30 / 52
猫の書
永遠の家族1
しおりを挟む
*
本日最後の授業が終わり、伊知郎は机に突っ伏していた。
今日は剣道部の休養日で、このあと着替えて習字教室の手伝いに行かねばならない。
「行きにくいなー……」
正直、かなり気が重い。
心太の家に行ってから一週間経ったが、子猫の貰い手がまだ見つかっていないのだ。
子猫たちの可愛い画像を見せれば、むしろ争奪戦になるのではと安易に考えていた自分を殴りたい。
伊知郎は心太の家に行った次の日にはすぐ、学校の友人たちに子猫の画像を見せて回った。
やはり子猫の可愛さに反応は(主に女子が)すこぶる良かったのだが、いざ飼えないか聞くと皆「親に聞いてみないと」とか「見てる分にはいいけど」などと尻込みしてしまう。
それは仕方ない。
ペットを飼うということは、ひとつの命を責任を持って育てるということだ。
高校生がその場で簡単に決めていいことではないのは、伊知郎にもわかる。
だが皆、知り合いにも聞いてみると言ってくれたし、何日か経てばと期待していたのだが。
「おーい、どうした福永。腹イタか?」
「もしかして、アレじゃない? 子猫の飼い主探しの」
「あ。まだ見つかってないんだっけか? そんな落ちこむなよ福永」
「そうだよー。まだ一週間くらいしか経ってないじゃん」
「いっそ学校で飼うとか?」
「体育倉庫裏とか、見つかんなそう」
クラスメイトたちが集まって、無責任にやいのやいの言い始める。
慰めてくれているつもりなのだろうが、同情するなら猫を飼ってほしい。
「SNSで拡散しちゃえばいいじゃん」
その声に、伊知郎はもぞもぞ動き、顔を上げる。
前の席の落合省吾がスマホを振っているのを、じっと見つめる。
「……SNSは、最終手段。どんな相手かわかんねーのは恐いし」
「まあ、生き物譲るのにはリスキーだよな。うちはマンション、ペット不可だしなあ。女の子たちに手あたり次第聞いてみたけど、いまんとこ無理そう」
女子との合コンが趣味である落合のスマホには、数えきれないほどの女の子の連絡先が登録されている、らしい。
実際見たわけではないので真偽のほどはわからないが、実際落合が週に二度以上は他校含めて合コンをしていることは知っている。
伊知郎より知り合いが多いのは間違いないだろう。
それでも貰い手が見つからないというのもおかしな話だと、思わないでもない。
縁がないだけか、それとも何か見えない力が働いているのか。
悠山の「人間をだます人間もいる」という言葉がよみがえる。
心太や心太の母親は、何かを隠しているのだろうか。
「福永んちもダメなんだっけ」
「弟がアレルギー。小さいときだから、いまは少しは良くなってるかもしれないと思って本人に聞いたら、ゴールネットに頭蹴りこんでやろうかって言われた」
「思春期の弟は過激だな……。まあ、こういうのは焦らず探すのがいちばんだし、子猫の貰い手探してる人には正直に言うのがいいんじゃね?」
「そうだな……」
「うちらもまだ探すの手伝うから、元気出して」
「そうそう。俺んとこも、かーちゃんがご近所に聞いて回ってっから」
「うん。皆、ありがとな」
気の良いクラスメイトたちに元気をもらい、学校をあとにした伊知郎だったが――。
出勤すると伊知郎よりもずっとどんより落ちこむ心太がいて動揺してしまった。
いつも元気が有り余っているような心太が、おとなしく席につき、一言も発さず黙りこんでいる。
どうしたのか聞きたかったが、稽古の時間に私語は禁止だし、ひとりの生徒を他の生徒より気にかけすぎてもいけない。
悠山も心太の様子には気づいているようだったが、稽古の時間はあえて気づかないふりをしていた。
稽古が終わったら、さりげなく声をかけよう。
そう思っていた伊知郎だが、稽古が終わり、他の生徒が帰っていくのを片付けをしつつ見送っていると、心太のほうから声をかけてきた。
「伊知郎……」
「うおっ!? あ、し、心太くん」
普段はドタドタと足音を立てて走り回っている心太が、音もなく背後に立っていたことに驚いて飛び上がりそうになった。
やはりどんよりとした空気をまとった心太は、よく見ると目が赤くなっている。
「心太くん、どうしたんだよ」
心太は顔をうつむけたまま答えない。
そのまま黙りこんでしまうので、伊知郎は慌てて弁解をはじめる。
「あ、あのな! 子猫なんだけど、その、まだ貰い手が見つかってなくて。で、でも、学校の友だちが大勢探してくれてるから!」
もう少し時間をくれないか、と言おうとしたが、心太の目に浮かんだ涙に言葉が引っこむ。
他の生徒を見送った悠山が来て、心太の頭を優しくなでた。
「心太くん。どうかしましたか」
「先生……どうしよう」
悠山の着物をすがるようにつかみ、心太はぽろりと涙をこぼした。
「き、近所の人たちが、明日猫を捕まえに来るって。これ以上我慢できないから、みんな保健所に連れていくって。どうしよう……!」
本日最後の授業が終わり、伊知郎は机に突っ伏していた。
今日は剣道部の休養日で、このあと着替えて習字教室の手伝いに行かねばならない。
「行きにくいなー……」
正直、かなり気が重い。
心太の家に行ってから一週間経ったが、子猫の貰い手がまだ見つかっていないのだ。
子猫たちの可愛い画像を見せれば、むしろ争奪戦になるのではと安易に考えていた自分を殴りたい。
伊知郎は心太の家に行った次の日にはすぐ、学校の友人たちに子猫の画像を見せて回った。
やはり子猫の可愛さに反応は(主に女子が)すこぶる良かったのだが、いざ飼えないか聞くと皆「親に聞いてみないと」とか「見てる分にはいいけど」などと尻込みしてしまう。
それは仕方ない。
