生死の狭間

そこらへんの学生

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二つの道

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「被害者は地元中学の女性教諭。昨年度赴任してきたらしいが、近辺の住民、保護者達とも上手くやっていたみたいだ。殺される理由は全く以て皆無だな」

 タバコの煙をもくもくと吐き出しながら、東堂は事件の概要を告げる。
 昨日深夜、若い女性教諭が遺体で見つかった事件。

「関係者への聞き込みは?」
  
 佐竹は東堂が吐き出す煙を手で払いながら問う。刑事をやめた佐竹にとってはあらゆる情報が貴重なものに違いなかった。

「だいぶやってはいるが、さっぱりだ。お偉いさんもそろそろ重い腰を上げる準備を始めたみたいだが、どうにも、腰の上げ方を忘れちまってるみたいだ」

「・・・意外だな」

「ん? 何がだ」

「あんたの口から上の人間を批判するような言葉が出てくるなんて」

 あんたはいつも上に媚びてるだけかと思ってたぜ、と佐竹は脳内で補完した。

「あぁ、そういうことか。なに、部外者になら言えることってのがあるんだよ。あんな老害共の言いなりになってたら心も体も腐っちまう。でも、そんな現実を変えるには奴らに媚び売ってでも出世して、現状を変えなきゃならねえ。例え周りからは疎まれてもな」

「・・・なるほどな」

 もっと早くそのことを知っていれば、東堂ともう少しだけ上手くやっていけたいたかもしれない。
 佐竹はそんなことを思った。

「ま、それはさておきだ。こっからが本題だ」

 東堂は吸っていたタバコを専用の収納箱にしまい、気合の入った顔で続ける。

「今のところ聞き込みでまともな情報は入ってない。だが、事件当日被害者に会っていたと思われる人間に目星がついてる」

「どういうことだ?」

「事件当日に被害者とあった人物だ、重要人物だろ」

「? それなら関係者として聞き込みをーー」

 そこまで言いかけて、佐竹はハッとする。本来であれば重要参考人でありながら、聞き込みの対象に入らない人物。

「山鼠共か」

「ご名答、あっちに回してる俺の部下きらさっき連絡があってな。秘密裏に動くお前がいるならうってつけだと思ったわけよ」

「けっ、人使いがあらいな相変わらず」

 山鼠ーーこの街一帯を牛耳る半グレ集団。住民は勿論警察ですら彼らと不干渉の立場にある。悪事を働くというよりは存在自体が悪、というべきか。中途半端な知性で、犯罪を隠蔽することに長けている集団だった。
 認知されなければ如何なる行為も犯罪ではない、という至極真っ当な理論を地でいく彼らは証拠隠滅に一切の抜かりがない。だからこそ警察も明確な物的証拠がない限り彼らを取り締まることができないでいたのだ。
 
 東堂のいう部下というのは、警察の組織員ではあるが、東堂から匿名で山鼠に潜り込まされているスパイである。薄給なのに随分命をかけた仕事っぷりだなと現役時代からそいつのことを不思議に思っていたが。

「山鼠、お前なら案外コロっと丸め込めるんじゃないかと思ってな。もうターゲットの場所は掴んでる。勿論行くよな?」

 言いながら、東堂は胸ポケットから一枚の紙切れを渡してきた。

「三島コンクリートねぇ、これまた随分怪しいとこで働いてるんだな」

「灯台下暗しって感じだな」

「灯台自体も真っ黒だけどな、これじゃあ」

 紙には男の顔写真が貼り付けられており、男の勤務先である三島コンクリートと住所が書いてあった。三島コンクリートは行き場のない人々の就職先としてここら一帯では名が知れている。

 その時、東堂の足元から携帯の鳴ると音がした。

「ん、お偉いさんからだ。悪い佐竹、とりあえず今日はこれで。山鼠の件何かわかったら連絡してくれ。落ち着いたらこっちからも連絡する」

「おう、分かった」

「頼んだ」

 東堂は言いながら電話に応答し、そのまま路地裏から大通りへと抜け出していった。俺と話している時の声のトーンから3段階くらい上がって東堂の声は、やはり現役時代の不仲を思い出すようで良い気分ではなかった。

「山鼠、三島コンクリート・・・」

(1人では得られなかった情報がここにある・・・)

 佐竹は紙を力強くポケットに仕舞い込み、東堂と同じく、暗闇から光刺す大通りへと飛び出した。

 田舎町とは言え、駅周辺はそれなりに人が混んでいて、それなりの喧騒が広がっている。

 あたりを少し見回した後、佐竹は駅のホームへと向かった。

 三島コンクリートは隣駅から徒歩数分の海岸沿いにあるからだ。
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