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連鎖
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「被害者は井納崇、26歳。現場付近の足利工業に勤務、勤務態度は良好で人に恨まれるような人物では無かったと報告があがっています。社内でも被害者と直接的な上下関係であった外崎という社員にも話を聞きましたが、同等の回答しか得られず、現場付近の聞き込みも新しい情報は得られませんでした。以上です」
言って、角刈りの30代後半にも見える大柄の男はパイプ椅子に腰掛けた。わざわざ立って、何が書いてあるのかも分からないような汚いメモ帳と会議室の前方にあるホワイトボードを交互に見ながら、意気揚々と収穫無しを報告する。
ホワイトボードに貼り付けられた被害者とその周辺人物の情報は、この捜査会議が始まってから小一時間経つ今でもほとんど書き足されることはなかった。
100人ほどは容易に収容出来るであろう大会議室に多数の刑事が集まっていた。中央署というだけあって、余程の暇人が集まっているに違いない、と佐竹は思った。佐竹も漏れなくそうであったから。
「佐竹さん、お久しぶりですね」
隣に座っていた若手に声をかけられた。顔は全く覚えていない。整髪料で髪を整え、服装に一切の乱れはなく、全く新しい情報が出てこないこの会議の中でも、メモをする姿勢を忘れない、そんな男だった。佐竹は横目で感心すると同時に呆れていた人物から声をかけられ少し動揺した。
「あ、あぁ、久しぶりだな。ご苦労さん」
「また佐竹さんとお会いできて、しかもこうして同じ事件に関われて、自分光栄です。自分にできることがあればなんでもやらせてください!」
パイプ椅子に座っていて、なんならまだ会議は終わっていないというのに随分と威勢の良いこの男に、佐竹は体を退け反らせるようにしながらも言葉を返した。
「おぉ、分かった。またなんか有ったら頼むな。頼りにしてるぞ」
はい、と力強く返事をする知らない男に、佐竹はぎこちない笑みを浮かべた。佐竹にとって新人であろう彼のような若々しさや情熱、期待の眼差しは重く、煩わしいものでしか無かった。会議に出たのだって情報が欲しかったからでは無く、極寒の中聞き込みするより、大会議室の暖房とストーブの二刀流に惹かれただけだし、事件解決するとはいえ、被害者近辺の情報すらすぐには洗い出せない我らが刑事諸君と一緒になって事件を解決する気など、佐竹には毛頭なかった。あのいけすかない相棒も含め、この街の警察は都合が全てだ。自分にとって、警察にとって利益になる時しか、その方向にしか進もうとしない。だから、下っ端のマトモな正義感を持ってる奴らがーーそれこそ目の前の真面目な若手ーーが割を食わにゃならんのだ。それは随分理不尽で、不合理だ。下っ端の頑張りが上に搾取され、上は下に還元しない。ふざけた話だ。
その証拠に、上層部や幹部の人間たちは前の方で話を聞かず眠りふけってやがる。事件を解決する気なんて無いのだ、やつらには。
まだ、足りない。たった三件目の殺人事件で、その連続性も証明されない今の時点では、彼らの腰は上げさせられない。彼らの都合には、まだ死者が足りないのだ。
くそったれめ。
考えれば考えるほど、イライラしてきた。そんな都合ばかり優先するやつらと同じ空気を吸っている自分自身に、佐竹は怒りを覚えたのだった。
「えー、被害者が最後に立ち寄ったと考えられる場所についてですが、被害者の遺体が道路上にあったこともふまえ、歩道橋から転落した、又はさせられた可能性が高いものとーー」
ガチャリ。
大会議室のドアが大きな音を立てながら開く。喋っていた中堅の髭を生やした刑事が喋るのをやめ、大会議室の一同が音のする方を見遣った。会議中に扉が開くことは、原則あり得ない。あっても静かに開かれる。それが大げさに、大きな音を立てて開かれた。眠っていた上層部の人間も、目を覚ます。
「おい佐竹、どこへ行くんだ、会議中だぞ」
「トイレならもうちょっと静かに行きたまえよ、佐竹くん」
1番前に座っていた東堂と、更にその上司の矢庭が棘のある声で佐竹を刺す。会場の声を、上層部の声を代弁するかのような声に、彼らの視線が後追いする。
「正義ごっこならてめえらだけで勝手にやってろ。俺は降りる」
無数の怒鳴り声が耳に入る前に、佐竹は扉から外へ出る。ゆっくりと閉まる扉に反して、佐竹の足取りは早かった。
いつもの汚れたジャンパーのポケットから紙封筒を出す。
退職願と書かれた封筒はすでに随分年季が入っていて、色褪せていた。
「ごめんな。麗華」
封筒を少し強く握りしめながら、佐竹は怒鳴り声の反響する長く細い廊下をただ歩く。
俺は、この世の正義の味方ではいられないみたいだ。
お前の望みを叶えてあげられなくて、ごめんな。
哀しい背中を見せながら、佐竹は亡き彼女を思う。
言って、角刈りの30代後半にも見える大柄の男はパイプ椅子に腰掛けた。わざわざ立って、何が書いてあるのかも分からないような汚いメモ帳と会議室の前方にあるホワイトボードを交互に見ながら、意気揚々と収穫無しを報告する。
ホワイトボードに貼り付けられた被害者とその周辺人物の情報は、この捜査会議が始まってから小一時間経つ今でもほとんど書き足されることはなかった。
100人ほどは容易に収容出来るであろう大会議室に多数の刑事が集まっていた。中央署というだけあって、余程の暇人が集まっているに違いない、と佐竹は思った。佐竹も漏れなくそうであったから。
「佐竹さん、お久しぶりですね」
隣に座っていた若手に声をかけられた。顔は全く覚えていない。整髪料で髪を整え、服装に一切の乱れはなく、全く新しい情報が出てこないこの会議の中でも、メモをする姿勢を忘れない、そんな男だった。佐竹は横目で感心すると同時に呆れていた人物から声をかけられ少し動揺した。
「あ、あぁ、久しぶりだな。ご苦労さん」
「また佐竹さんとお会いできて、しかもこうして同じ事件に関われて、自分光栄です。自分にできることがあればなんでもやらせてください!」
パイプ椅子に座っていて、なんならまだ会議は終わっていないというのに随分と威勢の良いこの男に、佐竹は体を退け反らせるようにしながらも言葉を返した。
「おぉ、分かった。またなんか有ったら頼むな。頼りにしてるぞ」
はい、と力強く返事をする知らない男に、佐竹はぎこちない笑みを浮かべた。佐竹にとって新人であろう彼のような若々しさや情熱、期待の眼差しは重く、煩わしいものでしか無かった。会議に出たのだって情報が欲しかったからでは無く、極寒の中聞き込みするより、大会議室の暖房とストーブの二刀流に惹かれただけだし、事件解決するとはいえ、被害者近辺の情報すらすぐには洗い出せない我らが刑事諸君と一緒になって事件を解決する気など、佐竹には毛頭なかった。あのいけすかない相棒も含め、この街の警察は都合が全てだ。自分にとって、警察にとって利益になる時しか、その方向にしか進もうとしない。だから、下っ端のマトモな正義感を持ってる奴らがーーそれこそ目の前の真面目な若手ーーが割を食わにゃならんのだ。それは随分理不尽で、不合理だ。下っ端の頑張りが上に搾取され、上は下に還元しない。ふざけた話だ。
その証拠に、上層部や幹部の人間たちは前の方で話を聞かず眠りふけってやがる。事件を解決する気なんて無いのだ、やつらには。
まだ、足りない。たった三件目の殺人事件で、その連続性も証明されない今の時点では、彼らの腰は上げさせられない。彼らの都合には、まだ死者が足りないのだ。
くそったれめ。
考えれば考えるほど、イライラしてきた。そんな都合ばかり優先するやつらと同じ空気を吸っている自分自身に、佐竹は怒りを覚えたのだった。
「えー、被害者が最後に立ち寄ったと考えられる場所についてですが、被害者の遺体が道路上にあったこともふまえ、歩道橋から転落した、又はさせられた可能性が高いものとーー」
ガチャリ。
大会議室のドアが大きな音を立てながら開く。喋っていた中堅の髭を生やした刑事が喋るのをやめ、大会議室の一同が音のする方を見遣った。会議中に扉が開くことは、原則あり得ない。あっても静かに開かれる。それが大げさに、大きな音を立てて開かれた。眠っていた上層部の人間も、目を覚ます。
「おい佐竹、どこへ行くんだ、会議中だぞ」
「トイレならもうちょっと静かに行きたまえよ、佐竹くん」
1番前に座っていた東堂と、更にその上司の矢庭が棘のある声で佐竹を刺す。会場の声を、上層部の声を代弁するかのような声に、彼らの視線が後追いする。
「正義ごっこならてめえらだけで勝手にやってろ。俺は降りる」
無数の怒鳴り声が耳に入る前に、佐竹は扉から外へ出る。ゆっくりと閉まる扉に反して、佐竹の足取りは早かった。
いつもの汚れたジャンパーのポケットから紙封筒を出す。
退職願と書かれた封筒はすでに随分年季が入っていて、色褪せていた。
「ごめんな。麗華」
封筒を少し強く握りしめながら、佐竹は怒鳴り声の反響する長く細い廊下をただ歩く。
俺は、この世の正義の味方ではいられないみたいだ。
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