16 / 17
二つの道
しおりを挟む
「被害者は地元中学の女性教諭。昨年度赴任してきたらしいが、近辺の住民、保護者達とも上手くやっていたみたいだ。殺される理由は全く以て皆無だな」
タバコの煙をもくもくと吐き出しながら、東堂は事件の概要を告げる。
昨日深夜、若い女性教諭が遺体で見つかった事件。
「関係者への聞き込みは?」
佐竹は東堂が吐き出す煙を手で払いながら問う。刑事をやめた佐竹にとってはあらゆる情報が貴重なものに違いなかった。
「だいぶやってはいるが、さっぱりだ。お偉いさんもそろそろ重い腰を上げる準備を始めたみたいだが、どうにも、腰の上げ方を忘れちまってるみたいだ」
「・・・意外だな」
「ん? 何がだ」
「あんたの口から上の人間を批判するような言葉が出てくるなんて」
あんたはいつも上に媚びてるだけかと思ってたぜ、と佐竹は脳内で補完した。
「あぁ、そういうことか。なに、部外者になら言えることってのがあるんだよ。あんな老害共の言いなりになってたら心も体も腐っちまう。でも、そんな現実を変えるには奴らに媚び売ってでも出世して、現状を変えなきゃならねえ。例え周りからは疎まれてもな」
「・・・なるほどな」
もっと早くそのことを知っていれば、東堂ともう少しだけ上手くやっていけたいたかもしれない。
佐竹はそんなことを思った。
「ま、それはさておきだ。こっからが本題だ」
東堂は吸っていたタバコを専用の収納箱にしまい、気合の入った顔で続ける。
「今のところ聞き込みでまともな情報は入ってない。だが、事件当日被害者に会っていたと思われる人間に目星がついてる」
「どういうことだ?」
「事件当日に被害者とあった人物だ、重要人物だろ」
「? それなら関係者として聞き込みをーー」
そこまで言いかけて、佐竹はハッとする。本来であれば重要参考人でありながら、聞き込みの対象に入らない人物。
「山鼠共か」
「ご名答、あっちに回してる俺の部下きらさっき連絡があってな。秘密裏に動くお前がいるならうってつけだと思ったわけよ」
「けっ、人使いがあらいな相変わらず」
山鼠ーーこの街一帯を牛耳る半グレ集団。住民は勿論警察ですら彼らと不干渉の立場にある。悪事を働くというよりは存在自体が悪、というべきか。中途半端な知性で、犯罪を隠蔽することに長けている集団だった。
認知されなければ如何なる行為も犯罪ではない、という至極真っ当な理論を地でいく彼らは証拠隠滅に一切の抜かりがない。だからこそ警察も明確な物的証拠がない限り彼らを取り締まることができないでいたのだ。
東堂のいう部下というのは、警察の組織員ではあるが、東堂から匿名で山鼠に潜り込まされているスパイである。薄給なのに随分命をかけた仕事っぷりだなと現役時代からそいつのことを不思議に思っていたが。
「山鼠、お前なら案外コロっと丸め込めるんじゃないかと思ってな。もうターゲットの場所は掴んでる。勿論行くよな?」
言いながら、東堂は胸ポケットから一枚の紙切れを渡してきた。
「三島コンクリートねぇ、これまた随分怪しいとこで働いてるんだな」
「灯台下暗しって感じだな」
「灯台自体も真っ黒だけどな、これじゃあ」
紙には男の顔写真が貼り付けられており、男の勤務先である三島コンクリートと住所が書いてあった。三島コンクリートは行き場のない人々の就職先としてここら一帯では名が知れている。
その時、東堂の足元から携帯の鳴ると音がした。
「ん、お偉いさんからだ。悪い佐竹、とりあえず今日はこれで。山鼠の件何かわかったら連絡してくれ。落ち着いたらこっちからも連絡する」
「おう、分かった」
「頼んだ」
東堂は言いながら電話に応答し、そのまま路地裏から大通りへと抜け出していった。俺と話している時の声のトーンから3段階くらい上がって東堂の声は、やはり現役時代の不仲を思い出すようで良い気分ではなかった。
「山鼠、三島コンクリート・・・」
(1人では得られなかった情報がここにある・・・)
佐竹は紙を力強くポケットに仕舞い込み、東堂と同じく、暗闇から光刺す大通りへと飛び出した。
田舎町とは言え、駅周辺はそれなりに人が混んでいて、それなりの喧騒が広がっている。
あたりを少し見回した後、佐竹は駅のホームへと向かった。
三島コンクリートは隣駅から徒歩数分の海岸沿いにあるからだ。
タバコの煙をもくもくと吐き出しながら、東堂は事件の概要を告げる。
昨日深夜、若い女性教諭が遺体で見つかった事件。
「関係者への聞き込みは?」
佐竹は東堂が吐き出す煙を手で払いながら問う。刑事をやめた佐竹にとってはあらゆる情報が貴重なものに違いなかった。
「だいぶやってはいるが、さっぱりだ。お偉いさんもそろそろ重い腰を上げる準備を始めたみたいだが、どうにも、腰の上げ方を忘れちまってるみたいだ」
「・・・意外だな」
「ん? 何がだ」
「あんたの口から上の人間を批判するような言葉が出てくるなんて」
あんたはいつも上に媚びてるだけかと思ってたぜ、と佐竹は脳内で補完した。
「あぁ、そういうことか。なに、部外者になら言えることってのがあるんだよ。あんな老害共の言いなりになってたら心も体も腐っちまう。でも、そんな現実を変えるには奴らに媚び売ってでも出世して、現状を変えなきゃならねえ。例え周りからは疎まれてもな」
「・・・なるほどな」
