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Escape(逃亡)①
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クレイ、起きろ。
不意に名前を呼ばれた気がした。誰だ? 先生……?
機能停止したはずのCPUが反応し、闇黒に一筋の光が差す。体が宙に浮く。腕と脚を抱えられ、運ばれていく。頬に風を感じる。車のエンジン音と外気のにおいが遠ざかる。複数の靴音がコンクリートから木造の室内を歩く音に変わった。
俺、生きてる――?
「うわ、こいつ生きてる」
目を開けると、俺の上半身を抱えていた男が驚き手を放した。重力のなすまま、俺はフローリングらしき床に頭を打ちつけた。痛くはないが、かなりの衝撃だぞこの野郎。
「おい、商品は丁寧に扱え! 傷がついて値が下がるだろう」
脚担当の男が上半身担当を怒鳴りつけた。室内は薄暗く、俺の体はエネルギー不足でびくともしない。さらに光の届かない真っ暗な部屋へと運ばれていく。
「だってよ、とっくに死んだと思ってたんだ」
「機械が死ぬかよ。完全に起きちまう前にストレッチャーに縛りつけろ」
とうとうスクラップ屋が俺を回収に来たんだ。いや、待て。商品て何のことだ。
「あんたたちスクラップ屋じゃないの」
試しに口をきいたら声が出た。視力・聴力・声帯は回復だ。脚担当と上半身担当がびくりとして顔を見合わせた。
暗視モードで目を凝らすと、ふたりは汚れた作業服を着た中年のノッポとチビだった。下っ端気質の気弱なのがノッポで、短気で偉そうなほうがチビだ。
「おい、ガムテープはどこだ。口をふさげ」
「確かキャビネにあったはず」
ストレッチャーに寝かされ両手両足をベルトで固定された。部屋にはふたりの足元を照らす小さな照明がついてるだけで、充電は厳しい。
部屋の片側一面、壁に沿ってコンピュータが何台も置かれ、稼働音が低く鳴り響いていた。その奥に小さなブースがある。クリーンルームのようだ。
「もしかして……誘拐犯?」
「うるさい、黙ってろ」
無造作にガムテを貼られた俺は、それ以上しゃべれなくなった。情報収集は失敗だ。ノッポとチビは誘拐したヒューマノイドを売買する組織の人間かもしれない。正規の値段で買えない輩による犯罪が近年横行しているのだ。
自分が護送中に誘拐されるとは思ってもみなかった。レギュラーコースのスクラップは免れたものの、かえって面倒な事態になった。
「暗室で完全に“落ちなかった”のか?」
新たに男が加わった。仕立ての良いブラックスーツに身を包んだ、長身、金髪のオールバックだ。年齢は三十代くらい。サングラスで顔全体は確認できない。服装や下っ端の態度から察するに、この男がリーダーのようだ。
「ボス、お疲れさまです」
「コンプリ社での放置期間はきっかり半月、襲撃した護送車内も暗室だったんですが」
どうして落ちなかったのか、つまり意識があるのか不思議に思ってるのは、あんたたちより俺のほうだよ。
スーツの男はサングラスを外すと、煙草に火をつけ俺の顔を覗き込んだ。目つきの鋭い切れ長の目に薄い唇。得体のしれない禍々しさを感じる。
「富豪のおもちゃとして売っぱらうのもありだが……予定通り、アサシン用プログラムに書き換えるか」
「はいボス。そのほうが高値になります」
まずい。こいつら予想通り犯罪組織の人間だ。
「鉄くずになるのを救ってやったんだ。第二の人生を謳歌するんだな」
しゃべれない俺を尻目に、スーツ男は一方的に話し続ける。
「リミッターを解除してやるから、どんどん殺っちまえよ。人間なんて、嫌いだろう?」
胸の内を見透かすように、スーツ男が薄く笑った。とても嫌な感じの笑い方だった。人間は嫌いだ。傲慢で自己中で、ロボットの人権を無視するのが大得意だから。
でも殺人は別だ。どうして俺が? やるなら人間同士で勝手にやれよ。ロボットを巻き込むな。面倒ごとを押しつけて手を汚さず、自分はお綺麗なままでいたいなんて、ずるいだろ。
「明日にはおまえも、いっぱしのアサシンだ。端正な顔に似合う三つ揃えのスーツを買ってやるよ。そうだな、手始めにあいつを殺るといい。――ジョージを」
煙草の先端が暗闇で赤く明滅した。何を言ってるんだ。どうしてこの男はジョージを知ってるんだ。
「本望だろう?」
同情を差し出す振りで、男は俺の気持ちを弄んでいるようだった。どこで入手した情報かは知らないが、弱いところを攻撃してくる。
「ジョージはおまえの大好きな先生を殺したんだ。復讐したっていいよなぁ、誰も文句は言わないさ」
俺をまともな場所に保とうとしていた糸が、切れようとしていた。
不意に名前を呼ばれた気がした。誰だ? 先生……?