ペットを飼うということは、ひとつの命を責任を持って育てるということだ。
高校生がその場で簡単に決めていいことではないのは、伊知郎にもわかる。
だが皆、知り合いにも聞いてみると言ってくれたし、何日か経てばと期待していたのだが。
「おーい、どうした福永。腹イタか?」
「もしかして、アレじゃない? 子猫の飼い主探しの」
「あ。まだ見つかってないんだっけか? そんな落ちこむなよ福永」
「そうだよー。まだ一週間くらいしか経ってないじゃん」
「いっそ学校で飼うとか?」
「体育倉庫裏とか、見つかんなそう」
クラスメイトたちが集まって、無責任にやいのやいの言い始める。
慰めてくれているつもりなのだろうが、同情するなら猫を飼ってほしい。
「SNSで拡散しちゃえばいいじゃん」
その声に、伊知郎はもぞもぞ動き、顔を上げる。
前の席の落合省吾がスマホを振っているのを、じっと見つめる。
「……SNSは、最終手段。どんな相手かわかんねーのは恐いし」
「まあ、生き物譲るのにはリスキーだよな。うちはマンション、ペット不可だしなあ。女の子たちに手あたり次第聞いてみたけど、いまんとこ無理そう」
女子との合コンが趣味である落合のスマホには、数えきれないほどの女の子の連絡先が登録されている、らしい。
実際見たわけではないので真偽のほどはわからないが、実際落合が週に二度以上は他校含めて合コンをしていることは知っている。
伊知郎より知り合いが多いのは間違いないだろう。
それでも貰い手が見つからないというのもおかしな話だと、思わないでもない。
縁がないだけか、それとも何か見えない力が働いているのか。
悠山の「人間をだます人間もいる」という言葉がよみがえる。
心太や心太の母親は、何かを隠しているのだろうか。
「福永んちもダメなんだっけ」
「弟がアレルギー。小さいときだから、いまは少しは良くなってるかもしれないと思って本人に聞いたら、ゴールネットに頭蹴りこんでやろうかって言われた」
「思春期の弟は過激だな……。まあ、こういうのは焦らず探すのがいちばんだし、子猫の貰い手探してる人には正直に言うのがいいんじゃね?」
「そうだな……」
「うちらもまだ探すの手伝うから、元気出して」
「そうそう。俺んとこも、かーちゃんがご近所に聞いて回ってっから」
「うん。皆、ありがとな」
気の良いクラスメイトたちに元気をもらい、学校をあとにした伊知郎だったが――。
出勤すると伊知郎よりもずっとどんより落ちこむ心太がいて動揺してしまった。
いつも元気が有り余っているような心太が、おとなしく席につき、一言も発さず黙りこんでいる。
どうしたのか聞きたかったが、稽古の時間に私語は禁止だし、ひとりの生徒を他の生徒より気にかけすぎてもいけない。
悠山も心太の様子には気づいているようだったが、稽古の時間はあえて気づかないふりをしていた。
稽古が終わったら、さりげなく声をかけよう。
そう思っていた伊知郎だが、稽古が終わり、他の生徒が帰っていくのを片付けをしつつ見送っていると、心太のほうから声をかけてきた。
「伊知郎……」
「うおっ!? あ、し、心太くん」
普段はドタドタと足音を立てて走り回っている心太が、音もなく背後に立っていたことに驚いて飛び上がりそうになった。
やはりどんよりとした空気をまとった心太は、よく見ると目が赤くなっている。
「心太くん、どうしたんだよ」
心太は顔をうつむけたまま答えない。
そのまま黙りこんでしまうので、伊知郎は慌てて弁解をはじめる。
「あ、あのな! 子猫なんだけど、その、まだ貰い手が見つかってなくて。で、でも、学校の友だちが大勢探してくれてるから!」
もう少し時間をくれないか、と言おうとしたが、心太の目に浮かんだ涙に言葉が引っこむ。
他の生徒を見送った悠山が来て、心太の頭を優しくなでた。
「心太くん。どうかしましたか」
「先生……どうしよう」
悠山の着物をすがるようにつかみ、心太はぽろりと涙をこぼした。
「き、近所の人たちが、明日猫を捕まえに来るって。これ以上我慢できないから、みんな保健所に連れていくって。どうしよう……!」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
『遺産相続人』〜『猫たちの時間』7〜
segakiyui
キャラ文芸
俺は滝志郎。人に言わせれば『厄介事吸引器』。たまたま助けた爺さんは大富豪、遺産相続人として滝を指名する。出かけた滝を待っていたのは幽霊、音量、魑魅魍魎。舞うのは命、散るのはくれない、引き裂かれて行く人の絆。ったく人間てのは化け物よりタチが悪い。愛が絡めばなおのこと。おい、周一郎、早いとこ逃げ出そうぜ! 山村を舞台に展開する『猫たちの時間』シリーズ7。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
さよならまでの六ヶ月
おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】
小春は人の寿命が分かる能力を持っている。
ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。
自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。
そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。
残された半年を穏やかに生きたいと思う小春……
他サイトでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる