書道家・紫倉悠山のあやかし筆

糸烏 四季乃

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花の書

不法侵入1

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辺りの異様な雰囲気に、伊知郎は持ってきた竹刀を握りしめた。

増えている。
水谷家に近づいていくにつれ、庭木の枝や民家の屋根、それから電線にとまるカラスの数が明らかに増えていた。

夜中に数えきれないほどのカラスが住宅街に集まるなど、尋常ではない。
このカラスたちは全部、昼間に解体業者を襲っていたやつらの仲間なのだろうか。


「これ、大丈夫なのか……?」


悠山と朔を守るように、伊知郎は前を歩いている。
この数のカラスからふたりを守れる自信は、正直いってまるでないのだが。


「あのお庭に危害をくわえなければ、まあ大丈夫でしょう」

「どうしてそう思うんだよ」

「どうしてそう思わないのか逆に聞きたいね」


ひねくれた物言いは慣れたものなので、伊知郎は気にせず周囲を警戒する。

朔が怯えているのではと心配したが、振り返り確認するといつもと変わらない顔で悠山の横を歩いていた。
きょとんとした顔も可愛いなあと、でれっとしかけたが、悠山に睨まれ慌てて前を向いた。

小さくてもさすがあやかし。
カラスなどに怯えることはないようだ。


やがて水谷家にたどりつくと、伊知郎はその光景に言葉を失った。

無数のカラスが水谷家を囲っていた。
門やアイアンの柵の上にずらり、庭木の枝にも隙間なく黒いカラスがとまっている。

昼間あんなにも美しかった緑の庭は、月夜に怪しく光る黒い庭に変わっていた。

庭の奥からは夜の静寂を裂くような、カラスの鳴き声が響いてくる。
カラスの言葉などわからないが、怒りや苛立ちが伝わってくる嫌な声だった。


「こりゃひどいな。こんな中でまともに眠れるわけないぞ」

「ええ。迷惑極まりないですねぇ」

「先生、どうするんだよ? ここまで来たけど何か考えがあるのか?」


周囲のカラスたちに警戒したまま、伊知郎は問いかける。

カラスが攻撃してくる様子はないが、向こうもこちらをじっと睨みつけてきていた。
何かおかしな行動をすれば、即座にカラスの大群に襲われることになるだろう。


「伊知郎。これを」


悠山は袂から、紙を一枚取り出した。


「なんだこれ。……なんて書いてるんだ?」


それは札だった。
伊知郎の手のひらほどの大きさで、墨でくねくねした文字が書かれている。

まったく読めないが、その文字がきらきらと虹色に輝いているのはわかった。


「退魔の札です。その竹刀に貼りつけておきなさい」

「たいま……」

「竹刀に退魔の力が宿り、あやかしにも対応できるようになるでしょう」

「あやかしって、このカラスたち、あやかしなのか!?」

「あれは普通のカラスだよ」


そう言うと、悠山は門を開け勝手に庭へと侵入してしまった。


「あ、おい!」


伊知郎が慌てた直後、周囲のカラスたちが一斉にギャアギャアと騒ぎだした。
夜中に庭に侵入する人間を、敵とみなしたのだろうか。

悠山を止めようと手を伸ばす。
だがその手が届く前に、悠山へと急降下するカラスの姿をとらえた。


まずい――!!


竹刀を構えたが間に合わない、と思った瞬間、伊知郎の横を極彩色が飛び出していった。
それは悠山の頭上へと跳躍すると、くるりと宙で回転し、カラスの爪を弾くように蹴り返した。


「え……さ、朔!?」


軽やかに地面に着地したのは、いつもの地味な着物姿ではなく、昔の貴族の子どものように派手な衣装を身に纏った朔だった。

白い着物に、華やかな刺繍のはいった若草色の上衣をつけ、菖蒲色の袴。
それから頭に烏帽子のような冠を乗せている。

小さい顔に、零れ落ちそうな大きな瞳、それから墨で描いたようなまん丸眉。
間違いない、これは伊知郎がでれでれになって可愛がっている、朔だ。


「なにそんな間抜け面して驚いてんだい」

「だ、だって、朔……だよな?」

「言ったろう。朔は天童のあやかしだよ」

「天童って、座敷童みたいなもんじゃなかったのか?」

「バカだね。天童は守護神や天神が人間界に降り立った姿のことだよ。朔は護法の鬼神。あたしを守るあやかしさ」


鬼神? 恥ずかしがり屋で、花を愛する、可愛い可愛い朔が?

伊知郎は信じられない気持ちだったが、現在進行形で朔が鬼のようにカラスたちを撃退していく姿を目の当たりにしているのだ。
信じられないが、信じるしかない。


「朔は祖父が生み出したあやかしでね。祖父がいなくなったあとも、あたしを守ってくれてるんだよ」

「……あやかしからだけじゃなく、衣食住に関しても守られてるんだな」

「朔は働き者だからねぇ」


多少嫌味を混ぜた言葉だったのだが、悠山にするりと受け流されてしまった。
出会ったばかりの頃、伊知郎を坊ちゃんとからかったくせに、自分こそあやかしにおんぶに抱っこされている坊ちゃんじゃないか、と文句を言いたくなる。

そんな心を読まれたのか、悠山にべちりと額を叩かれ、一瞬よろめいた。


「ほら、行くよ。さっさとついといで」

「あ、待てって……先生! 危ない!」
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