もっと早くそのことを知っていれば、東堂ともう少しだけ上手くやっていけたいたかもしれない。
佐竹はそんなことを思った。
「ま、それはさておきだ。こっからが本題だ」
東堂は吸っていたタバコを専用の収納箱にしまい、気合の入った顔で続ける。
「今のところ聞き込みでまともな情報は入ってない。だが、事件当日被害者に会っていたと思われる人間に目星がついてる」
「どういうことだ?」
「事件当日に被害者とあった人物だ、重要人物だろ」
「? それなら関係者として聞き込みをーー」
そこまで言いかけて、佐竹はハッとする。本来であれば重要参考人でありながら、聞き込みの対象に入らない人物。
「山鼠共か」
「ご名答、あっちに回してる俺の部下きらさっき連絡があってな。秘密裏に動くお前がいるならうってつけだと思ったわけよ」
「けっ、人使いがあらいな相変わらず」
山鼠ーーこの街一帯を牛耳る半グレ集団。住民は勿論警察ですら彼らと不干渉の立場にある。悪事を働くというよりは存在自体が悪、というべきか。中途半端な知性で、犯罪を隠蔽することに長けている集団だった。
認知されなければ如何なる行為も犯罪ではない、という至極真っ当な理論を地でいく彼らは証拠隠滅に一切の抜かりがない。だからこそ警察も明確な物的証拠がない限り彼らを取り締まることができないでいたのだ。
東堂のいう部下というのは、警察の組織員ではあるが、東堂から匿名で山鼠に潜り込まされているスパイである。薄給なのに随分命をかけた仕事っぷりだなと現役時代からそいつのことを不思議に思っていたが。
「山鼠、お前なら案外コロっと丸め込めるんじゃないかと思ってな。もうターゲットの場所は掴んでる。勿論行くよな?」
言いながら、東堂は胸ポケットから一枚の紙切れを渡してきた。
「三島コンクリートねぇ、これまた随分怪しいとこで働いてるんだな」
「灯台下暗しって感じだな」
「灯台自体も真っ黒だけどな、これじゃあ」
紙には男の顔写真が貼り付けられており、男の勤務先である三島コンクリートと住所が書いてあった。三島コンクリートは行き場のない人々の就職先としてここら一帯では名が知れている。
その時、東堂の足元から携帯の鳴ると音がした。
「ん、お偉いさんからだ。悪い佐竹、とりあえず今日はこれで。山鼠の件何かわかったら連絡してくれ。落ち着いたらこっちからも連絡する」
「おう、分かった」
「頼んだ」
東堂は言いながら電話に応答し、そのまま路地裏から大通りへと抜け出していった。俺と話している時の声のトーンから3段階くらい上がって東堂の声は、やはり現役時代の不仲を思い出すようで良い気分ではなかった。
「山鼠、三島コンクリート・・・」
(1人では得られなかった情報がここにある・・・)
佐竹は紙を力強くポケットに仕舞い込み、東堂と同じく、暗闇から光刺す大通りへと飛び出した。
田舎町とは言え、駅周辺はそれなりに人が混んでいて、それなりの喧騒が広がっている。
あたりを少し見回した後、佐竹は駅のホームへと向かった。
三島コンクリートは隣駅から徒歩数分の海岸沿いにあるからだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
蠍の舌─アル・ギーラ─
希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七
結珂の通う高校で、人が殺された。
もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。
調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。
双子の因縁の物語。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
濁った世界に灯る光~盲目女性記者・須江南海の奮闘Ⅱ~
しまおか
ミステリー
二十九歳で盲目となり新聞社を辞めフリー記者となった四十四歳の須依南海は、左足が義足で一つ年上の烏森と組み、大手広告代理店が通常のランサムウェアとは違った不正アクセスを受けた事件を追う。一部情報漏洩され百億円の身代金を要求されたが、システムを回復させた会社は、漏洩した情報は偽物と主張し要求に応じなかった。中身が政府与党の政治家や官僚との不正取引を匂わせるものだったからだ。政府も情報は誤りと主張。圧力により警察や検察の捜査も行き詰まる。そんな中須依の大学の同級生で懇意にしていたキャリア官僚の佐々警視長から、捜査線上に視力を失う前に結婚する予定だった元カレの名が挙がっていると聞き取材を開始。しかし事件は複雑な過程を経て須依や烏森が襲われた。しかも烏森は二度目で意識不明の重体に!やがて全ての謎が佐々の手によって解き明かされる!
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
隅の麗人 Case.1 怠惰な死体
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。
東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。
死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる