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第4話
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「お前、何者だ?」
「見えるんですか!?」
「質問に答えろ。お前は何者だ? 何で空を飛んでいる? 死者じゃないのか?」
「僕は僕が誰だかわからないんです、今は」
「…………許すべきじゃない」
「はい?」
「お前みたいな存在を、世界は許すべきじゃない」
天使と呼ぶにはあまりにも邪悪で忌々しい表情をしていた。
大雨の空の中、僕と彼は向かい合っていた。
見えないはずの僕の顔を、見透かすような鋭い眼光だった。
「じゃあ、僕はどこにいればいいでしょうか」
とっさに浮かんだ返しだった。ぶっちゃけそれが真意だった。
「それは」
天使がばつの悪そうな顔をしたのを見逃さなかった。
「ごめんなさい、失礼しますね」
掴まれていた(便宜上)右手を振り払って、ブレスレットを外して握りしめ、その場から離れた。こうしてしまえば、もうあちらからは僕のことは見えないだろう。予想通り、彼は追いかけて来なかった。
天使は雨に溶けて消えていく僕の姿を見送ると、自らの太ももを叩いた。
苦しみ、悔しい顔をしていたことは、誰も知らない。
次の朝、僕は屠書館ではなく、『はくぶつかん』の前に立っていた。
就職提案は受けるつもりだったけど、そんなに急ぐことでもないとの話だったし、のんびり周辺を回って、もっとこの辺を知ってからにしようと思っていた。
不思議な植物が生えている庭園を通り抜けて、『はくぶつかん』の入り口へ。教えてくれた聖徳さんと館長曰く「面白いところ」、紫さん曰く「好きな人は好きだと思いますよ」と聞いている。
「うわ!?」
突然、眩しい光に包まれる。ない目がくらんでしまいそうだ。
「ほうほう、本当に透明なんだなあ。水に光を当てた時みたいだ。ご覧、虹が生まれた」
眩しくてよく見えない。聞いた事のない生き物の鳴き声がする。
「ああ、ごめんね。ライト切るわ」
眩しすぎる光が消えて、目がチカチカする。何度か(便宜上)瞬きすると、人が立っていることに気づいた。
「よ~うこそ、舶物館(はくぶつかん)へ! どう、収蔵しないかい?」
変な人だ。
「変な人だ」
脳内の言葉と一言一句同じ言葉が出た。
「よく言われる! 屠書館の現文くんは元気そうにしてるかい?」
「あら……あらふみ……?」
「館長だよ、あのちっこい」
あの館長を下の名前で、呼び捨てって。
「ええ、ああ、元気そうでした」
「それは良かった! 君を待ってたんだよ! 変わった奴がいるってメッセージもらってたから、いつ来るかなー、いつ来るかなーって!」
変わった人に変わった奴扱いされると何だか腑に落ちないのはなぜだ。
「君はイレギュラーすぎて捜査の目処もクソもないから、天界巡りでもしてこいって言われたんでしょ? それか就職提案か」
「だいぶオブラートに包まれてましたが、大体そうです」
「いやーお目にかかれるとは、透明人間。今の所君を判別するのはネックストラップと不釣り合いなブレスレットだね! 貰い物かな?」
「ええ、まあ……」
何だろうこの、ノリが違う感じ。
「天界でも下界でも私は鼻つまみ者だったからね、その視線は慣れてるぜ」
「見えるんですか?」
「見えないけどそんな顔してるでしょ?」
図星。返す言葉もない。
「私のことは天才、秀才、異才、好きに呼んでくれたまえ!」
「では舶物館館長、僕はこの辺りで」
「帰るな帰るな。ごめん、冗談だって全てが。現文くんから案内役を頼まれてるんだよ、このまま帰したら私が怒られる」
しぶしぶ僕は舶物館へ入った。
温室の中は、まるでジャングルのように草木が生い茂っていた。巨大な葉っぱの後ろを小動物が駆けていく。知らない生き物ばかりだ。みな、変人館長に撫でられたり、餌をねだったりしていて、とてもなついている。地響きのような音がして思わず身構えると、10メートルはありそうなトカゲ? が目の前にいた。
「みんな君が気になるんだ。見えないのに、いるから」
「食べられたりしませんか?」
「まあ天界じゃ原本を失わない限り死なないから」
「フォローになっていませんが」
大トカゲは僕をじろりと見て、変人館長に顎の下を撫でられると、満足したのか、またどこかへ行ってしまった。
