39 / 52
花の書
夏の庭2
しおりを挟む「水谷さん」
「福永くん、花が好きなの?」
「え? あ、いや。好きっていうか、最近花壇の手入れを手伝うようになって」
花よりも、花の世話をする朔を愛でているのだが、変態だと思われそうで言いにくい。
言い淀む伊知郎に、水谷は「えらいんだね」と感心したようにうなずいた。
さらさらと、彼女の真っ直ぐな黒髪が揺れる。
絹のカーテンのようなその髪に、一瞬見惚れた。
悠山のビロードのような黒髪とはまたちがった艶がきれいだ。
ついじっと見つめていた自分に気づき、慌てて目を反らす。
あまり会話をしたことのない女子生徒相手に、明らかに舞い上がっているのを自分でも感じた。
「こ、この、ヒマワリみたいなやつが気になったんだ。ヒマワリっぽいけど、花びらが黄色っていうよりレモンって感じだし、真ん中の部分もヒマワリはもっと茶色だろ?」
「ああ。品種がちがうんだよ。これも、ヴィンセントクリアレモンっていう種類のヒマワリ」
「えっ。ヒマワリに種類なんてあるのか……」
「花びらが赤いヒマワリなんていうのもあるよ。あと、この白いのがデルフィニウムで、こっちの黄緑のはバラね」
「これ、バラ!? へえ……花って本当に色々あるんだなあ。そして水谷さん、詳しいな」
水谷は「私が持ってきた花だからね」と少し誇らしげに胸を反らせる。
聞けば家の庭に、花好きの祖母が作ったちょっとした庭園があるのだという。
水谷も把握できないほど、たくさんの種類の花が植えてあるらしい。
「花が増えすぎちゃってね。家に飾ったりご近所に配ったりもしてるんだけど、追いつかなくて」
「それで学校にも?」
「うん。……そうだ。もしよかったら、福永くんももらってくれない?」
「もらってって、花を?」
「花壇を手入れしてるご家族がいるならどうかなって。迷惑かな?」
上目遣いで見られ、伊知郎の心臓がどきんと跳ねる。
水谷は特別目立つ容姿というわけではないが、顔のパーツが整っていて清潔感がある。
弓道部に所属しているからか姿勢もよく、派手ではないのに目が吸い寄せられることもあった。
好き、というほど甘酸っぱい気持ちではない。
が、見かけるたび「ああ、いいな」と内心呟く程度。
だが好意の種は何かをきっかけにして、簡単に芽吹いたりする。
思春期の心には、特に。
「い、いや! 迷惑とか、そんな、全然……うん」
「ほんと!? よかった! とっても助かるよ。ありがとう、福永くん」
可愛い女子に微笑まれ、悪い気のする男はいない。
伊知郎がでれっとしている間に、部活のない日水谷の家に花をもらいにいくことになっていた。
てっきり切り花を学校に持ってくるのかと思っていたのだが、たくさんの花があるのでぜひ好きなものを選んでほしいと。
良ければご家族も一緒に、と言われ浮かんだのは小さな朔の顔だ。
書道教室に飾るのも良さそうだ。悠山も誘ってみようか。
「都合の良い日ができたら、ぜひ連絡して!」
水谷の勢いに押され、連絡先まで交換してしまった。
向き合ったとき、水谷のきれいな髪から甘い花のような香りがして、一層ドキドキした。
「じゃあ福永くん、よろしくね!」
上機嫌で水谷が友だちの輪の中に戻っていく。
女子の連絡先ゲット……!
男ばかりのスマホのアドレスの中、新しく登録された水谷の名前は燦然と輝いて見えた。
花壇の手入れを手伝ってよかった。
朔に感謝しなければ。
にんまりしながら再び花瓶の花に目をやった伊知郎は、一瞬固まった。
水谷がたしかデルフィニウムと呼んでいた白い花の縁が、うっすらとキラキラ輝いていたのだ。
その微かな輝きはすぐに空気に溶けていったが、伊知郎はしばらく花瓶の花から目を離すことができなかった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜
segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
さよならまでの六ヶ月
おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】
小春は人の寿命が分かる能力を持っている。
ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。
自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。
そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。
残された半年を穏やかに生きたいと思う小春……
他サイトでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる