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狂気
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人間は、どこまでいっても曖昧だ。
曖昧な生ではなく、明確な死を求めた。そのために僕は人を殺した。曖昧な生を抱えて、のうのうと生きている彼らを実験台にした。
けれど、どこにも明確な死など無かった。開き切った瞳孔を見ても、死後硬直で固まった体を無理矢理捻じ曲げても、うんともすんともいわず、今にも起き上がりそうな顔つきで、ただ眠っている。服は血で汚れているが、血糊かもしれないし、絵の具かもしれない。実はまだ生きていて、死んだフリでやり過ごし、俺が立ち去るのをただ待っているだけなのかもしれない。
首を傾げた後、確認のために何度も刺した。刺しては抜いて、刺しては抜いて。最初は血が吹き出るように出ていたけれど、途中でそれは止まった。
曖昧に、彼女は死んだのだ。
曖昧であることに意味などない。
善人はあらゆる面で善人でなくてはならない。悪口を言ってはならない、悪意を持ってはならない、憎悪を抱いてはいけない、あらゆることを許さなければならない、いつ何時も。
悪人はあらゆる面で悪人でなくてはならない。人を褒めてはならない、善意を持ってはならない、愛を持ってはならない、あらゆることを許してはならない、いつ何時も。
それが、真っ直ぐ生きると言うことだ、一貫性があると言うことだ、自分が自分であるということだ。
あるときは善人で、ある時は悪人で、あるときはどちらでもなくて、そんな曖昧な存在は自己ではない。
自己ではないなら、誰だ。
お前は、お前ではないのか、
俺は、俺ではないのか、
なら、誰だ、
お前と俺は、誰なのだ。
お前は俺で、俺はお前なのか、
それとも、どちらでもないのか。
俺もお前も、そもそも何者でもないのか。
明確な自己などなく、明確な他者もなく。
曖昧な有象無象がただそこにあるだけ。
曖昧な生ではなく、明確な死を。
俺は、僕は、私は、感じたいのだ。
生の温もりと、死の冷たさを。その確固たる証明を。
生きることが、死ぬことが、善なのか悪なのか。生かすことが、殺すことが善なのか悪なのか。
僕は、私は、俺は、悪なのか。
悪は、罰せられるべきなのだと。
俺の存在をもってして、この世の曖昧さを表面化してやりたいのだ。
私を、俺を、僕を、罰せと。
殺してくれと。
曖昧な生ではなく、明確な死を求めた。そのために僕は人を殺した。曖昧な生を抱えて、のうのうと生きている彼らを実験台にした。
けれど、どこにも明確な死など無かった。開き切った瞳孔を見ても、死後硬直で固まった体を無理矢理捻じ曲げても、うんともすんともいわず、今にも起き上がりそうな顔つきで、ただ眠っている。服は血で汚れているが、血糊かもしれないし、絵の具かもしれない。実はまだ生きていて、死んだフリでやり過ごし、俺が立ち去るのをただ待っているだけなのかもしれない。
首を傾げた後、確認のために何度も刺した。刺しては抜いて、刺しては抜いて。最初は血が吹き出るように出ていたけれど、途中でそれは止まった。
曖昧に、彼女は死んだのだ。
曖昧であることに意味などない。
善人はあらゆる面で善人でなくてはならない。悪口を言ってはならない、悪意を持ってはならない、憎悪を抱いてはいけない、あらゆることを許さなければならない、いつ何時も。
悪人はあらゆる面で悪人でなくてはならない。人を褒めてはならない、善意を持ってはならない、愛を持ってはならない、あらゆることを許してはならない、いつ何時も。
それが、真っ直ぐ生きると言うことだ、一貫性があると言うことだ、自分が自分であるということだ。
あるときは善人で、ある時は悪人で、あるときはどちらでもなくて、そんな曖昧な存在は自己ではない。
自己ではないなら、誰だ。
お前は、お前ではないのか、
俺は、俺ではないのか、
なら、誰だ、
お前と俺は、誰なのだ。
お前は俺で、俺はお前なのか、
それとも、どちらでもないのか。
俺もお前も、そもそも何者でもないのか。
明確な自己などなく、明確な他者もなく。
曖昧な有象無象がただそこにあるだけ。
曖昧な生ではなく、明確な死を。
俺は、僕は、私は、感じたいのだ。
生の温もりと、死の冷たさを。その確固たる証明を。
生きることが、死ぬことが、善なのか悪なのか。生かすことが、殺すことが善なのか悪なのか。
僕は、私は、俺は、悪なのか。
悪は、罰せられるべきなのだと。
俺の存在をもってして、この世の曖昧さを表面化してやりたいのだ。
私を、俺を、僕を、罰せと。
殺してくれと。
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