極悪人

桃青

文字の大きさ
上 下
9 / 13

9.

しおりを挟む
「あっ、あの、だから俺をケンちゃんとは呼ばないで・・・。
 ―そうですか、“素質”。」
「そう。
 そしてその素質こそが、人の運命を掌るものであり、決して誰しも変える事ができない。
 無論それは、超人的な霊力を持つ山伏、つまりわしの力をもってしても、不可能な事であるわ。」
「素質は・・・、変えられない。」
「そうじゃ。
 つまりそれはこういうことになる。
 人は最初から生まれ持った魂によって、
『できることはできる。そしてできないものはできない。』
 と決まっておるわけだ。この世には決して、万能の人間というものは存在せん。誰もが生きていく過程で、より自分を知り、極めていく・・・。
 それが人生において大切な事の1つであり、人が生きる意味でもあるわけよ。

 でな。
 わしは霊的な眼力によって、人の魂の本質を見抜く力を持っておる。それでさっきからわしは、ケンちゃんの魂をずっと見続けているんじゃが・・・。
 結論から言わせてもらうわ。ま、あんたはつまり、極悪人には向いておらん。つまり、悪人になる“素質”はナッシングなのじゃ。」
「エッ。そうなんですか?
 あちゃあ。・・・それにしても小川さんって、何でもざっくり言うな。あなた、なかなかフランクな方ですね。」
 すると彼はコーヒーを一気に飲み干してから、ニヤリと笑って言った。
「うむ、それもわしの売りにしておるのでな。」
「じゃあ、僕、・・・ではない、俺がなりたい自分になるためにはどうしたら・・・。」
「うむ。それは大胆に考え方を変えれば、おのずと答えは明らかになるであろう。
 
 つまりあんたの素質に合わない、
『悪人になる』
 という目標を、あんたの素質に合った、
『善人になる』
 という目標に、すり替えればよろしいわ。

 そうやって生きていくならばこれから先、人生の道が自然に開けてくるはずじゃ。」
「ということは。
 それってつまり、・・・悪人になる事自体を諦めろってことですか?」
「まぁ、わしの話を推し進めれば、そういう事になるわな。」
「じゃあ俺の・・・、俺の夢は・・・。」
 ショックのあまり言葉に詰まり、呆然としている俺の様子を、小川はぎょろ目に光を湛えてしばし観察していたが、それから俺の心に染み込んでいくように、ゆっくりと語った。
「・・・わしの力を借りなくても、周囲の人達はちゃんと、あんたの本質を見抜いておるわ。
 “素直で可愛いケンちゃん”。
 それこそありのままの、あんたの姿よ。

 だからこれからは自分に素直になって、より『自分らしく』生きる道を選んでいくか・・・。それとも一生叶いもしない目標を掲げて、答えの出ない人生を彷徨い歩くのか・・・。

 ここから先は、ケンちゃんが自分で決める事じゃ。だが本当に進むべき、正しい自分の道は・・・。
 今のあんたならきっと、その現実が見えているだろうが。違うか?」
「・・・はい。」
 俺はむっつりとした様子で、小川にそう返事すると、彼はキラリとした目でしばらく俺を見つめた。それからこう言った。
「・・・というわけで、相談事の件に関しては、一応ここで一旦おしまい、という事にしようと思う。よろしいか?」
「はい。僕はそれで構わないです。」
「また何か・・・。そうじゃな、人生に行き詰るような事があったりしたら、わしにメールするといい。いつでも相談に乗るからな。
 
 では、今回の相談料として、5千円頂こう。」
「・・・5千円ですね。」
 俺はそう言って、お財布から5千円札を取り出すと、小川に手渡した。すると彼は丁寧にお辞儀をしてそのお金を受け取り、さっと着物の袖にしまい込むと、
「それでは!」
 と声量のある声で一声叫び、(その声のあまりの大きさに、店内にいた数少ない人々が、一斉に彼の事を見たほどだ)椅子から立ち上がり、(小川は自分が注文したスイーツとコーヒーを、いつの間にか全部綺麗に平らげていた)手を差し出して俺に握手を求めてから、俺を後に残したまま、ひらりと喫茶店から出ていった。そしてまるで幻のように、駅の雑踏の中へと姿を消していったのだった・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

金サン!

桃青
ライト文芸
 占い師サエの仕事の相棒、美猫の金サンが、ある日突然人間の姿になりました。人間の姿の猫である金サンによって引き起こされる、ささやかな騒動と、サエの占いを巡る真理探究の話でもあります。ライトな明るさのある話を目指しました。

この町は、きょうもあなたがいるから廻っている。

ヲトブソラ
ライト文芸
親に反対された哲学科へ入学した二年目の夏。 湖径<こみち>は、実家からの仕送りを止められた。 湖径に与えられた選択は、家を継いで畑を耕すか、家を継いでお米を植えるかの二択。 彼は第三の選択をし、その一歩目として激安家賃の長屋に引っ越すことを決める。 山椒魚町河童四丁目三番地にある長屋には、とてもとても個性的な住人だけが住んでいた。

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

屁理屈娘と三十路母

小川 梓
ライト文芸
屁理屈な娘と三十路の母の話

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

桜の木の下には死体が埋まっている。

此花チリエージョ
ライト文芸
「貴女は誰なの?どうしてここにいるの?」 僕、福原和人は母方の祖母が青森のイタコらしく、昔から幽霊が見えた。 母は祖母の仕事のせいで幼少期にいじめにあっており、幽霊などの心霊現象が大嫌いなので、僕が見えることは秘密にしてる。 3年前の僕が小6の春から、近所の樹齢千年と言われている桜の木の下に中学生の少女の幽霊を見かけるようになる。 最初は無視をしていたが、切なげな少女を見ているうちに気になりはじめて声をかけてしまうが、少女は自分が死んだことも、死んだ理由も名前も分からないと言い出してー…。 イラストはRiiちゃん様に描いていただきました。 https://coconala.com/services/1342387 小説になろう様でも同時連載しております。 https://ncode.syosetu.com/n0135gx/

シムヌテイ骨董店

藤和
ライト文芸
とある骨董店と、そこに訪れる人々の話。 日常物の短編連作です。長編の箸休めにどうぞ。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...