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そしてさる日。俺は☆☆駅の改札口で、山伏がやって来るのを待っていた。顔写真はすでに、メールのやりとりで交換していたので、彼を見つけ出す自信はあったが、しかし何しろ初対面である。
不安な気持ちで、改札に目を走らせていた時のこと。
遠目からでもくっきりと目立つ、羽織袴という出立ちで片手に錫杖を持った男が、スタスタと歩いてきて、俺の姿を認めると、ぶんぶんとその錫杖を振ってみせた。
・・・これなら見間違うはずもなかった。
俺は改札から出てきた彼と無事に落ち合って、簡単な挨拶を済ませると、とりあえず改札の目の前にある喫茶店に入り、腰を落ち着けて、相談に乗ってもらう事にしたのだった。
山伏と向い合せになって、俺達は人気の少ない店内の椅子に腰掛けると、俺はまずコーヒーを注文した。それから彼に向かって話し掛けた。
「あの、さっきも改札で言いましたけれど、改めまして。
俺が悪人ブログを書いているKちゃんです。よろしくお願いします。」
「ああ、そうか。じゃあわしも自己紹介をせんとな。
うっす、わしは小川次郎。山伏であり、職業は簡単に言えば神職じゃ。依頼は24時間体制で受け付けておる。ま、気楽に行こうか。」
小川がそう言い終えると、ウェイトレスが丁度いいタイミングで、僕にホットコーヒーを運んできた。すると小川は軽く手を上げ、張りのある声で、(それはまるでオペラ歌手のようだった)
「お姉さん、わしにはコーヒーと、あとショートケーキ、チーズケーキ、抹茶ロールにチョコレートスフレを頼む。あ、あとバニラアイスクリームもつけてな。かたじけない。」
と注文を済ませた。俺はちょっと目が点になってしばし小川を眺めた後、彼に訊ねた。
「あの小川さん、あなたは・・・、甘い物がお好きなんですか?あんまり山伏らしくないですね。」
すると彼は俺に向き直り、キラリと目を光らせて言った。
「おう。わしは基本的に、俗っぽいものは何でも好きでな。
日頃山の中で毎日精進料理を食べるような清らかな生活を送っていて、その後に俗世に出てくるじゃろうが?
そうすると、このごみごみとした汚らしい空気がたまらなくなってきてな。
いや別に、これは俗世を貶しているのではないぞ。わしはこの泥臭さが、実はたまらなく好きなんじゃ。
それで今までそういうものを我慢していた反動でな、このいかにも体に悪そうな、いわゆるスイーツと言うのか?
・・・この味が無性に恋しくなってのう。
まぁ、とりあえず話の本題に入っていかんか?
あんたはなりたい自分になれないのだと・・・、メールにそう書いていたな。その事について、詳しく話してくれ。」
小川にそう聞かれると、俺は改まって自分の心の内を、彼に話すことにした。
「あの、・・・俺はクールで冷酷な、最高にかっこいい人間になる事を目指しています。」
「ふむ。」
「でも、俺の周りの人達は俺の事を、そんな風に認めていない・・・。俺を素直で可愛いケンちゃんだと・・・、あ、すいません、俺はみんなからケンちゃんって呼ばれています、とにかくそう言うんです。」
「ふむ、そうか。」
「俺は・・・。俺は、もちろん犯罪行為をするつもりはないけれど、でももっと、こう・・・。
人をゾクゾクさせる事のできる極悪人として、周囲の人達に認められたい。まるでサスペンスドラマに登場するような、スリルと恐怖を醸し出す人間になりたいのです。
でもその願いはどうしても叶う事がなく、最近なんか、自分がどうしたらいいのかも、何だか分からなくなってきてしまい・・・。」
「―あんた、人間としてなかなか珍しい理想を抱いておるな。」
小川はそう言うと、今となってはテーブルに山積みされているケーキをフォークで突き、愛おしそうな目で眺めてから、コーヒーをがぶりと飲んで、話を続けた。
「あのな。」
「はい。」
「人にはまず、魂というものがある。
物質ではなく、脳が作り出す幻でもない、人を作る根幹であり、死しても消える事なく存在し続ける“何か”・・・。
それが魂じゃ。ケンちゃん、あんたはこの存在を信じるか?」
「小川さん、あの、できたら俺をケンちゃんと呼ばないでいただきたい・・・。
魂か。俺としては、信じるか信じないかはビミョーな所ですけれど。」
「そうか。じゃがこれからは、
“魂はある”
という前提で話を進める事にする。
わしは山伏じゃ。今まで奇妙で不思議な出来事にも足を突っ込んで、様々な経験を重ねてきたわ。・・・そのわしが言うのだから、これは嘘偽りなく確かな事じゃ。
そして魂には、どれ一つとして同じものなどなく、それぞれに個性、いや、もっと突き詰めて言うならば、“素質”というものがある。
