43 / 52
花の書
不法侵入1
しおりを挟む
*
辺りの異様な雰囲気に、伊知郎は持ってきた竹刀を握りしめた。
増えている。
水谷家に近づいていくにつれ、庭木の枝や民家の屋根、それから電線にとまるカラスの数が明らかに増えていた。
夜中に数えきれないほどのカラスが住宅街に集まるなど、尋常ではない。
このカラスたちは全部、昼間に解体業者を襲っていたやつらの仲間なのだろうか。
「これ、大丈夫なのか……?」
悠山と朔を守るように、伊知郎は前を歩いている。
この数のカラスからふたりを守れる自信は、正直いってまるでないのだが。
「あのお庭に危害をくわえなければ、まあ大丈夫でしょう」
「どうしてそう思うんだよ」
「どうしてそう思わないのか逆に聞きたいね」
ひねくれた物言いは慣れたものなので、伊知郎は気にせず周囲を警戒する。
朔が怯えているのではと心配したが、振り返り確認するといつもと変わらない顔で悠山の横を歩いていた。
きょとんとした顔も可愛いなあと、でれっとしかけたが、悠山に睨まれ慌てて前を向いた。
小さくてもさすがあやかし。
カラスなどに怯えることはないようだ。
やがて水谷家にたどりつくと、伊知郎はその光景に言葉を失った。
無数のカラスが水谷家を囲っていた。
門やアイアンの柵の上にずらり、庭木の枝にも隙間なく黒いカラスがとまっている。
昼間あんなにも美しかった緑の庭は、月夜に怪しく光る黒い庭に変わっていた。
庭の奥からは夜の静寂を裂くような、カラスの鳴き声が響いてくる。
カラスの言葉などわからないが、怒りや苛立ちが伝わってくる嫌な声だった。
「こりゃひどいな。こんな中でまともに眠れるわけないぞ」
「ええ。迷惑極まりないですねぇ」
「先生、どうするんだよ? ここまで来たけど何か考えがあるのか?」
周囲のカラスたちに警戒したまま、伊知郎は問いかける。
カラスが攻撃してくる様子はないが、向こうもこちらをじっと睨みつけてきていた。
何かおかしな行動をすれば、即座にカラスの大群に襲われることになるだろう。
「伊知郎。これを」
悠山は袂から、紙を一枚取り出した。
「なんだこれ。……なんて書いてるんだ?」
それは札だった。
伊知郎の手のひらほどの大きさで、墨でくねくねした文字が書かれている。
まったく読めないが、その文字がきらきらと虹色に輝いているのはわかった。
「退魔の札です。その竹刀に貼りつけておきなさい」
「たいま……」
「竹刀に退魔の力が宿り、あやかしにも対応できるようになるでしょう」
「あやかしって、このカラスたち、あやかしなのか!?」
「あれは普通のカラスだよ」
そう言うと、悠山は門を開け勝手に庭へと侵入してしまった。
「あ、おい!」
伊知郎が慌てた直後、周囲のカラスたちが一斉にギャアギャアと騒ぎだした。
夜中に庭に侵入する人間を、敵とみなしたのだろうか。
悠山を止めようと手を伸ばす。
だがその手が届く前に、悠山へと急降下するカラスの姿をとらえた。
まずい――!!
竹刀を構えたが間に合わない、と思った瞬間、伊知郎の横を極彩色が飛び出していった。
それは悠山の頭上へと跳躍すると、くるりと宙で回転し、カラスの爪を弾くように蹴り返した。
「え……さ、朔!?」
軽やかに地面に着地したのは、いつもの地味な着物姿ではなく、昔の貴族の子どものように派手な衣装を身に纏った朔だった。
白い着物に、華やかな刺繍のはいった若草色の上衣をつけ、菖蒲色の袴。
それから頭に烏帽子のような冠を乗せている。
小さい顔に、零れ落ちそうな大きな瞳、それから墨で描いたようなまん丸眉。
間違いない、これは伊知郎がでれでれになって可愛がっている、朔だ。
「なにそんな間抜け面して驚いてんだい」
「だ、だって、朔……だよな?」
「言ったろう。朔は天童のあやかしだよ」
「天童って、座敷童みたいなもんじゃなかったのか?」
「バカだね。天童は守護神や天神が人間界に降り立った姿のことだよ。朔は護法の鬼神。あたしを守るあやかしさ」
鬼神? 恥ずかしがり屋で、花を愛する、可愛い可愛い朔が?
