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桃青

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〇聞こえる

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「水希、おいで」
 父が私のことを呼ぶ。私が父の方へトコトコと歩いていくと、父はそっと私の手を掴み、先へと進んでいく。私は周囲の木々の気配を感じながら言った。
「お父さん、春ね」
「そうだ、もうすぐ春だよ。地面を見てごらん、いっぱい緑の草が生えているだろう」
「うん。緑の空気ね。大丈夫な感じ。自由な気配もするの」
「何だ、子供の言うことは意外と難しいな。でもこの草たちは、確かに元気に育っていくと思うよ。ま、途中で刈られてしまうと思うけどね」
「どうして? 」
「これは雑草と言って、この自然公園では、正直邪魔者なんだ」
「生きているだけなのに。何も悪いこと、していないのに」
「そうだな。その通りなんだけれど、少々主張が強すぎてね。大丈夫、水希が心配しなくても、何度も、何度でも立ち上がる力のある草だよ」
「強い」
「そう、とても強いんだ」
 私と父は人手の行き届いた、黄緑色が広がる林の中を歩いていく。私が繋いだ手を強く握ると、父もぎゅっと握り返してくれた。不安はない。幸せだ。調和、平和、穏やかな空気が自然と混じり合って、どこまでも広がっていく感じ。父は植物や大地と馴染んでいる。悪者なんてどこにもいない。今は。
 そう、今は。
 気付いた時には林を抜けて、大きな池の前に出ていた。澱んだ水、覇気なく泳ぐ鯉、枯れた木々。私はすぐ、ハーモニーが酷く乱れていることを理解した。父は言った。
「ここの木々は調子が悪いな。どうしたものか」
「お父さん」
「何、水希」
「ハーモニーが乱れているの」
「ハーモニーが乱れている? どういうことだい」
「自然なものがなくて、自由がなくて、みんな苦しんでいるの」
「……。生態系が破壊されているって、言いたいのか」
「人が壊したんだよ。池とか、木とか、鯉のせいじゃないの。こういうことができるのは、人だけ」
「水希、さっき言ったハーモニーについて、もうちょっと説明できる? 」
「うん。ハーモニーが乱れているっていうのはね、気配や、空気や、存在や音がバラバラなの。まとまりがなくて、一つになれていない」
「なるほど。そうか。水希には見えているんだな」
「お父さんには、……見えない? 」
「いや、今まで培ってきた理屈で、意味を理解することはできるよ。ただ、水希のように感じることはできない。水希」
「うん」
「その繊細な感覚を、人と違うからと言って恥じては駄目だ。むしろ大切にしなさい。自分の特技だと思って。才能だと思ってな」
「うん。でも」
「何? 」
「分かることが、辛い時もあるの」
「そうかもしれないな。多分共感能力が高すぎるということだと思う。感じすぎるのは楽なことじゃないよな。よし、そういう時は父さんに相談だ」
「父さんに話すの? 」
「そう。水希の感覚と父さんの理屈を合わせて、答えを探そう。父さんが生きている限り、私は水希の味方だ。だから力になるよ」
「本当に? 」
「もちろんだ」
「お父さんがいればね、」
「うん」
「私も大丈夫なの」
「そうかい? 」
「……多分」
「はは。なら、水希の感じる大丈夫な場所、そうだな、ハーモニーが乱れていない場所へ連れていってくれる? 父さんも正しいハーモニーとやらを知りたいんだ」
「分かった。連れていってあげるね。こっちこっち」
「はいはい」
 私は父を先導して、手を握りしめ、木の葉を踏みしめながら、どんどん道を歩いてゆく。その時は言わなかったけれど、お父さんはバランスの取れたハーモニーの人。だから側にいると、温かい気持ちになってくるの。私のハーモニーまでが整っていく。大好き、と心でそっと呟いた。

 お父さんなら聞いてくれる。お父さんなら分かってくれる。そのことがとてもとても嬉しかった……。
 ☆☆☆
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