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桃青

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9.

ハンスの突進劇

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 そして初めてのお見合いを終えた次の日。僅かな睡眠時間で原稿を書き上げたボロボロのメルと、アンナとカイルで食卓を囲んで、やや遅めの朝食を取っていた時のこと。アンナは一通り昨日のお見合いの顛末をメルに話すと、溜め息と共に言った。
「―というわけで、早速振られてしまいました、メルおばさん。」
 するとメルは眠そうにしながら、もしゃもしゃとパンを食べつつ、アンナに答えた。
「きっとそれで良かったのよ。そんな情けない根性の男は、はっきり言ってアンナ向きではありません。むしろ縁が切れて丁度良かったくらいじゃないかしら。」
 するとカイルはふと食事の手を止め、腕組みをしながら言った。
「でも僕にはロンの気持ちが、何となく分かるんだよな。」
「えっ、そうなの?」
 アンナにそう問われると、カイルは彼女の目を見て答えた。
「女の人がどう思っているのか知らないけどさ、男が本当に好きな女性に告白するのって、物凄く勇気のいることなんだぜ。」
 その言葉にメルはあっさりと答えた。
「まあ、そうかもしれないわね。」
 と、その時のこと。玄関のベルの音がリンゴ―ンと家中に鳴り響いた。メルはたちまち不審な顔をして、お茶を啜りながら言った。
「こんな朝早くに、誰かしら?担当者の人は午後に原稿を取りに来るって言っていたし…。」
 すると玄関へと出ていったお手伝いさんが、小走りになってメルたちのいるリビングに戻ってきて、
「アンナさん、アンナさん!」
 と少し慌てた様子で彼女を呼んだ。アンナは驚きながら椅子から立ち上がると、お手伝いさんに訊ねた。
「私…、ですか?」
「そうです、ハンスさんがお見えになっています!ぜひアンナさんにお会いしたいって…。」
「ハンスが?」
 そう言いながらアンナは立ち上がって、何事だろうと思いながら玄関に向かうと、そこには―。
 巨大な白ユリの花束を持ったハンスが、緊張した面持ちで立っていて、アンナを見ると同時にその顔はパッと輝いた。
「アンナ!」
「ハンス…。どうしたの?」
 すると彼はばったりと頭を下げ、ユリの花束をアンナに向かって差し出すと、一本調子で言った。
「これ、君へのプレゼント。アンナは白ユリみたいな人だから…、君をイメージして買ってきたんだ。」
「ああ、それは、…どうもありがとう。」 
 アンナは多少狼狽えながら、愛に満ち満ちた花束をハンスから受け取ると、言った。
「用事ってそれだけなの?」
「いや、実はちょっとアンナにお願いしたいことが…。」
「いいわよ、言って。」
「アンナ、これから僕とデートを…、美味しいケーキ屋さんにでも行って、ケーキを食べながらお話でも…、」
「いえ、それは遠慮しておく。」
 毅然とそう言い放つアンナを、ハンスは何とも言えない目をして見つめていたが、哀しげな溜め息を吐くと、押しの強い彼でもそれ以上言う勇気はなく、
「そうか。それじゃ、また。」
 そう言い残して、敗北感たっぷりにずるずると足を引き摺りながら、メルの家を出ていったのだった。アンナは少しの間彼を見送ってから、何本あるか分からない花束の大きさによろめきながら、再びリビングへ戻っていくと、その姿に目を留めたメルは、びっくりしてアンナに問うた。
「まあ、大きな花束!ハンスがくれたの?」
「そうです。おそらく自分の思いの大きさを花束で表現したかったのでしょうけど、これはあまりに大きすぎるわ!」
 アンナが思わすそう叫ぶと、カイルは林檎をむしゃむしゃかじりながら冷静に言った。
「でもハンスって、いい奴じゃない。」
「まあね。でも私の好みじゃないの。」
 そう言いながら花束をお手伝いさんに渡して、何事もなかったように再び朝食を食べ始めたアンナを見ながら、メルとカイルは思わず無言で顔を見合わせたのだった。
 … … …
 それからもしばらく、ハンスのアンナへの果敢なアタックは、絶え間なく続いた。
 ユリ攻撃の次の日、ハンスは昨日とほぼ同じ時刻に、またメルの家に姿を現した。アンナが冷え切った態度で玄関に出向くと、彼はその冷たさに焦りながらも、必死に求愛行動を開始した。
「アンナ、今日はチョコレートを持ってきたんだ。君はチョコレートが好き?」
「ええ、好きよ。」
「じゃあ受け取ってくれるかな?ハリスで1番美味しいと噂のチョコレートショップのやつなんだけれど…。」
「ありがと。一応貰っておく。」
「それじゃ、アンナ、今度はハリスのチョコレートショップ巡りを…、僕とするなんていうのはどうだい?きっと素敵なチョコレートとの出会いと発見が、」
「いえ、私は行かない。」
「あ…、そう。それじゃ。」
 そう言ってハンスは寂しげな後ろ姿を見せながら、すごすごとメルの家を後にするのだった。
 ハンスは毎朝プレゼントを持って、メルの家を訪れるのだったが、彼はおそらく必死で女の子が喜びそうな物を考え、体を粉にしてアンナに会いに来ているのは、ハンスにあまり関心のないアンナにだって、さすがに分かった。
 彼はある時はおそらくハリスでしか手に入らない、異国の地のフルーツの詰め合わせを持って現れた。はたまたある時には、自分の思いを代弁してくれた詩集をアンナに捧げたり、またある時には、珍しくも美味しいお菓子の詰め合わせを、ラブレターと共にアンナに手渡したりした。
 だがその一方で、アンナの態度は一貫して、『氷』そのものだった。とにかくハンスに対して、固く、冷たいのである。
 そんな2人の様子を見かねたカイルは、いつもの朝食の席で、アンナに一言物申した。
「アンナ、君がハンスに関心がないのはよく分かるし、彼がそのことを理解しようとしないのはいかがなものだろうと僕も思うけれど…。
でももうちょっと、優しくしてあげてもいいんじゃない?だって彼って、見ていて心打たれるほど健気なんだもの。」
 アンナはトーストを齧りながら、ちらりとカイルを見て言った。
「でも私がしっかりあの人に、『気がありません。』って意志表示することは、大切だと思うの。そうしたら無駄にハンスの人生を振り回さなくて済むでしょ。」
「それはそうだけれど―。」
 すると2人の会話に、心の片隅で一家言を持つメルも加わった。
「アンナ、彼との関係を最終的に決めるのは、もちろんあなた自身です。でもこんな風に愛されて、大切にされるのは―。
 とても幸せなことよ。そこの所は理解しているかしら?」
「もしかしたらそうなのかもしれないです。正直そんな事、今まで考えたこともなかったけれど…。」
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