1 / 67
〇聞こえる
しおりを挟む
「水希、おいで」
父が私のことを呼ぶ。私が父の方へトコトコと歩いていくと、父はそっと私の手を掴み、先へと進んでいく。私は周囲の木々の気配を感じながら言った。
「お父さん、春ね」
「そうだ、もうすぐ春だよ。地面を見てごらん、いっぱい緑の草が生えているだろう」
「うん。緑の空気ね。大丈夫な感じ。自由な気配もするの」
「何だ、子供の言うことは意外と難しいな。でもこの草たちは、確かに元気に育っていくと思うよ。ま、途中で刈られてしまうと思うけどね」
「どうして? 」
「これは雑草と言って、この自然公園では、正直邪魔者なんだ」
「生きているだけなのに。何も悪いこと、していないのに」
「そうだな。その通りなんだけれど、少々主張が強すぎてね。大丈夫、水希が心配しなくても、何度も、何度でも立ち上がる力のある草だよ」
「強い」
「そう、とても強いんだ」
私と父は人手の行き届いた、黄緑色が広がる林の中を歩いていく。私が繋いだ手を強く握ると、父もぎゅっと握り返してくれた。不安はない。幸せだ。調和、平和、穏やかな空気が自然と混じり合って、どこまでも広がっていく感じ。父は植物や大地と馴染んでいる。悪者なんてどこにもいない。今は。
そう、今は。
気付いた時には林を抜けて、大きな池の前に出ていた。澱んだ水、覇気なく泳ぐ鯉、枯れた木々。私はすぐ、ハーモニーが酷く乱れていることを理解した。父は言った。
「ここの木々は調子が悪いな。どうしたものか」
「お父さん」
「何、水希」
「ハーモニーが乱れているの」
「ハーモニーが乱れている? どういうことだい」
「自然なものがなくて、自由がなくて、みんな苦しんでいるの」
「……。生態系が破壊されているって、言いたいのか」
「人が壊したんだよ。池とか、木とか、鯉のせいじゃないの。こういうことができるのは、人だけ」
「水希、さっき言ったハーモニーについて、もうちょっと説明できる? 」
「うん。ハーモニーが乱れているっていうのはね、気配や、空気や、存在や音がバラバラなの。まとまりがなくて、一つになれていない」
「なるほど。そうか。水希には見えているんだな」
「お父さんには、……見えない? 」
「いや、今まで培ってきた理屈で、意味を理解することはできるよ。ただ、水希のように感じることはできない。水希」
「うん」
「その繊細な感覚を、人と違うからと言って恥じては駄目だ。むしろ大切にしなさい。自分の特技だと思って。才能だと思ってな」
「うん。でも」
「何? 」
「分かることが、辛い時もあるの」
「そうかもしれないな。多分共感能力が高すぎるということだと思う。感じすぎるのは楽なことじゃないよな。よし、そういう時は父さんに相談だ」
「父さんに話すの? 」
「そう。水希の感覚と父さんの理屈を合わせて、答えを探そう。父さんが生きている限り、私は水希の味方だ。だから力になるよ」
「本当に? 」
「もちろんだ」
「お父さんがいればね、」
「うん」
「私も大丈夫なの」
「そうかい? 」
「……多分」
「はは。なら、水希の感じる大丈夫な場所、そうだな、ハーモニーが乱れていない場所へ連れていってくれる? 父さんも正しいハーモニーとやらを知りたいんだ」
「分かった。連れていってあげるね。こっちこっち」
「はいはい」
私は父を先導して、手を握りしめ、木の葉を踏みしめながら、どんどん道を歩いてゆく。その時は言わなかったけれど、お父さんはバランスの取れたハーモニーの人。だから側にいると、温かい気持ちになってくるの。私のハーモニーまでが整っていく。大好き、と心でそっと呟いた。
お父さんなら聞いてくれる。お父さんなら分かってくれる。そのことがとてもとても嬉しかった……。
☆☆☆
