生死の狭間

そこらへんの学生

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懐古

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「ここのラーメンはやっぱり旨いな、そう思わないか? 佐竹」
「・・・まあ、不味くはないっすね」
「相変わらず辛口だな、お前は。一時期毎日のようにお前と張り込みをしてラーメンを食べていたのを思い出すよ」
 勝手に思い出に耽っていろ、と俺は心の中で吐き捨てるように言いながら、ラーメンを啜った。
 結局東堂に連れてこられたのはかつて通い詰めた豚骨ラーメンの店だった。脂の量を調節出来るが、いつも東堂は最上級の濃さを頼んでいた。レンゲが立つのではないかというほどのネットリとした白い油が最早ラーメン以外にしか見えないのは俺だけだろうか。
 俺は1番脂の少ないあっさり豚骨ラーメンを啜る。細麺がスープに絡むが、さして味を感じれるような状況ではなかった。仕事を辞め、かつての同僚と食べる飯など本来は喉も通らないほど気不味いに決まっている。
「昼時だからと言って、遠慮せず飯を食えるのは、外回りの特権だな。うん、餃子も旨い」
 バクバクと餃子を口に運ぶ東堂。注文時にニンニク増量をしたせいで、見るからにえげついものに見えてくる。店員も二度確認していたが、東堂は涼しい顔で同じ内容を繰り返していた。
「どうだ、佐竹もひとつ食べるか? 旨いぞ」
「いや、良いです」
 食べるまでもない。それは爆弾だ。例え、この後人と会う予定が無いとかそういう話以前の問題である。
 俺は濃いもの、ハッキリとしたもの味のものはあまり好きでは無い。なんならラーメンは塩ラーメンが1番好きだった。
「自分、食べ終わったので・・・」
「なんだ? 帰ろうってか?」
 特段怒るわけでもなく、東堂はとぼけるような顔で俺を見る。かつてここに二人で通い詰めた時も、入店時は一緒で、退店時は別々と言うのはさほど珍しく無かった。
 何度も言うが、俺と東堂は仲が良いわけでは無い。ただの仕事仲間で、致し方なく相棒関係なだけだ。別々で捜査はするし、互いの独自捜査には干渉しない。だから飯を食う時だけはこうしてラーメンを啜りながら情報交換を交わしていた。
 それももう、昔の話だが。

「まあ待てよ、佐竹。せめて俺がラーメンを食べ終わるまで待ってくれ。餃子なら一つやるから」
「いや、だから餃子は要らないです」
「む? そうか? 餃子を食べれないから拗ねたのかと」
 言って、東堂は冗談ぽく笑う。俺が何を考えているのか全てお見通しだと言わんばかりの顔だった。
「ハハ、良い顔だ。今日仕事を辞めてきた人間とは思えんな」
 皮肉にも冗談にも聞こえることを平坦な口調で言う東堂。ニンニクたっぷりの餃子を食べていようがいまいが、やはりこいつとは口を利きたくないと思った。
「まあ待て、ただラーメンを食おうって訳じゃないん」
 言いながらラーメンをズルズル啜り続ける東堂の言葉に説得力は微塵も感じられなかった。キリッとした眉とはっきりと鋭い目つき。こいつは笑っていても怒っていても眼を変えない。感情の起伏を言葉と語勢だけで表す。そういうとこも俺は嫌いだった。

 店内は昼時とはいえ思ったより混んでいなかった。木造の内装は所々黒ずんでいて、その歴史を感じさせる。俺と東堂が初めてここに来た時からあったような、無かったような気もするが。
 それこそ東堂と初めて飯を食べに来たのも、此処だった気がする。相棒とは名ばかりの協力関係にありながら、互いの捜査方針の違いをありありと感じざるを得なかったあの時、なんとも言えない気持ちで上司である東堂とラーメンを啜っていた記憶がある。
 俺は東堂のように、利を利だと断定し、悪を悪だと切り捨て、義理も人情も事件解決のためには捨てることも厭わないと言う姿勢が理解出来なかった。情報収集のために暴力団や半グレ組織と関わり互いの利害を一致させたり、民間人であっても、犯罪を甘く見ている人間を見下すような態度で接するのは相棒として隣で見ていたくなかった。
 見ないことで、俺は俺を正当化してきた。
 俺には俺の、やり方があった。
 面倒だとは言いながら、それでもやれることはそれなりにやってきたつもりだ。

 かつての記憶に思慮を巡らし続けていた所で、東堂が箸を置いた。

「さて、本題に入ろうか」
 テカテカの口元を手拭きで拭きながら、東堂は視線を上げる。昔と同じくカウンター席ではなくテーブル席を指定したのには懐古的な意味だけでなく、それ相応に違う意味があるようだった。

「例の連続殺人事件、お前はどう思う?何か心当たりがあるんじゃないか?」

 東堂の眼は、確かに俺の内部を見据えていた。刺すように、真っ直ぐな細い線を俺の心臓に照射しているように思えた。
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