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桃青

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2.No.1

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 その日に来た一人目のお客は、新顔だった。ぴったりと予約の時間に来たことからも、律儀な性格であることが伺い見える。多分二十代後半の女性で、一見まともに見えるが、瞳の奥に何がしかの恐怖が潜む感じもする。彼女にソファーに座るよう勧めてから、私と雄大君はガタガタと自分の椅子を動かして、ソファーの前に陣取り、最初に私が口を開いた。
「ご相談ですか? お話を聞かせてください」
 客人である女性は、しばらく交互に私と雄大君を眺めていたが、ようやく喋る気になったようだった。彼女はためらいながら言う。
「あの、……どんな話でも聞いてもらえますか? 」
「もちろん。どうぞ、話してみてください」
 私が静かに明るくそう言うと、彼女は何度か頷いてから言った。
「私には、その、彼氏がいて……」
「はい」
「彼が……、元気がないんです」
「そうなんですか」
「病気ではなく、心を病んでいるわけでもなく、とにかく元気がないの。その姿が私を不安にさせて、これからもこの人とやっていけるのかって―」
 すると雄大君がすっと口を挟んだ。
「つまり、あなたの望みは彼を元気にしてほしい。そういうことですか? 」
「そうですけど、そうなんですけれど、もしかしたら彼の元気を奪っているのは……、私かもしれないって。私のせいだったら、私はどうすればいいのでしょう。彼に元気になってもらうために、私にできることは、」
「少し話が混乱していますね。ちょっとお待ちください」
 私はそう言ってから、雄大君に顔を近づけて、小声で訊ねた。
「彼女のオーラは、どんな感じに見えている? 」
「そうだな、青が強い人で、不健康な感じではない。オーラ自体も強すぎることはなく、彼女が誰か、もちろん彼氏に対しても、見えざる影響力があるとは考えにくいな」
「そうか。となると、彼氏自身の問題か、彼が誰かから影響を受けたか、って所よね」
「もしくは、彼と彼女の関係に、何かが歪みを与えている可能性もある」
「分かった。あの、お客様」
「あ……、はい」
「彼氏さんとは同棲をされていますか? 」
「ええ。でも彼の仕事が忙しくて、一緒にいられる時間はそれほど多くないですけれど」
「では、彼の仕事が忙しすぎて、元気をなくされたという可能性は」
「それは……、仕事内容は変わっていないはずなので、近頃急に態度が変化した理由にはならないと思うんです」
「そうですね。それではお客様自身が、近頃元気がなくなったということはありますか? 」
「ない、と思います。元気のない彼を見て、何だかがっくりした気持ちになることはありますけれど」
「理解しました。となると、一度同棲されているお宅へ伺わせていただきたいのと、後、彼と一回でいいので、会わせてくださいませんか? 私達がご自宅へ訪問して、彼と会うというのが、一番理想的な形なのですが。日時はなるたけ、お客様のご都合に合わせますので」
「ああ、あの、私、不安だったんです」
「ええ、そうだと思います」
「なら、お願いできますか? 家に来て下さるんですね? 」
「ええ、そうしたいと思っています」
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