父が私のことを呼ぶ。私が父の方へトコトコと歩いていくと、父はそっと私の手を掴み、先へと進んでいく。私は周囲の木々の気配を感じながら言った。
「お父さん、春ね」
「そうだ、もうすぐ春だよ。地面を見てごらん、いっぱい緑の草が生えているだろう」
「うん。緑の空気ね。大丈夫な感じ。自由な気配もするの」
「何だ、子供の言うことは意外と難しいな。でもこの草たちは、確かに元気に育っていくと思うよ。ま、途中で刈られてしまうと思うけどね」
「どうして? 」
「これは雑草と言って、この自然公園では、正直邪魔者なんだ」
「生きているだけなのに。何も悪いこと、していないのに」
「そうだな。その通りなんだけれど、少々主張が強すぎてね。大丈夫、水希が心配しなくても、何度も、何度でも立ち上がる力のある草だよ」
「強い」
「そう、とても強いんだ」
私と父は人手の行き届いた、黄緑色が広がる林の中を歩いていく。私が繋いだ手を強く握ると、父もぎゅっと握り返してくれた。不安はない。幸せだ。調和、平和、穏やかな空気が自然と混じり合って、どこまでも広がっていく感じ。父は植物や大地と馴染んでいる。悪者なんてどこにもいない。今は。
そう、今は。
気付いた時には林を抜けて、大きな池の前に出ていた。澱んだ水、覇気なく泳ぐ鯉、枯れた木々。私はすぐ、ハーモニーが酷く乱れていることを理解した。父は言った。
「ここの木々は調子が悪いな。どうしたものか」
「お父さん」
「何、水希」
「ハーモニーが乱れているの」
「ハーモニーが乱れている? どういうことだい」
「自然なものがなくて、自由がなくて、みんな苦しんでいるの」
「……。生態系が破壊されているって、言いたいのか」
「人が壊したんだよ。池とか、木とか、鯉のせいじゃないの。こういうことができるのは、人だけ」
「水希、さっき言ったハーモニーについて、もうちょっと説明できる? 」
「うん。ハーモニーが乱れているっていうのはね、気配や、空気や、存在や音がバラバラなの。まとまりがなくて、一つになれていない」
「なるほど。そうか。水希には見えているんだな」
「お父さんには、……見えない? 」
「いや、今まで培ってきた理屈で、意味を理解することはできるよ。ただ、水希のように感じることはできない。水希」
「うん」
「その繊細な感覚を、人と違うからと言って恥じては駄目だ。むしろ大切にしなさい。自分の特技だと思って。才能だと思ってな」
「うん。でも」
「何? 」
「分かることが、辛い時もあるの」
「そうかもしれないな。多分共感能力が高すぎるということだと思う。感じすぎるのは楽なことじゃないよな。よし、そういう時は父さんに相談だ」
「父さんに話すの? 」
「そう。水希の感覚と父さんの理屈を合わせて、答えを探そう。父さんが生きている限り、私は水希の味方だ。だから力になるよ」
「本当に? 」
「もちろんだ」
「お父さんがいればね、」
「うん」
「私も大丈夫なの」
「そうかい? 」
「……多分」
「はは。なら、水希の感じる大丈夫な場所、そうだな、ハーモニーが乱れていない場所へ連れていってくれる? 父さんも正しいハーモニーとやらを知りたいんだ」
「分かった。連れていってあげるね。こっちこっち」
「はいはい」
私は父を先導して、手を握りしめ、木の葉を踏みしめながら、どんどん道を歩いてゆく。その時は言わなかったけれど、お父さんはバランスの取れたハーモニーの人。だから側にいると、温かい気持ちになってくるの。私のハーモニーまでが整っていく。大好き、と心でそっと呟いた。
お父さんなら聞いてくれる。お父さんなら分かってくれる。そのことがとてもとても嬉しかった……。
☆☆☆
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる