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婚活第三回 母とパーティ

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 レター一家がメルの家を訪れ、ハリスに腰を落ち着けてから日が流れて、明後日の夕方のこと。目を爛々と光らせたリンダがドレスアップをして、今にも鼻血が飛び出そうなくらいの昂ぶりを見せながら、再びメルの家を訪れた。
 お手伝いさんに家の中へ通されて、ずかずかと部屋に入ってくると、飼い猫にでも呼び掛けるような猫撫で声で、アンナを呼んだ。
「アンナ~、アンナ、出ていらっしゃ~い!」
「―ママ。」
 そう言いながら、自分の部屋から出てきたアンナは、リンダの無遠慮な、自分をジロジロと品定めする視線に思わずたじろいだが、そっと母親に訊ねた。
「どう?私、おかしくない?」
「ええ、いいわ。…とってもいいわよ。ちゃんとしたお嬢さんに見えるし、気のせいかあなた、少し垢抜けした感じがするわね。
 では行きましょう。」
「はい。」
 そう、今日こそアンナがリンダと一緒に、パーティに参加する日なのだった。
 … … …
 2人はすでに手配して、玄関前に止められてあった馬車に乗り込み、御者に行先を告げると、馬車は軽快に動き出した。そしてほどなく、それほど大きくはないがガラス張りで出来ていて、何処か洒落た印象の建物の前で降りると、リンダはほうっと溜め息を吐きつつ言った。
「何か…、物凄くオシャレよねえ。ここで間違いないかしらね、アンナ。」
「うん、建物の名前は住所とちゃんとあっているわ。それにパーティドレスに身を包んだ人達が、次々とこの建物の中へ入っていくし…。」
 するとリンダは1人で熱くなり、感動に満ちた様子で言った。
「これよ、これこそが私の求めていた世界なのよ!オシャレな建物、オシャレな人々、そしてそこで交わされるオシャレな会話…。
 さあ、行きましょう、アンナ。」
 そう言ってリンダは押し黙ったままのアンナの腕を引っ掴んで、ぐいぐい引っ張りながら、パーティ会場の中へ足を踏み込んでいった。
 そこでアンナは、すでにどこかで見たような光景を再び目にすることになった。並べられた美しい料理に、お酒、そして気怠く会話を交わす着飾った人々…。
(何だかこのパーティっていうものにも、少し飽きてきたな。どのパーティに出てみたって、やることはいつだって大して変わらないし…。)
 そんな思いに耽っているアンナの肩を、誰かがポンと叩いた。
「?」
 誰だろうと思って、自分の背後を振り返ってみれば、そこにはニコニコ笑ったハンスが立っていて、軽く片手を上げて言った。
「やあ。」
「ハンス…。どうしてここにいるの?」
「もしかしてこのパーティに君が来るかもしれないと思って、出席することにしたんだ。僕はアンナを見守るために来たんだよ。」
「そう。何だか嬉しいような、嬉しくないような…。」
「ハンス!ハンス・セロじゃないの!」
 そう言って、今まで夢中になって会場中を血走った目で見渡し、男の品定めをしていたリンダが、ズンと2人の会話に割り込んできた。ハンスはそんな彼女に礼儀正しく頭を下げながら言った。
「お久し振りです、リンダ。」
「ええ、そうね。今日はね、あなたには悪いけれど、何が何でもアンナに合う男性を探して、見つけ出すつもりなのよ。だからハンスは…、遠くから見守っていて頂戴。」
「分かりました。たとえ遠くからでも僕は…、アンナを悪い輩から守ってみせますから。」
 そう言ってリンダとハンスは結託を組み、深く頷き合うと、それぞれにパーティ会場の中をうろうろとうろつき始めた。

「アンナ、気になる男性を見つけたら、いつでも私に声を掛けるのよ。そうしたらすぐ、私がいい人かどうか、見定めてあげますからね。」
