あたし、婚活します!

桃青

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ただいま

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 それからアンナは、手早くセレナへ帰る準備を始めた。リンダに持たされた大量のお見合い写真を、もう用はないと言わんばかりに潔く処分し、今となっては着る必要のなくなった艶やかなドレスも、せっせと荷造りをして、家に送る準備をして、いい友達になれたジュン・ミリイにも、電話で事情を話して、(カイルとの交際についてはうやむやにしたが)別れを告げた。ジュンは電話先で声を詰まらせながら言った。
「アンナ、私達、これからもずっと友達よね?」
「ええ、もちろん、そうよ。色々ありがとう、ジュン。」
「何だか悲しくなってきたわ。カイルにもきちんと、さよならって伝えてくれる?」
「分かった、そうするから。」
「ねえ、…私達また会えるわよね?もしハリスに来たら、その時は、絶対に会いましょうね!」
「そうするわ。ジュンもセレナに来ることがあったら連絡して。そうね、セレナに着いたらすぐ、手紙を書くから。」
「うん、楽しみにしているわ。ああもう、アンナ…。」
「ジュン…。」
 そして2人は泣き濡れながら別れを告げ、電話を切ったのだった。
 アンナは帰還するにあたっての最大の問題人物であるリンダにも、電話を入れた。
「あの…、ママ?」
「あらアンナ!どうしたの?何かあったの?」
「私、セレナへ帰ることにしたから。」
「あら、ということは…、お相手がついに見つかったのね!ママが思うには、その人とはセイジ・ハッブ…」
「詳しいことは家へ帰ってから話すから。」
 そこまで一息に話すと、アンナはガシャンと電話を切った。
 … … …
 それから1週間で全ての荷物を整理し、帰り支度を整えたアンナとカイルは、いよいよセレナへ帰る日を迎えた。2人は玄関先に立つと、見送りに来たメルと向き合って、アンナは感謝の気持ちを伝えた。
「本当に…、お世話になりました、メルおばさん。私はおばさんのおかげで、ハリスでの日々を楽しく過ごすことができました。」
 メルは何処か遠くの方へ目を遣って、アンナに答えた。
「何だか今にして思えば、色々あった気がするわね。ま、それはそうと、これからカイルと上手くいくといいわね。」
 そう言われて2人は、こそばゆい気持ちで思わず笑い合った。
 … … …
「2人とも元気でねー!」
 と言いながら、玄関から出てきて大きく手を振るメルに、同じく大きく手を振り返して、2人はハリスの町を思い入れたっぷりに眺めながら、駅に向かって歩き出した。アンナは改めて都会的な街並みを冷静に眺めながら、カイルに話し掛けた。
「ねえ、カイル。」
「ん?」
「やっぱり私はこの町には向かないわ。もっと地に足をついた生活をする方がいいというのか…。今となってはあのど田舎なセレナのあらゆることが、懐かしくてしょうがないの。」
「気が合うな、僕も丁度そう思い始めていた所だ。でも…、ハリスに来て良かったでしょ?」
「ええ、もちろん。だってハリスに来たおかげで私は、初めて本当の自分の居場所に気付けたんだもの。それは、あらゆる意味においてのね。」
「そう、それは良かった。」
 そして駅に着いた2人は、人混みに揉まれながらセレナ行きの切符を買い、改札を抜けて、人があまりいず、どこかゆったりした雰囲気のセレナ行きの電車に乗り込むと、ボックス席に座り込んで、やがて走り出した電車の中で、2人に与えられた2人きりの時間をじっくりと過ごした。その時カイルは、ふと思いついたように言った。
「アンナは、少し変わったね。」
「えっ、そう?どこが?」
「最初にハリスに行くために電車に乗った時の君って、キャイキャイ騒いで、ほんと娘そのものって感じだったけれど、今は何だか、随分大人になった気がする。」
「それって、…人間として成長したってこと?」
「たぶん、そうだと思うよ。」
「そう。それならいいわ。」
 そして長い時間電車に揺られてセレナに着くと、今度は馬車に揺られてアンナの自宅へと向かい―。
 ☆☆☆
 今、2人はつつましい造りのアンナの家の玄関前に立っていた。アンナはふと隣にいるカイルに目を遣ると、いつになく彼が緊張気味であることに気付き、驚きながら彼に声を掛けた。
「どうしたの、カイル?何をそんなに上がっているのよ?」
「だってさ。―正直に言うよ、僕は君のお母さんが怖いんだ。だって、あの人に何を言われるのかと思うと…。」
「とにかく玄関のベルを鳴らすわよ。心の準備はいいわね?」
「イヤ、準備も何も…、」
 そう言ってじれるカイルを無視して、アンナはさっさと玄関のベルを鳴らした。そして反応を窺いながら待つこと数秒。
「アンナ―――――!」
 そう叫んでリンダが玄関先から飛び出してきた。そして有無を言わさず、アンナを力任せにぎゅうっと抱き締めた。
「ただいま、ママ。…ウウ、ちょっと苦しいわ。」
「あのね、アンナ、今のママは期待で胸が一杯なのよ!とにかく家に入りなさい。そして詳しく話を聞かせて頂戴。」
 そこまで一気に喋ると、リンダはアンナを抱擁から解放して、誰よりも先に家の中へと入っていき、アンナとカイルもその後に続いた。
 リンダの指図で、それぞれ椅子に腰を落ち着けた2人は、しばらくぼーっと部屋の様子を眺めていたが、アンナはぼそっと1人で呟いた。
「本当に家に帰ってきたんだわ。…懐かしいというのか、…何も変わっていないというのか…。」
 そこへリンダがいそいそとお茶を運んできて、どうにも落ち着かない様子で言った。
「ほら、お茶を飲みなさい!あなた達、お腹は空いていない?ひとまず落ち着きましょうね、ええ。ここは冷静になって、息を深ーく吸って…。
 で、アンナ。あなたが家に帰ってきたっていうことは、ほら、何ていうのかしら、」
 と1人で喋って1人で狼狽えているリンダに向かって、アンナは真実を語る決意をした。
「ええ、ママの考えた通り、私にも好きな人が出来たの。そして今その人と、お付き合いを始めた所なんです。」
「まあ、ほんと!素晴らしいわ、その人とはセイジ…」
「いえ、違うわ。」
 するとじらされたリンダはウキウキを抑えることができずに、喜びを露わにして叫んだ。
「じゃあ彼よりも、もっといい人を見つけたのね!」
「ええ、まあ、そういうこと。で、その人とは…、こちらの男性です。」
 そう言いながら、アンナはカイルに手を差し出し、カイルは素直な様子でリンダに向かってぺこりと頭を下げた。するとリンダは全ての体の動きを止めて、一瞬にして石化し、その状態のままカイルを凝視すると、しばらくしてから辛うじて言葉を発した。
「そのお相手って、まさか…。」
「ええ、私の従者だったカイル・マナーよ。」
「あの、…カイル?聞いてもいいかしら。」
「はい。」
「はっきり言いますけれど、…あなたはお金持ち…、」
「いいえ、そんなことはないです。ただ生活していく分には、お金に困ることはないと思いますが。」
 その言葉を聞いた途端、リンダは頭を抱え込んで絶叫した。
「ああ!無邪気なアンナに、従者なんかつけるんじゃなかった!」
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