ABC

桃青

文字の大きさ
上 下
62 / 67

61.実家

しおりを挟む
 一人暮らしをしていた自分の家から、実家であるこの家へ帰ってくるまで、三時間以上かかった。ここは本当に何も変わらない。みっしりと隣接する戸建てに、間をぬって走る道。各々の家の周りに咲く花達が目に鮮やかだが、それ以外の自然はあまりない所だ。唯一の長所は、何とか歩いていける距離に海があること。私は大きく息を吸ってから、玄関のベルを押した。するとパタンと扉が開き、父が顔を出して言う。
「おかえり」
「ただいま」
 私はそう言って、扉の中へ入っていった。この家の空気感。それから雰囲気。いつも変わらないのは、父の手入れが行き届いている証だ。男の一人暮らしなのに、よくやっていると思う。私がリビングに入っていくと、父は台所に立ち、お茶を淹れながら言った。
「今回の休みは長いのか? 」
「うん……、多分。あのね」
「うん」
「サロン・インディゴを閉めることになったの」
「本当か」
「本当に。それから私、『見えな』くなったの」
「え、あの、気の流れとか、水希が感じていたもの全部が? 」
「そう。だからそれが、店仕舞いする理由ね」
「なんだなんだ、何やら大変なことに。物凄い変化が起きているんじゃないか? とにかく椅子に座りなさい」
「うん」
 私は父に勧められるまま着席してから、目の前に置かれた煎茶を飲んだ。相変わらず薄い。
「それで、何が起きたんだ? 」
「きちんと話すと長くなるけれど、私がある人を完全に調和させて、そのある人も、私を完全に調和させたの。それで互いに持っていたスピリチュアルな能力が、全て消え失せた」
「水希自身の望みでそうなったのではなく、誰かの力でそうなったのか。大変だったろう」
「大変というか……。この、何というか、普通の感覚がよく分からなくて、何だかぼーっとしちゃうの」
「きっと疲れているんだろうな、色々な意味において。ということは、今の水希はプーさん」
「はちみつ好きじゃないけどね。私の未来をどうしようかと考えているとこ」
「人生なんて、いつ何があるか分からないな。こんなことが起きる日が来るとは。父さんはとても驚いているよ」
「それは私も同じです。ちょっと庭を見ながら、お茶を飲んでいい? 一人になって、深く考えたいの」
「好きにしなさい。しかし、まあ、いや、何というか。喜ぶべきことなのかな? 」
「フフッ。私もそれがよく分からない。普通になることをずっと望んでいたくせにね」
 そう言ってから、私はお茶を片手に席を立ち、縁側へ歩いていった。窓を開けて、外の風が入るようにし、足を庭に投げ出すと、近所迷惑も考えずに、大声で言った。
「ああ、づ・が・れ・だ・あ! 」
 それから荒れ気味の庭をぼんやりと眺め、お茶を啜る。父が背後で家事をこなしている気配が伝わってくるが、それ以上のことは分からない。以前は空気の変化を読んで、色々な情報を得ていたが、今となってはそれが……。
「できないんだよな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

時のコカリナ

遊馬友仁
ライト文芸
高校二年生の坂井夏生は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

追放殿下は定住し、無自覚無双し始めました! 〜街暮らし冒険者の恩恵(ギフト)には、色んな使い方があってワクテカ〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 父王に裏切られて国を見限った元王太子の俺・アルドは、元の身分を隠したまま隣国へと脱出・移住を無事に果たした。  その後、約2か月弱。今の国でも暮らしにも慣れ、今は元気いっぱいなキツネ耳モフッ子少女・クイナと忙しくも楽しい日々を送っている。  しかし新生活には、小さなトラブルもつきもので。 「アアアッ、アルドォーッ! クイナたち、オーク肉さんにグルッて囲まれちゃってるのぉーっ!!」  ある日、昼寝から覚めてみれば、至近距離で俺達を取り囲んでいるオーク達の群れと目が合った。これには流石にビックリしたが、すっかり涙目パニックなクイナを見てすぐに正気を取り戻し、頭をポンと撫でて言う。  ――大丈夫。  俺ちょっと行ってくる、と。  基本的には、俺が昔王太子の地位が邪魔をして『やりたくてもできなかった事』にチャレンジしていくほのぼの暮らし。  2人一緒なら何でも楽しい!  ……んだけど、クイナがピンチになった時、俺の隠された恩恵(スキル)『破壊者』がついに火を噴くかもしれない!

追放から始まる新婚生活 【追放された2人が出会って結婚したら大陸有数の有名人夫婦になっていきました】

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
 役に立たないと言われて、血盟を追放された男性アベル。 同じく役に立たないと言われて、血盟を解雇された女性ルナ。  そんな2人が出会って結婚をする。 【2024年9月9日~9月15日】まで、ホットランキング1位に居座ってしまった作者もビックリの作品。  結婚した事で、役に立たないスキルだと思っていた、家事手伝いと、錬金術師。 実は、トンデモなく便利なスキルでした。  最底辺、大陸商業組合ライセンス所持者から。 一転して、大陸有数の有名人に。 これは、不幸な2人が出会って幸せになっていく物語。 極度の、ざまぁ展開はありません。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

カティア
ファンタジー
 疲れ切った現実から逃れるため、VRMMORPG「アナザーワールド・オンライン」に没頭する俺。自由度の高いこのゲームで憧れの料理人を選んだものの、気づけばゲーム内でも完全に負け組。戦闘職ではないこの料理人は、ゲームの中で目立つこともなく、ただ地味に日々を過ごしていた。  そんなある日、フレンドの誘いで参加したレベル上げ中に、運悪く出現したネームドモンスター「猛き猪」に遭遇。通常、戦うには3パーティ18人が必要な強敵で、俺たちのパーティはわずか6人。絶望的な状況で、肝心のアタッカーたちは早々に強制ログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク役クマサンとヒーラーのミコトさん、そして料理人の俺だけ。  逃げるよう促されるも、フレンドを見捨てられず、死を覚悟で猛き猪に包丁を振るうことに。すると、驚くべきことに料理スキルが猛き猪に通用し、しかも与えるダメージは並のアタッカーを遥かに超えていた。これを機に、負け組だった俺の新たな冒険が始まる。  猛き猪との戦いを経て、俺はクマサンとミコトさんと共にギルドを結成。さらに、ある出来事をきっかけにクマサンの正体を知り、その秘密に触れる。そして、クマサンとミコトさんと共にVチューバー活動を始めることになり、ゲーム内外で奇跡の連続が繰り広げられる。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業だった俺が、リアルでもゲームでも自らの力で奇跡を起こす――そんな物語がここに始まる。

クリスマスの夜、女の子を拾った。

true177
恋愛
恋愛などというものは、空虚でつまらないもの。人は損得で動くとばかり思っていた広海(ひろみ)。 しかし、それは大きな間違いだった。 あるホームレスの女の子、幸紀(さき)との奇跡的な出会いを期に、広海の感情は大きく揺れ動いていく。 彼女は、壮絶な人生を送ってきていた。一方の広海は、大した事件も起きずにのうのうと愚痴を垂れ流していただけだった。 次第に、彼はこう思うようになる。 『幸紀と、いつまでも一緒にいたい』と。 ※小説家になろう、pixiv、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。

処理中です...