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カテドラル伯爵家。
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アニスは平凡な娘であった。
くすんだブロンドに灰褐色の瞳。
これといって優れた所もなく、趣味の刺繍だけはそれなりに見事な手ではあったが、職人のようにそれを生業にするわけでもなく、所詮貴族の娘の手慰みにすぎなかった。
名門カテドラル伯爵家の長女として生まれたが、両親や祖父母は出来のいい兄と美しく愛らしい妹を溺愛していた。
虐げられる事もなく、蔑まれる事もなく、アニスはこの家にとってはいてもいなくても同じ、空気のような存在であった。
アニスの侍女になった者は陰で「はずれ」と言われてはいたが、さすがに名門と呼ばれる家の使用人だけはあり、表向きはしっかりと役目をはたしていた。
だから、アニスは不幸ではなかった。
ただ、誰にも愛されていなかっただけだ。
そんな、ある日の事であった。
カテドラル伯爵家の当主である父親がアニスを呼んでいる、と侍女に告げられた。
(……何かしら?)
兄や妹とは違い、アニスが父親に部屋まで来るように、と言われたのは初めてだった。
部屋に入ると、父親だけではなく母と兄もいた。
「アニス、君に縁談の申し込みがあった」
「え……」
父親の言葉に、アニスは戸惑った。
(私に縁談? 何かの間違いでは……?)
アニスがそう思うのも無理はない。
カテドラル伯爵家に日々山のように届く縁談は、全て美しく愛らしい妹のキャロラインへ当てたものだったからだ。
「父上、それは本当にアニスにですか? キャロラインではなく?」
父親は頷き、手元にあった釣書を兄に手渡した。
「向こうの使者が、姉のアニスだと何度も念を押してきたからな」
「相手は……、黒獅子騎士団団長!?」
兄が戸惑ったように声をあげた。
(まさか……)
アニスも声こそあげなかったものの、兄と同じように驚いていた。
黒獅子騎士団といえば勇猛果敢で知られ、団長のフィリックス=グラントはまだ若輩ながら国王陛下の信も厚いと聞いている。
(そのような方が、なぜ私に縁談を……?)
「アニス、彼と会った事があるのか?」
「いいえ」
兄の問いにアニスは首を振った。
「一度パーティーでお見かけしたことはありますが、話したこともありません」
「なら、その時に見初めたということか」
父親は腑に落ちたように呟いたが、アニスにはそうは思えなかった。
あの時は、共に参加したキャロラインがパーティー会場の視線を一身に集め、アニスはずっと広間の隅にいたのだから。
「悪い話ではありませんわね」
母親がアニスを見ながら微笑んだ。
確かにその通りだ。
妹のキャロラインとは違い、18歳になるアニスには今まで縁談の一つも来なかったのだ。
しかも、相手は申し分ない。
「アニス、この話を進めてもいいか?」
「はい。私にはもったいないほどのお話です」
父親の言葉に、アニスは頷いてみせた。
だが、内心では不安と疑問が渦巻いていた。
(何故、私にこの縁談が……?)
くすんだブロンドに灰褐色の瞳。
これといって優れた所もなく、趣味の刺繍だけはそれなりに見事な手ではあったが、職人のようにそれを生業にするわけでもなく、所詮貴族の娘の手慰みにすぎなかった。
名門カテドラル伯爵家の長女として生まれたが、両親や祖父母は出来のいい兄と美しく愛らしい妹を溺愛していた。
虐げられる事もなく、蔑まれる事もなく、アニスはこの家にとってはいてもいなくても同じ、空気のような存在であった。
アニスの侍女になった者は陰で「はずれ」と言われてはいたが、さすがに名門と呼ばれる家の使用人だけはあり、表向きはしっかりと役目をはたしていた。
だから、アニスは不幸ではなかった。
ただ、誰にも愛されていなかっただけだ。
そんな、ある日の事であった。
カテドラル伯爵家の当主である父親がアニスを呼んでいる、と侍女に告げられた。
(……何かしら?)
兄や妹とは違い、アニスが父親に部屋まで来るように、と言われたのは初めてだった。
部屋に入ると、父親だけではなく母と兄もいた。
「アニス、君に縁談の申し込みがあった」
「え……」
父親の言葉に、アニスは戸惑った。
(私に縁談? 何かの間違いでは……?)
アニスがそう思うのも無理はない。
カテドラル伯爵家に日々山のように届く縁談は、全て美しく愛らしい妹のキャロラインへ当てたものだったからだ。
「父上、それは本当にアニスにですか? キャロラインではなく?」
父親は頷き、手元にあった釣書を兄に手渡した。
「向こうの使者が、姉のアニスだと何度も念を押してきたからな」
「相手は……、黒獅子騎士団団長!?」
兄が戸惑ったように声をあげた。
(まさか……)
アニスも声こそあげなかったものの、兄と同じように驚いていた。
黒獅子騎士団といえば勇猛果敢で知られ、団長のフィリックス=グラントはまだ若輩ながら国王陛下の信も厚いと聞いている。
(そのような方が、なぜ私に縁談を……?)
「アニス、彼と会った事があるのか?」
「いいえ」
兄の問いにアニスは首を振った。
「一度パーティーでお見かけしたことはありますが、話したこともありません」
「なら、その時に見初めたということか」
父親は腑に落ちたように呟いたが、アニスにはそうは思えなかった。
あの時は、共に参加したキャロラインがパーティー会場の視線を一身に集め、アニスはずっと広間の隅にいたのだから。
「悪い話ではありませんわね」
母親がアニスを見ながら微笑んだ。
確かにその通りだ。
妹のキャロラインとは違い、18歳になるアニスには今まで縁談の一つも来なかったのだ。
しかも、相手は申し分ない。
「アニス、この話を進めてもいいか?」
「はい。私にはもったいないほどのお話です」
父親の言葉に、アニスは頷いてみせた。
だが、内心では不安と疑問が渦巻いていた。
(何故、私にこの縁談が……?)
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