機能停止したはずのCPUが反応し、闇黒に一筋の光が差す。体が宙に浮く。腕と脚を抱えられ、運ばれていく。頬に風を感じる。車のエンジン音と外気のにおいが遠ざかる。複数の靴音がコンクリートから木造の室内を歩く音に変わった。
俺、生きてる――?
「うわ、こいつ生きてる」
目を開けると、俺の上半身を抱えていた男が驚き手を放した。重力のなすまま、俺はフローリングらしき床に頭を打ちつけた。痛くはないが、かなりの衝撃だぞこの野郎。
「おい、商品は丁寧に扱え! 傷がついて値が下がるだろう」
脚担当の男が上半身担当を怒鳴りつけた。室内は薄暗く、俺の体はエネルギー不足でびくともしない。さらに光の届かない真っ暗な部屋へと運ばれていく。
「だってよ、とっくに死んだと思ってたんだ」
「機械が死ぬかよ。完全に起きちまう前にストレッチャーに縛りつけろ」
とうとうスクラップ屋が俺を回収に来たんだ。いや、待て。商品て何のことだ。
「あんたたちスクラップ屋じゃないの」
試しに口をきいたら声が出た。視力・聴力・声帯は回復だ。脚担当と上半身担当がびくりとして顔を見合わせた。
暗視モードで目を凝らすと、ふたりは汚れた作業服を着た中年のノッポとチビだった。下っ端気質の気弱なのがノッポで、短気で偉そうなほうがチビだ。
「おい、ガムテープはどこだ。口をふさげ」
「確かキャビネにあったはず」
ストレッチャーに寝かされ両手両足をベルトで固定された。部屋にはふたりの足元を照らす小さな照明がついてるだけで、充電は厳しい。
部屋の片側一面、壁に沿ってコンピュータが何台も置かれ、稼働音が低く鳴り響いていた。その奥に小さなブースがある。クリーンルームのようだ。
「もしかして……誘拐犯?」
「うるさい、黙ってろ」
無造作にガムテを貼られた俺は、それ以上しゃべれなくなった。情報収集は失敗だ。ノッポとチビは誘拐したヒューマノイドを売買する組織の人間かもしれない。正規の値段で買えない輩による犯罪が近年横行しているのだ。
自分が護送中に誘拐されるとは思ってもみなかった。レギュラーコースのスクラップは免れたものの、かえって面倒な事態になった。
「暗室で完全に“落ちなかった”のか?」
新たに男が加わった。仕立ての良いブラックスーツに身を包んだ、長身、金髪のオールバックだ。年齢は三十代くらい。サングラスで顔全体は確認できない。服装や下っ端の態度から察するに、この男がリーダーのようだ。
「ボス、お疲れさまです」
「コンプリ社での放置期間はきっかり半月、襲撃した護送車内も暗室だったんですが」
どうして落ちなかったのか、つまり意識があるのか不思議に思ってるのは、あんたたちより俺のほうだよ。
スーツの男はサングラスを外すと、煙草に火をつけ俺の顔を覗き込んだ。目つきの鋭い切れ長の目に薄い唇。得体のしれない禍々しさを感じる。
「富豪のおもちゃとして売っぱらうのもありだが……予定通り、アサシン用プログラムに書き換えるか」
「はいボス。そのほうが高値になります」
まずい。こいつら予想通り犯罪組織の人間だ。
「鉄くずになるのを救ってやったんだ。第二の人生を謳歌するんだな」
しゃべれない俺を尻目に、スーツ男は一方的に話し続ける。
「リミッターを解除してやるから、どんどん殺っちまえよ。人間なんて、嫌いだろう?」
胸の内を見透かすように、スーツ男が薄く笑った。とても嫌な感じの笑い方だった。人間は嫌いだ。傲慢で自己中で、ロボットの人権を無視するのが大得意だから。
でも殺人は別だ。どうして俺が? やるなら人間同士で勝手にやれよ。ロボットを巻き込むな。面倒ごとを押しつけて手を汚さず、自分はお綺麗なままでいたいなんて、ずるいだろ。
「明日にはおまえも、いっぱしのアサシンだ。端正な顔に似合う三つ揃えのスーツを買ってやるよ。そうだな、手始めにあいつを殺るといい。――ジョージを」
煙草の先端が暗闇で赤く明滅した。何を言ってるんだ。どうしてこの男はジョージを知ってるんだ。
「本望だろう?」
同情を差し出す振りで、男は俺の気持ちを弄んでいるようだった。どこで入手した情報かは知らないが、弱いところを攻撃してくる。
「ジョージはおまえの大好きな先生を殺したんだ。復讐したっていいよなぁ、誰も文句は言わないさ」
俺をまともな場所に保とうとしていた糸が、切れようとしていた。
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