
タラソアとエルガルドは、アレクサンザラを二度と別邸から出さないことを求めたが、ユルガルドは半年だけでいいからと懇願されて娘可愛さに許可を出した。
妻と息子、使用人たちは大反対で、今ユルガルドは屋敷で皆から総スカンを食らっている。
それもこれもアレクサンザラの可愛さ故。もう大人になったから嘘はつかないと約束をしたのだから。
娘を信じて何が悪い!
そう開き直るとタラソアから
『もしアレクサンザラがまた嘘で誰かに迷惑をかけたら、アレクサンザラは即日一生幽閉、ユルガルド・ナルナリドは即刻隠居して嫡男エルガルドに爵位を譲ること。
半年を無事に過ごしたとしてもアレクサンザラは卒業後は別邸で再度幽閉、他家に出したりは決してしない。
学院で誰かに見初められたとしても、虚弱のため子が産めないと断る』
そう証文を書かされていた。
ユルガルドはまだ隠居には若すぎる、エルガルドも侯爵を継がせるには若い。不安はあったが、だがアレクサンザラも可愛かったのだ。
─父は信じているぞ、アレクサンザラを!─
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