「そんなこと言って、ママ。最初から私の意見なんて聞く気がない…、」
「あっ、あの男性素敵ね!」
「えっ、どれ?」
 アンナの考え通り、リンダは全くアンナの言葉に耳を貸さず、すでに次の行動に移っていた。アンナの手を掴み、目的の男性目掛けて突き進み、1人でお酒を飲んでいる短髪でさっぱりした印象の若い男の人の前に進み出ると、にっこりとして声を掛けた。
「あの、こんばんは~。」
 すると男性は少したじろぎながら、リンダに返事を返した。
「あっ、はい、こんばんは。」
「私、リンダ・レターと言いますの。娘の結婚相手を探しに、わざわざセレナからハリスまでやって来たんですのよ。」
「はあ、そうですか。」
「で、これが私の娘のアンナです。」
 そう言ってリンダは今にも逃げ出しそうなアンナを引っ掴み、無理矢理前面に押し出して、男性と真っ向から向き合わせた。アンナはもはや逃げ道はないと観念し、小さな声でその人に挨拶をした。
「あの、…こんばんは。」
「あっ、どうも。」
「それで、あなたはどんな仕事をしていらっしゃるの?」
 リンダの詰問から逃れる術はなく、その男性は正直に答えることにしたらしかった。
「あの、…農園の経営です。」
「まあ、凄いわ!お金持ちでいらっしゃるのね!」
「いや、それ程でも。」
「で、恋人は…、いらっしゃる?」
「いえ、今の所1人身です。恋人と呼べる人もなく…、」
「まあ、恋人もいらっしゃらない!」
 そう叫ぶリンダにぐいぐいと追いつめられてゆく男性は、くるりと彼女に背を向けると、
「あの、ちょっと僕は用事があって…、これで失礼します。」
 そう言って、すたこらさっさと何処かへ逃げていった。リンダとアンナは呆然とし、その後に取り残されたが、やっと自分のアタックが失敗したことに気付いたリンダは、ぷりぷりと怒って言った。
「何よ、気の弱い人ね!逃げ出さなくってもいいじゃない、別に取って食おうってわけでもないのに―、」
「いや、充分そう見えたと思うよ、ママ。」
「…落ち込んでいる暇はないわ。次、次行くわよ!」
 そしてリンダはさらに適当な男性を見つけては、次々に声を掛けていくのだが、『結婚』という2文字の言葉が持つ重さと、あとリンダの強烈な押しの強さに、大抵の男性は恐れをなして、彼女から逃走した。アンナは自分のことを、まるで少しも笑いの取れない、売れないコメディアンになったようだと思った。自己アピールに対する世間の反応は冷たく、アンナの心まで凍えさせる。
 … … …
 そして失敗に次ぐ失敗を重ねた後、リンダとアンナは完全に方策を見失い、パーティの喧騒の中、しばし所在なげに立ち尽くすことになった。リンダは彼女の隣で、もうこれ以上は勘弁してほしいと思いながら、小さくなって立っているアンナに、彼女にしては大変珍しい事だが、少しめげた様子で話し掛けた。
「これから、どうしようね。」
「ほんとそうだね、ママ。」
「アンナ、もっと私に協力して頂戴よ。あなたの魅力を全開にして、やる気もぐいぐい引き出して、」
「そういう問題じゃないんじゃない?私から、というよりも、みんなママの押しの強さから逃げていく気がする―。」
「マア、あなた、全部私のせいだっていうの?
 …でもここにいる男の人達って、セレナの男性とは何かが違うのよねえ。何だか私達って、このパーティにそぐわない気がしてきたねえ。」
「やっとその事に気付いたのね、ママ。」
 2人はほぼ同時に、深い溜め息をつき合い、それとなくパーティ会場を眺め回した。今のアンナにはどの男性もまるでどんぐりのように見え、どれも大して違いなぞない気がしてきた。皆『男』であり、女、それもいいオンナと付き合いたいという野望を持っていて、気を引く方法を必死に探しているという点で、大して違いなどない。
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