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猫の書

永遠の家族1

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本日最後の授業が終わり、伊知郎は机に突っ伏していた。
今日は剣道部の休養日で、このあと着替えて習字教室の手伝いに行かねばならない。


「行きにくいなー……」


正直、かなり気が重い。

心太の家に行ってから一週間経ったが、子猫の貰い手がまだ見つかっていないのだ。
子猫たちの可愛い画像を見せれば、むしろ争奪戦になるのではと安易に考えていた自分を殴りたい。

伊知郎は心太の家に行った次の日にはすぐ、学校の友人たちに子猫の画像を見せて回った。
やはり子猫の可愛さに反応は(主に女子が)すこぶる良かったのだが、いざ飼えないか聞くと皆「親に聞いてみないと」とか「見てる分にはいいけど」などと尻込みしてしまう。

それは仕方ない。
ペットを飼うということは、ひとつの命を責任を持って育てるということだ。
高校生がその場で簡単に決めていいことではないのは、伊知郎にもわかる。

だが皆、知り合いにも聞いてみると言ってくれたし、何日か経てばと期待していたのだが。


「おーい、どうした福永。腹イタか?」

「もしかして、アレじゃない? 子猫の飼い主探しの」

「あ。まだ見つかってないんだっけか? そんな落ちこむなよ福永」

「そうだよー。まだ一週間くらいしか経ってないじゃん」

「いっそ学校で飼うとか?」

「体育倉庫裏とか、見つかんなそう」


クラスメイトたちが集まって、無責任にやいのやいの言い始める。
慰めてくれているつもりなのだろうが、同情するなら猫を飼ってほしい。


「SNSで拡散しちゃえばいいじゃん」


その声に、伊知郎はもぞもぞ動き、顔を上げる。
前の席の落合省吾がスマホを振っているのを、じっと見つめる。


「……SNSは、最終手段。どんな相手かわかんねーのは恐いし」

「まあ、生き物譲るのにはリスキーだよな。うちはマンション、ペット不可だしなあ。女の子たちに手あたり次第聞いてみたけど、いまんとこ無理そう」


女子との合コンが趣味である落合のスマホには、数えきれないほどの女の子の連絡先が登録されている、らしい。

実際見たわけではないので真偽のほどはわからないが、実際落合が週に二度以上は他校含めて合コンをしていることは知っている。
伊知郎より知り合いが多いのは間違いないだろう。

それでも貰い手が見つからないというのもおかしな話だと、思わないでもない。
縁がないだけか、それとも何か見えない力が働いているのか。

悠山の「人間をだます人間もいる」という言葉がよみがえる。
心太や心太の母親は、何かを隠しているのだろうか。


「福永んちもダメなんだっけ」

「弟がアレルギー。小さいときだから、いまは少しは良くなってるかもしれないと思って本人に聞いたら、ゴールネットに頭蹴りこんでやろうかって言われた」

「思春期の弟は過激だな……。まあ、こういうのは焦らず探すのがいちばんだし、子猫の貰い手探してる人には正直に言うのがいいんじゃね?」

「そうだな……」

「うちらもまだ探すの手伝うから、元気出して」

「そうそう。俺んとこも、かーちゃんがご近所に聞いて回ってっから」

「うん。皆、ありがとな」


気の良いクラスメイトたちに元気をもらい、学校をあとにした伊知郎だったが――。

出勤すると伊知郎よりもずっとどんより落ちこむ心太がいて動揺してしまった。
いつも元気が有り余っているような心太が、おとなしく席につき、一言も発さず黙りこんでいる。

どうしたのか聞きたかったが、稽古の時間に私語は禁止だし、ひとりの生徒を他の生徒より気にかけすぎてもいけない。
悠山も心太の様子には気づいているようだったが、稽古の時間はあえて気づかないふりをしていた。

稽古が終わったら、さりげなく声をかけよう。
そう思っていた伊知郎だが、稽古が終わり、他の生徒が帰っていくのを片付けをしつつ見送っていると、心太のほうから声をかけてきた。


「伊知郎……」

「うおっ!? あ、し、心太くん」


普段はドタドタと足音を立てて走り回っている心太が、音もなく背後に立っていたことに驚いて飛び上がりそうになった。
やはりどんよりとした空気をまとった心太は、よく見ると目が赤くなっている。


「心太くん、どうしたんだよ」


心太は顔をうつむけたまま答えない。
そのまま黙りこんでしまうので、伊知郎は慌てて弁解をはじめる。


「あ、あのな! 子猫なんだけど、その、まだ貰い手が見つかってなくて。で、でも、学校の友だちが大勢探してくれてるから!」


もう少し時間をくれないか、と言おうとしたが、心太の目に浮かんだ涙に言葉が引っこむ。

他の生徒を見送った悠山が来て、心太の頭を優しくなでた。


「心太くん。どうかしましたか」

「先生……どうしよう」


悠山の着物をすがるようにつかみ、心太はぽろりと涙をこぼした。


「き、近所の人たちが、明日猫を捕まえに来るって。これ以上我慢できないから、みんな保健所に連れていくって。どうしよう……!」
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