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花の書

夏の庭2

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「水谷さん」

「福永くん、花が好きなの?」

「え? あ、いや。好きっていうか、最近花壇の手入れを手伝うようになって」



花よりも、花の世話をする朔を愛でているのだが、変態だと思われそうで言いにくい。

言い淀む伊知郎に、水谷は「えらいんだね」と感心したようにうなずいた。
さらさらと、彼女の真っ直ぐな黒髪が揺れる。

絹のカーテンのようなその髪に、一瞬見惚れた。
悠山のビロードのような黒髪とはまたちがった艶がきれいだ。

ついじっと見つめていた自分に気づき、慌てて目を反らす。
あまり会話をしたことのない女子生徒相手に、明らかに舞い上がっているのを自分でも感じた。


「こ、この、ヒマワリみたいなやつが気になったんだ。ヒマワリっぽいけど、花びらが黄色っていうよりレモンって感じだし、真ん中の部分もヒマワリはもっと茶色だろ?」

「ああ。品種がちがうんだよ。これも、ヴィンセントクリアレモンっていう種類のヒマワリ」

「えっ。ヒマワリに種類なんてあるのか……」

「花びらが赤いヒマワリなんていうのもあるよ。あと、この白いのがデルフィニウムで、こっちの黄緑のはバラね」

「これ、バラ!? へえ……花って本当に色々あるんだなあ。そして水谷さん、詳しいな」


水谷は「私が持ってきた花だからね」と少し誇らしげに胸を反らせる。

聞けば家の庭に、花好きの祖母が作ったちょっとした庭園があるのだという。
水谷も把握できないほど、たくさんの種類の花が植えてあるらしい。


「花が増えすぎちゃってね。家に飾ったりご近所に配ったりもしてるんだけど、追いつかなくて」

「それで学校にも?」

「うん。……そうだ。もしよかったら、福永くんももらってくれない?」

「もらってって、花を?」

「花壇を手入れしてるご家族がいるならどうかなって。迷惑かな?」


上目遣いで見られ、伊知郎の心臓がどきんと跳ねる。

水谷は特別目立つ容姿というわけではないが、顔のパーツが整っていて清潔感がある。
弓道部に所属しているからか姿勢もよく、派手ではないのに目が吸い寄せられることもあった。

好き、というほど甘酸っぱい気持ちではない。
が、見かけるたび「ああ、いいな」と内心呟く程度。

だが好意の種は何かをきっかけにして、簡単に芽吹いたりする。
思春期の心には、特に。


「い、いや! 迷惑とか、そんな、全然……うん」

「ほんと!? よかった! とっても助かるよ。ありがとう、福永くん」


可愛い女子に微笑まれ、悪い気のする男はいない。

伊知郎がでれっとしている間に、部活のない日水谷の家に花をもらいにいくことになっていた。
てっきり切り花を学校に持ってくるのかと思っていたのだが、たくさんの花があるのでぜひ好きなものを選んでほしいと。

良ければご家族も一緒に、と言われ浮かんだのは小さな朔の顔だ。
書道教室に飾るのも良さそうだ。悠山も誘ってみようか。


「都合の良い日ができたら、ぜひ連絡して!」


水谷の勢いに押され、連絡先まで交換してしまった。
向き合ったとき、水谷のきれいな髪から甘い花のような香りがして、一層ドキドキした。


「じゃあ福永くん、よろしくね!」


上機嫌で水谷が友だちの輪の中に戻っていく。


女子の連絡先ゲット……!


男ばかりのスマホのアドレスの中、新しく登録された水谷の名前は燦然と輝いて見えた。

花壇の手入れを手伝ってよかった。
朔に感謝しなければ。

にんまりしながら再び花瓶の花に目をやった伊知郎は、一瞬固まった。
水谷がたしかデルフィニウムと呼んでいた白い花の縁が、うっすらとキラキラ輝いていたのだ。


その微かな輝きはすぐに空気に溶けていったが、伊知郎はしばらく花瓶の花から目を離すことができなかった。



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