「ここはさ、下界で絶滅した生物しかいないんだ」
「えっ」
「私がここを作ったんだ。……だって不公平だと思わないかい? 人間様は死んだら丁重に、人生について書かれた本とか作ってもらえるのに、なぜ他の生き物にはないんだ? 草だろうと木だろうと、言葉を持たない生き物だって生き物じゃないか。死んだらおしまいバイバイビーって、そりゃ蜂も浮かばれない」
ちょっと何を言っているのかわからないが、伝えたいことは察する。
「もう下界にいない彼らを、誰が思い遣ってくれる? 私が天界に来るまで、残念ながらそんな人はいなかったんだよ、一人も。それが許せなかった」
絶滅した命を放っておけず、舶物館を作り上げた。
「物凄い情熱の人ですね」
「おう、それは……初めて言われたなあ」
顔を見たら照れていたが無視した(反応しすぎると面倒臭いので)。
館内を濃密な案内を受けながら一周し終わる頃には、お昼になっていた。
カフェテラスで軽食を口にしながら、離れたところで大トカゲと遊ぶ幼児たちを眺める。
当たり前だが、みんな死んでいる。死んでいるからここにいる。
「そういえば」
「何だい?」
「天界に天使はいますよね?」
「ああいるけど、レアキャラだよ」
「そうなんですか?」
昨日会った、あの天使とは言い難いほど邪悪な表情の彼。
「天使ってまあ文字通り天の使いだから、めったなことではこっちまで降りて来ないよ。私もここに来てちゃんと見たのは2回ぐらい」
「え、じゃあ話したりは」
「あいつら話すのかなあ。口ついてるけど作り物みたいに動かないし」
「えっ」
昨日の出来事を話した。
「うーん……特徴はバリバリ天使だけどなあ。薄汚れて目の下にクマがあって今にも死にそうな奴っているのかなあ。あのね、私が見たことある天使は全部サイゼリアの壁画に書かれた奴が大人になった感じだったよ」
「そのサイゼ? 遺跡ですか? みたいじゃない奴は普通いないってことですね? じゃあ反対に悪魔?」
「悪魔は下界にしかいないからなあ。絶滅したら手っ取り早く所蔵品にしたいけどなかなか絶滅しそうにないし」
悪魔もいることはいるらしい。
「ただ情報として知ってるのは、天使は上に逆らえないから、そんな——君の手を掴んでくるような、『存在を許さない』とか言ってきたのが一個人の勝手な行動だったら、きっと今頃消されていると思う。何ならそんなことをした時点で上の怒りを買って消されると思うけど、別に目の前で消し飛んだりしなかったんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、上もその天使もどきの行動は認めた上で見逃してるか、上がそうするように指示しているだろーなー。でも『存在を許さない』のなら、君がとっくに消し飛ばされてなきゃおかしいんだよなあ」
ない背筋が凍る。いや、この不安定な存在にいつか終わりがくることなんて、わかっているけど、改めて言語化すると何だか怖くなった。
「つまり僕は何に出会ったのでしょう?」
「うーん、5割天使、5割不審者ってところかな。でも天使だとしたら行動がおかしいし、不審者だとしたら不審だらけだ。わからん! 文献調べておくけど期待しないで。まあ、君みたいのもいるのが天界だ。ちょっとやそっとのおかしなことは、いくつでも、いつでも発生しうる」
それは本当にそう。僕が言える口ではないのだ。
変人館長は変な人ではあったが、話は面白かった。結局僕は、あれほどしぶしぶ入ったのに、夕方まで舶物館を楽しんでしまったのだった。
「暇だったらいつでもおいで! 私が暇だから!」
「ありがとうございます」
この人の熱量に頭がくらくらしたので、しばらくは行かないと思う。
「しかし現文くんといい、君といい、面白いことは続くなあ」
「あの人も何か特別なんですよね?」
「なんだ、知らないの? もう周知すぎて誰も言わないか」
「そんなに特別なんですか?」
「うん、だって、あの子は天界で育ったようなもんだ」
そして明くる日、僕は屠書館にいた。
「提案を受けてくれてありがとうございます。一緒に働けることを楽しみにしてました」
ネックストラップのゲストカードが職員のカードに入れ替えられた。
「よろしくお願いします」
現文館長はにっこり笑った。
「あーあ、クソッ。何だよ、働き始めやがって」
屠書館の窓から見つめる、目つきの悪い顔。
「あいつはバカなのか? バカすぎて知らないのか? 選択肢があるって気づけないのか?」
灰色の翼の彼は、大きなため息をつくと、バッサバッサと翼をはためかせて行った。
「見えるんですか!?」
「質問に答えろ。お前は何者だ? 何で空を飛んでいる? 死者じゃないのか?」
「僕は僕が誰だかわからないんです、今は」
「…………許すべきじゃない」
「はい?」
「お前みたいな存在を、世界は許すべきじゃない」
天使と呼ぶにはあまりにも邪悪で忌々しい表情をしていた。
大雨の空の中、僕と彼は向かい合っていた。
見えないはずの僕の顔を、見透かすような鋭い眼光だった。
「じゃあ、僕はどこにいればいいでしょうか」
とっさに浮かんだ返しだった。ぶっちゃけそれが真意だった。
「それは」
天使がばつの悪そうな顔をしたのを見逃さなかった。
「ごめんなさい、失礼しますね」
掴まれていた(便宜上)右手を振り払って、ブレスレットを外して握りしめ、その場から離れた。こうしてしまえば、もうあちらからは僕のことは見えないだろう。予想通り、彼は追いかけて来なかった。
天使は雨に溶けて消えていく僕の姿を見送ると、自らの太ももを叩いた。
苦しみ、悔しい顔をしていたことは、誰も知らない。
次の朝、僕は屠書館ではなく、『はくぶつかん』の前に立っていた。
就職提案は受けるつもりだったけど、そんなに急ぐことでもないとの話だったし、のんびり周辺を回って、もっとこの辺を知ってからにしようと思っていた。
不思議な植物が生えている庭園を通り抜けて、『はくぶつかん』の入り口へ。教えてくれた聖徳さんと館長曰く「面白いところ」、紫さん曰く「好きな人は好きだと思いますよ」と聞いている。
「うわ!?」
突然、眩しい光に包まれる。ない目がくらんでしまいそうだ。
「ほうほう、本当に透明なんだなあ。水に光を当てた時みたいだ。ご覧、虹が生まれた」
眩しくてよく見えない。聞いた事のない生き物の鳴き声がする。
「ああ、ごめんね。ライト切るわ」
眩しすぎる光が消えて、目がチカチカする。何度か(便宜上)瞬きすると、人が立っていることに気づいた。
「よ~うこそ、舶物館(はくぶつかん)へ! どう、収蔵しないかい?」
変な人だ。
「変な人だ」
脳内の言葉と一言一句同じ言葉が出た。
「よく言われる! 屠書館の現文くんは元気そうにしてるかい?」
「あら……あらふみ……?」
「館長だよ、あのちっこい」
あの館長を下の名前で、呼び捨てって。
「ええ、ああ、元気そうでした」
「それは良かった! 君を待ってたんだよ! 変わった奴がいるってメッセージもらってたから、いつ来るかなー、いつ来るかなーって!」
変わった人に変わった奴扱いされると何だか腑に落ちないのはなぜだ。
「君はイレギュラーすぎて捜査の目処もクソもないから、天界巡りでもしてこいって言われたんでしょ? それか就職提案か」
「だいぶオブラートに包まれてましたが、大体そうです」
「いやーお目にかかれるとは、透明人間。今の所君を判別するのはネックストラップと不釣り合いなブレスレットだね! 貰い物かな?」
「ええ、まあ……」
何だろうこの、ノリが違う感じ。
「天界でも下界でも私は鼻つまみ者だったからね、その視線は慣れてるぜ」
「見えるんですか?」
「見えないけどそんな顔してるでしょ?」
図星。返す言葉もない。
「私のことは天才、秀才、異才、好きに呼んでくれたまえ!」
「では舶物館館長、僕はこの辺りで」
「帰るな帰るな。ごめん、冗談だって全てが。現文くんから案内役を頼まれてるんだよ、このまま帰したら私が怒られる」
しぶしぶ僕は舶物館へ入った。
温室の中は、まるでジャングルのように草木が生い茂っていた。巨大な葉っぱの後ろを小動物が駆けていく。知らない生き物ばかりだ。みな、変人館長に撫でられたり、餌をねだったりしていて、とてもなついている。地響きのような音がして思わず身構えると、10メートルはありそうなトカゲ? が目の前にいた。
「みんな君が気になるんだ。見えないのに、いるから」
「食べられたりしませんか?」
「まあ天界じゃ原本を失わない限り死なないから」
「フォローになっていませんが」
大トカゲは僕をじろりと見て、変人館長に顎の下を撫でられると、満足したのか、またどこかへ行ってしまった。
「ここはさ、下界で絶滅した生物しかいないんだ」
「えっ」
