ABC

桃青

文字の大きさ
上 下
6 / 67

5.訪問

しおりを挟む
 それから雄大君がパーカーについて熱く語り、私がシールについて熱弁を展開している所で、目的の家に着いた私達は、気を取り直して車から降り、集合住宅の一室の玄関のベルを鳴らした。すぐのぶ子さんが扉を開いて、私達にお辞儀をしてから言う。
「どうぞ、お入りください」
 私と雄大君も軽く頭を下げ、家の中に足を踏み入れる。短い廊下を歩きながら、私は雄大君に訊ねた。
「何かいる? 」
「そうですね、二つくらいいますけど、悪いものじゃないです。座敷童みたいなもんです、むしろこの家を守護しているみたいなね。水希さんは、何か感じていますか? 」
「元気がないね」
「この家が? それともこの土地が? 」
「どっちも、かな。ハーモニーが力強くないの。言い換えれば、気弱になっている感じ。確かにこれは、のぶ子さんたちにも少し影響を与えていると思う」
「それは気付かなかったな」
 間取りは2LDKの家で、のぶ子さんはリビングにあるテーブルに私達を着席させると、足早に彼氏を呼びにいった。すぐ、問題の彼が姿を現し、彼を見た瞬間、私は言葉を失ってしまった。
―ぐちゃぐちゃだ―
 そう思った。彼は一見普通で、優しい笑みを浮かべている。つまり表層は取り繕っているが、その奥に歪みが見える。酷い歪みだ。どうしてこんなことにと思いながら、私は彼に冷静に挨拶した。
「こんにちは、初めまして」
「ああ、はい。すみませんね、わざわざ。彼女が何か言ったんでしょ」
「ええ、あなたの元気がないと」
「僕は普通です。無口になることも、まあ、多いけれど、元気がないわけでは……」
 私には彼の言葉がバラバラに聞こえる。意味は通じるが、心が乗っていない。つまり表情とは裏腹に、全く優しくはなかった。この冷えた感じは確かに、恋愛中ののぶ子さんを不安にさせるだろうと思う。確認のために、私はもう少し話してみることにした。
「どうして無口になってしまうのですか? 話すのが面倒くさい? 」
「それもあるけど、話す波に乗れないんですよ」
「話す波、ですか。変わった表現ですね」
「そうですか? ……いつからかな、何だかそんな気分なんです」
「良ければそれがいつか、思い出していただきたいのですが」
「いつ。いつ……。のぶ子の存在を遠くに感じるようになって」
「はい」
「確か、仕事場で新しい人が入ってきたんですよね。フリーターの方で。その人と話をして、」
「はい。それから? 」
「彼に恋愛について相談をして……。彼が面白い回答をしてくれたんですよ。それが楽しくて、ちょくちょく彼と話すようになって、何かが僕の中で変わって―」
「理解しました。では、しばらくのぶ子さんと話していていただけませんか? その間に私がやるべきことをやるので」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...