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桃青

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61.実家

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 一人暮らしをしていた自分の家から、実家であるこの家へ帰ってくるまで、三時間以上かかった。ここは本当に何も変わらない。みっしりと隣接する戸建てに、間をぬって走る道。各々の家の周りに咲く花達が目に鮮やかだが、それ以外の自然はあまりない所だ。唯一の長所は、何とか歩いていける距離に海があること。私は大きく息を吸ってから、玄関のベルを押した。するとパタンと扉が開き、父が顔を出して言う。
「おかえり」
「ただいま」
 私はそう言って、扉の中へ入っていった。この家の空気感。それから雰囲気。いつも変わらないのは、父の手入れが行き届いている証だ。男の一人暮らしなのに、よくやっていると思う。私がリビングに入っていくと、父は台所に立ち、お茶を淹れながら言った。
「今回の休みは長いのか? 」
「うん……、多分。あのね」
「うん」
「サロン・インディゴを閉めることになったの」
「本当か」
「本当に。それから私、『見えな』くなったの」
「え、あの、気の流れとか、水希が感じていたもの全部が? 」
「そう。だからそれが、店仕舞いする理由ね」
「なんだなんだ、何やら大変なことに。物凄い変化が起きているんじゃないか? とにかく椅子に座りなさい」
「うん」
 私は父に勧められるまま着席してから、目の前に置かれた煎茶を飲んだ。相変わらず薄い。
「それで、何が起きたんだ? 」
「きちんと話すと長くなるけれど、私がある人を完全に調和させて、そのある人も、私を完全に調和させたの。それで互いに持っていたスピリチュアルな能力が、全て消え失せた」
「水希自身の望みでそうなったのではなく、誰かの力でそうなったのか。大変だったろう」
「大変というか……。この、何というか、普通の感覚がよく分からなくて、何だかぼーっとしちゃうの」
「きっと疲れているんだろうな、色々な意味において。ということは、今の水希はプーさん」
「はちみつ好きじゃないけどね。私の未来をどうしようかと考えているとこ」
「人生なんて、いつ何があるか分からないな。こんなことが起きる日が来るとは。父さんはとても驚いているよ」
「それは私も同じです。ちょっと庭を見ながら、お茶を飲んでいい? 一人になって、深く考えたいの」
「好きにしなさい。しかし、まあ、いや、何というか。喜ぶべきことなのかな? 」
「フフッ。私もそれがよく分からない。普通になることをずっと望んでいたくせにね」
 そう言ってから、私はお茶を片手に席を立ち、縁側へ歩いていった。窓を開けて、外の風が入るようにし、足を庭に投げ出すと、近所迷惑も考えずに、大声で言った。
「ああ、づ・が・れ・だ・あ! 」
 それから荒れ気味の庭をぼんやりと眺め、お茶を啜る。父が背後で家事をこなしている気配が伝わってくるが、それ以上のことは分からない。以前は空気の変化を読んで、色々な情報を得ていたが、今となってはそれが……。
「できないんだよな」
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