「私がここを作ったんだ。……だって不公平だと思わないかい? 人間様は死んだら丁重に、人生について書かれた本とか作ってもらえるのに、なぜ他の生き物にはないんだ? 草だろうと木だろうと、言葉を持たない生き物だって生き物じゃないか。死んだらおしまいバイバイビーって、そりゃ蜂も浮かばれない」
ちょっと何を言っているのかわからないが、伝えたいことは察する。
「もう下界にいない彼らを、誰が思い遣ってくれる? 私が天界に来るまで、残念ながらそんな人はいなかったんだよ、一人も。それが許せなかった」
絶滅した命を放っておけず、舶物館を作り上げた。
「物凄い情熱の人ですね」
「おう、それは……初めて言われたなあ」
顔を見たら照れていたが無視した(反応しすぎると面倒臭いので)。
館内を濃密な案内を受けながら一周し終わる頃には、お昼になっていた。
カフェテラスで軽食を口にしながら、離れたところで大トカゲと遊ぶ幼児たちを眺める。
当たり前だが、みんな死んでいる。死んでいるからここにいる。
「そういえば」
「何だい?」
「天界に天使はいますよね?」
「ああいるけど、レアキャラだよ」
「そうなんですか?」
昨日会った、あの天使とは言い難いほど邪悪な表情の彼。
「天使ってまあ文字通り天の使いだから、めったなことではこっちまで降りて来ないよ。私もここに来てちゃんと見たのは2回ぐらい」
「え、じゃあ話したりは」
「あいつら話すのかなあ。口ついてるけど作り物みたいに動かないし」
「えっ」
昨日の出来事を話した。
「うーん……特徴はバリバリ天使だけどなあ。薄汚れて目の下にクマがあって今にも死にそうな奴っているのかなあ。あのね、私が見たことある天使は全部サイゼリアの壁画に書かれた奴が大人になった感じだったよ」
「そのサイゼ? 遺跡ですか? みたいじゃない奴は普通いないってことですね? じゃあ反対に悪魔?」
「悪魔は下界にしかいないからなあ。絶滅したら手っ取り早く所蔵品にしたいけどなかなか絶滅しそうにないし」
悪魔もいることはいるらしい。
「ただ情報として知ってるのは、天使は上に逆らえないから、そんな——君の手を掴んでくるような、『存在を許さない』とか言ってきたのが一個人の勝手な行動だったら、きっと今頃消されていると思う。何ならそんなことをした時点で上の怒りを買って消されると思うけど、別に目の前で消し飛んだりしなかったんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、上もその天使もどきの行動は認めた上で見逃してるか、上がそうするように指示しているだろーなー。でも『存在を許さない』のなら、君がとっくに消し飛ばされてなきゃおかしいんだよなあ」
ない背筋が凍る。いや、この不安定な存在にいつか終わりがくることなんて、わかっているけど、改めて言語化すると何だか怖くなった。
「つまり僕は何に出会ったのでしょう?」
「うーん、5割天使、5割不審者ってところかな。でも天使だとしたら行動がおかしいし、不審者だとしたら不審だらけだ。わからん! 文献調べておくけど期待しないで。まあ、君みたいのもいるのが天界だ。ちょっとやそっとのおかしなことは、いくつでも、いつでも発生しうる」
それは本当にそう。僕が言える口ではないのだ。
変人館長は変な人ではあったが、話は面白かった。結局僕は、あれほどしぶしぶ入ったのに、夕方まで舶物館を楽しんでしまったのだった。
「暇だったらいつでもおいで! 私が暇だから!」
「ありがとうございます」
この人の熱量に頭がくらくらしたので、しばらくは行かないと思う。
「しかし現文くんといい、君といい、面白いことは続くなあ」
「あの人も何か特別なんですよね?」
「なんだ、知らないの? もう周知すぎて誰も言わないか」
「そんなに特別なんですか?」
「うん、だって、あの子は天界で育ったようなもんだ」
そして明くる日、僕は屠書館にいた。
「提案を受けてくれてありがとうございます。一緒に働けることを楽しみにしてました」
ネックストラップのゲストカードが職員のカードに入れ替えられた。
「よろしくお願いします」
現文館長はにっこり笑った。
「あーあ、クソッ。何だよ、働き始めやがって」
屠書館の窓から見つめる、目つきの悪い顔。
「あいつはバカなのか? バカすぎて知らないのか? 選択肢があるって気づけないのか?」
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