伊知郎は信じられない気持ちだったが、現在進行形で朔が鬼のようにカラスたちを撃退していく姿を目の当たりにしているのだ。
信じられないが、信じるしかない。
「朔は祖父が生み出したあやかしでね。祖父がいなくなったあとも、あたしを守ってくれてるんだよ」
「……あやかしからだけじゃなく、衣食住に関しても守られてるんだな」
「朔は働き者だからねぇ」
多少嫌味を混ぜた言葉だったのだが、悠山にするりと受け流されてしまった。
出会ったばかりの頃、伊知郎を坊ちゃんとからかったくせに、自分こそあやかしにおんぶに抱っこされている坊ちゃんじゃないか、と文句を言いたくなる。
そんな心を読まれたのか、悠山にべちりと額を叩かれ、一瞬よろめいた。
「ほら、行くよ。さっさとついといで」
「あ、待てって……先生! 危ない!」
辺りの異様な雰囲気に、伊知郎は持ってきた竹刀を握りしめた。
増えている。
水谷家に近づいていくにつれ、庭木の枝や民家の屋根、それから電線にとまるカラスの数が明らかに増えていた。
夜中に数えきれないほどのカラスが住宅街に集まるなど、尋常ではない。
このカラスたちは全部、昼間に解体業者を襲っていたやつらの仲間なのだろうか。
「これ、大丈夫なのか……?」
悠山と朔を守るように、伊知郎は前を歩いている。
この数のカラスからふたりを守れる自信は、正直いってまるでないのだが。
「あのお庭に危害をくわえなければ、まあ大丈夫でしょう」
「どうしてそう思うんだよ」
「どうしてそう思わないのか逆に聞きたいね」
ひねくれた物言いは慣れたものなので、伊知郎は気にせず周囲を警戒する。
朔が怯えているのではと心配したが、振り返り確認するといつもと変わらない顔で悠山の横を歩いていた。
きょとんとした顔も可愛いなあと、でれっとしかけたが、悠山に睨まれ慌てて前を向いた。
小さくてもさすがあやかし。
カラスなどに怯えることはないようだ。
やがて水谷家にたどりつくと、伊知郎はその光景に言葉を失った。
無数のカラスが水谷家を囲っていた。
門やアイアンの柵の上にずらり、庭木の枝にも隙間なく黒いカラスがとまっている。
昼間あんなにも美しかった緑の庭は、月夜に怪しく光る黒い庭に変わっていた。
庭の奥からは夜の静寂を裂くような、カラスの鳴き声が響いてくる。
カラスの言葉などわからないが、怒りや苛立ちが伝わってくる嫌な声だった。
「こりゃひどいな。こんな中でまともに眠れるわけないぞ」
「ええ。迷惑極まりないですねぇ」
「先生、どうするんだよ? ここまで来たけど何か考えがあるのか?」
周囲のカラスたちに警戒したまま、伊知郎は問いかける。
カラスが攻撃してくる様子はないが、向こうもこちらをじっと睨みつけてきていた。
何かおかしな行動をすれば、即座にカラスの大群に襲われることになるだろう。
「伊知郎。これを」
悠山は袂から、紙を一枚取り出した。
「なんだこれ。……なんて書いてるんだ?」
それは札だった。
伊知郎の手のひらほどの大きさで、墨でくねくねした文字が書かれている。
まったく読めないが、その文字がきらきらと虹色に輝いているのはわかった。
「退魔の札です。その竹刀に貼りつけておきなさい」
「たいま……」
「竹刀に退魔の力が宿り、あやかしにも対応できるようになるでしょう」
「あやかしって、このカラスたち、あやかしなのか!?」
「あれは普通のカラスだよ」
そう言うと、悠山は門を開け勝手に庭へと侵入してしまった。
「あ、おい!」
伊知郎が慌てた直後、周囲のカラスたちが一斉にギャアギャアと騒ぎだした。
夜中に庭に侵入する人間を、敵とみなしたのだろうか。
悠山を止めようと手を伸ばす。
だがその手が届く前に、悠山へと急降下するカラスの姿をとらえた。
まずい――!!