ま、それがその人の特色であり、才能でもあると言ってもいいじゃろう。
どうだ。分かるか、ケンちゃん?」
不安な気持ちで、改札に目を走らせていた時のこと。
遠目からでもくっきりと目立つ、羽織袴という出立ちで片手に錫杖を持った男が、スタスタと歩いてきて、俺の姿を認めると、ぶんぶんとその錫杖を振ってみせた。
・・・これなら見間違うはずもなかった。
俺は改札から出てきた彼と無事に落ち合って、簡単な挨拶を済ませると、とりあえず改札の目の前にある喫茶店に入り、腰を落ち着けて、相談に乗ってもらう事にしたのだった。
山伏と向い合せになって、俺達は人気の少ない店内の椅子に腰掛けると、俺はまずコーヒーを注文した。それから彼に向かって話し掛けた。
「あの、さっきも改札で言いましたけれど、改めまして。
俺が悪人ブログを書いているKちゃんです。よろしくお願いします。」
「ああ、そうか。じゃあわしも自己紹介をせんとな。
うっす、わしは小川次郎。山伏であり、職業は簡単に言えば神職じゃ。依頼は24時間体制で受け付けておる。ま、気楽に行こうか。」
小川がそう言い終えると、ウェイトレスが丁度いいタイミングで、僕にホットコーヒーを運んできた。すると小川は軽く手を上げ、張りのある声で、(それはまるでオペラ歌手のようだった)
「お姉さん、わしにはコーヒーと、あとショートケーキ、チーズケーキ、抹茶ロールにチョコレートスフレを頼む。あ、あとバニラアイスクリームもつけてな。かたじけない。」
と注文を済ませた。俺はちょっと目が点になってしばし小川を眺めた後、彼に訊ねた。
「あの小川さん、あなたは・・・、甘い物がお好きなんですか?あんまり山伏らしくないですね。」
すると彼は俺に向き直り、キラリと目を光らせて言った。
「おう。わしは基本的に、俗っぽいものは何でも好きでな。
日頃山の中で毎日精進料理を食べるような清らかな生活を送っていて、その後に俗世に出てくるじゃろうが?
そうすると、このごみごみとした汚らしい空気がたまらなくなってきてな。
いや別に、これは俗世を貶しているのではないぞ。わしはこの泥臭さが、実はたまらなく好きなんじゃ。
それで今までそういうものを我慢していた反動でな、このいかにも体に悪そうな、いわゆるスイーツと言うのか?
・・・この味が無性に恋しくなってのう。
まぁ、とりあえず話の本題に入っていかんか?
あんたはなりたい自分になれないのだと・・・、メールにそう書いていたな。その事について、詳しく話してくれ。」
小川にそう聞かれると、俺は改まって自分の心の内を、彼に話すことにした。
「あの、・・・俺はクールで冷酷な、最高にかっこいい人間になる事を目指しています。」
「ふむ。」
「でも、俺の周りの人達は俺の事を、そんな風に認めていない・・・。俺を素直で可愛いケンちゃんだと・・・、あ、すいません、俺はみんなからケンちゃんって呼ばれています、とにかくそう言うんです。」
「ふむ、そうか。」
「俺は・・・。俺は、もちろん犯罪行為をするつもりはないけれど、でももっと、こう・・・。
人をゾクゾクさせる事のできる極悪人として、周囲の人達に認められたい。まるでサスペンスドラマに登場するような、スリルと恐怖を醸し出す人間になりたいのです。
でもその願いはどうしても叶う事がなく、最近なんか、自分がどうしたらいいのかも、何だか分からなくなってきてしまい・・・。」
「―あんた、人間としてなかなか珍しい理想を抱いておるな。」
小川はそう言うと、今となってはテーブルに山積みされているケーキをフォークで突き、愛おしそうな目で眺めてから、コーヒーをがぶりと飲んで、話を続けた。
「あのな。」
「はい。」
「人にはまず、魂というものがある。
物質ではなく、脳が作り出す幻でもない、人を作る根幹であり、死しても消える事なく存在し続ける“何か”・・・。
それが魂じゃ。ケンちゃん、あんたはこの存在を信じるか?」
「小川さん、あの、できたら俺をケンちゃんと呼ばないでいただきたい・・・。
魂か。俺としては、信じるか信じないかはビミョーな所ですけれど。」
「そうか。じゃがこれからは、
“魂はある”
という前提で話を進める事にする。
わしは山伏じゃ。今まで奇妙で不思議な出来事にも足を突っ込んで、様々な経験を重ねてきたわ。・・・そのわしが言うのだから、これは嘘偽りなく確かな事じゃ。
そして魂には、どれ一つとして同じものなどなく、それぞれに個性、いや、もっと突き詰めて言うならば、“素質”というものがある。
ま、それがその人の特色であり、才能でもあると言ってもいいじゃろう。
どうだ。分かるか、ケンちゃん?」
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