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黒獅子騎士団。
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まるで、冬眠前の熊のように机の前を行ったり来たりするフィリックスを見て、副団長であるエルザはため息をついた。
「少しは落ち着け」
ぞんざいな口調は、乳兄弟として幼い頃から共に育った気楽さゆえにだ。
エルザ=レンブラントは女性ながら黒獅子騎士団の副団長となり、団長の愛人などと陰で言う者もあったが、戦場での彼女を見ればみな口をつぐむという話であった。
「いや、だが、返事が遅くないか……!?」
どれだけ凶暴な魔物を相手にしても決して怯まないフィリックスが、まるで捨てられた子犬のような表情で言う。
「やはり、名門カテドラル伯爵家では俺など相手にしてもらえないのだろうか。それとも、ほかの縁談がまとまってしまったのだろうか……?」
「だから、落ち着けと言っているだろう」
返事など来るはずがない。
縁談の申し込みに使者を送ったのは、なにしろ昨日だったのだから。
先日、どこかの貴族のパーティーより帰ったフィリックスは、まるで少年のように頬を紅潮させていた。
聞けば、カテドラル伯爵家の令嬢を見初めたのだという。
「ああ、キャロライン嬢か」
彼女の噂はエルザも聞いていた。
美しいブロンドの持ち主で、その愛らしい姿はまるで黄金の小鳥のようだと称されている。
二十代も半ばに差し掛かったフィリックスだったが、浮いた話は今まで一つとしてなかった。
実のところ、貴族の子女から町娘まで、フィリックスに想いを寄せている女性は多いのだが、エルザとの仲を誤解している者も多く、また、当の本人が遺憾なく朴念仁っぷりを発揮していたからだ。
カテドラル伯爵家は古くからの名門だし、競争相手は多いだろうが悪い話ではない。
エルザがそう思っていると、フィリックスは首を振った。
「違う! アニス嬢だ!」
「アニス嬢……」
確かキャロライン嬢には姉がいたはずだが、どのような人物であったかは記憶にない。
「なんというか、こう、小さくて弱そうで……」
「……」
おそらく、儚くて可憐だという事を表したいのだろうが、いかんせんフィリックスは繊細とか細やかという類いの一切合切を母親の腹の中に忘れてきた男なのだ。
話を聞くと、パーティー会場ではキャロラインや華やかな人々に注目が集まり、アニスはひっそりと広間の隅に立っていたらしい。
アニスは、初めてパーティーに参加したと思われる令嬢が緊張からか具合が悪くなったのに付き添い、侍女にこっそりと彼女の家のものを迎えによこすようにと告げたようだ、とフィリックスは言った。
「……」
どうやら、我らが勇猛果敢なる騎士団長殿は、そのひっそりと立っていた令嬢に声一つかける事なく、黙って遠くからずっと見ていたらしい。
なんともいえない表情を浮かべるエルザには気付かず、フィリックスは話を続けた。
「ああ、ほら! この間の遠征の時に野原に咲いていた小さな紫色の花を見ただろう?」
「すみれか?」
「そう! すみれの花のようだったんだ!」
だが、そう言って笑うフィリックスはとても幸せそうであった。
その後、アニスにはまだ婚約者がいない事を知り、フィリックスは彼女に縁談を申し込む事を決めた。
もっとも、名門のカテドラル伯爵家の令嬢には騎士団長などでは釣り合わないと相手にしてもらえないのではないか、自分のように武骨な男はアニスは好まないのではないか、としばらくうじうじ悩んでいたのだが。
いい加減うんざりしたエルザに「早くしないと、アニスにもほかにいい話が来るかもしれない」と脅され、慌てて縁談を申し込んだのであった。
そして、今はその返事を待っているところなのだ。
そわそわした様子で、窓から門を眺めるフィリックスにエルザはため息をついた。
「だから、昨日申し込んだ縁談に、今日返事が来るわけがないだろう! 少しは落ち着け!!」
「少しは落ち着け」
ぞんざいな口調は、乳兄弟として幼い頃から共に育った気楽さゆえにだ。
エルザ=レンブラントは女性ながら黒獅子騎士団の副団長となり、団長の愛人などと陰で言う者もあったが、戦場での彼女を見ればみな口をつぐむという話であった。
「いや、だが、返事が遅くないか……!?」
どれだけ凶暴な魔物を相手にしても決して怯まないフィリックスが、まるで捨てられた子犬のような表情で言う。
「やはり、名門カテドラル伯爵家では俺など相手にしてもらえないのだろうか。それとも、ほかの縁談がまとまってしまったのだろうか……?」
「だから、落ち着けと言っているだろう」
返事など来るはずがない。
縁談の申し込みに使者を送ったのは、なにしろ昨日だったのだから。
先日、どこかの貴族のパーティーより帰ったフィリックスは、まるで少年のように頬を紅潮させていた。
聞けば、カテドラル伯爵家の令嬢を見初めたのだという。
「ああ、キャロライン嬢か」
彼女の噂はエルザも聞いていた。
美しいブロンドの持ち主で、その愛らしい姿はまるで黄金の小鳥のようだと称されている。
二十代も半ばに差し掛かったフィリックスだったが、浮いた話は今まで一つとしてなかった。
実のところ、貴族の子女から町娘まで、フィリックスに想いを寄せている女性は多いのだが、エルザとの仲を誤解している者も多く、また、当の本人が遺憾なく朴念仁っぷりを発揮していたからだ。
カテドラル伯爵家は古くからの名門だし、競争相手は多いだろうが悪い話ではない。
エルザがそう思っていると、フィリックスは首を振った。
「違う! アニス嬢だ!」
「アニス嬢……」
確かキャロライン嬢には姉がいたはずだが、どのような人物であったかは記憶にない。
「なんというか、こう、小さくて弱そうで……」
「……」
おそらく、儚くて可憐だという事を表したいのだろうが、いかんせんフィリックスは繊細とか細やかという類いの一切合切を母親の腹の中に忘れてきた男なのだ。
話を聞くと、パーティー会場ではキャロラインや華やかな人々に注目が集まり、アニスはひっそりと広間の隅に立っていたらしい。
アニスは、初めてパーティーに参加したと思われる令嬢が緊張からか具合が悪くなったのに付き添い、侍女にこっそりと彼女の家のものを迎えによこすようにと告げたようだ、とフィリックスは言った。
「……」
どうやら、我らが勇猛果敢なる騎士団長殿は、そのひっそりと立っていた令嬢に声一つかける事なく、黙って遠くからずっと見ていたらしい。
なんともいえない表情を浮かべるエルザには気付かず、フィリックスは話を続けた。
「ああ、ほら! この間の遠征の時に野原に咲いていた小さな紫色の花を見ただろう?」
「すみれか?」
「そう! すみれの花のようだったんだ!」
だが、そう言って笑うフィリックスはとても幸せそうであった。
その後、アニスにはまだ婚約者がいない事を知り、フィリックスは彼女に縁談を申し込む事を決めた。
もっとも、名門のカテドラル伯爵家の令嬢には騎士団長などでは釣り合わないと相手にしてもらえないのではないか、自分のように武骨な男はアニスは好まないのではないか、としばらくうじうじ悩んでいたのだが。
いい加減うんざりしたエルザに「早くしないと、アニスにもほかにいい話が来るかもしれない」と脅され、慌てて縁談を申し込んだのであった。
そして、今はその返事を待っているところなのだ。
そわそわした様子で、窓から門を眺めるフィリックスにエルザはため息をついた。
「だから、昨日申し込んだ縁談に、今日返事が来るわけがないだろう! 少しは落ち着け!!」
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