竹刀を構えたが間に合わない、と思った瞬間、伊知郎の横を極彩色が飛び出していった。
それは悠山の頭上へと跳躍すると、くるりと宙で回転し、カラスの爪を弾くように蹴り返した。
「え……さ、朔!?」
軽やかに地面に着地したのは、いつもの地味な着物姿ではなく、昔の貴族の子どものように派手な衣装を身に纏った朔だった。
白い着物に、華やかな刺繍のはいった若草色の上衣をつけ、菖蒲色の袴。
それから頭に烏帽子のような冠を乗せている。
小さい顔に、零れ落ちそうな大きな瞳、それから墨で描いたようなまん丸眉。
間違いない、これは伊知郎がでれでれになって可愛がっている、朔だ。
「なにそんな間抜け面して驚いてんだい」
「だ、だって、朔……だよな?」
「言ったろう。朔は天童のあやかしだよ」
「天童って、座敷童みたいなもんじゃなかったのか?」
「バカだね。天童は守護神や天神が人間界に降り立った姿のことだよ。朔は護法の鬼神。あたしを守るあやかしさ」
鬼神? 恥ずかしがり屋で、花を愛する、可愛い可愛い朔が?
伊知郎は信じられない気持ちだったが、現在進行形で朔が鬼のようにカラスたちを撃退していく姿を目の当たりにしているのだ。
信じられないが、信じるしかない。
「朔は祖父が生み出したあやかしでね。祖父がいなくなったあとも、あたしを守ってくれてるんだよ」
「……あやかしからだけじゃなく、衣食住に関しても守られてるんだな」
「朔は働き者だからねぇ」
多少嫌味を混ぜた言葉だったのだが、悠山にするりと受け流されてしまった。
出会ったばかりの頃、伊知郎を坊ちゃんとからかったくせに、自分こそあやかしにおんぶに抱っこされている坊ちゃんじゃないか、と文句を言いたくなる。
そんな心を読まれたのか、悠山にべちりと額を叩かれ、一瞬よろめいた。
「ほら、行くよ。さっさとついといで」
「あ、待てって……先生! 危ない!」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?
小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。
だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。
『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』
繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか?
◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています
◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります
狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される
茶柱まちこ
キャラ文芸
雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。
ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。
呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。
神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。
(旧題:『大神様のお気に入り』)
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
片翼の天狗は陽だまりを知らない
道草家守
キャラ文芸
静真は天狗と人の半妖だ。味方などおらず、ただ自分の翼だけを信じて孤独に生きてきた。しかし、お役目をしくじり不時着したベランダで人の娘、陽毬に助けられてしまう。
朗らかな彼女は、静真を手当をするとこう言った。
「天狗さん、ご飯食べて行きませんか」と。
いらだち戸惑いながらも、怪我の手当ての礼に彼女と食事を共にすることになった静真は、彼女と過ごす内に少しずつ変わっていくのだった。
これは心を凍らせていた半妖の青年が安らいで気づいて拒絶してあきらめて、自分の居場所を決めるお話。
※カクヨム、なろうにも投稿しています。
※イラストはルンベルさんにいただきました。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる