極悪人

桃青

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 ミキは真っ直ぐ俺の目を見て、率直に問い掛けた。
「でも普通、そういう事をする時に、その相手に向かって、
『誰々をレイプする。』
 ・・・なんて、前もって言う?」
「そうか。言わないかもな。」
 俺は自分のマヌケな言動に、ハタと気がついた。
「そう言っちゃうところがケンちゃんらしいな。素直で可愛いよ、ケンちゃん。」
「ウッ。・・・ありがとう、ミキ。」
「そうね、いわゆるそういう『プレイ』を、やってみたいっていうことでしょ?
 キャ、面白そう☆

 じゃあ、私も早速、ケンちゃんのプレイに乗っかってみる。

“いやっ、やめて!そんな酷い事を!誰か、誰か助けてえ~!!”」
「あっ、あの、・・・ミキ。
 そんな大声を出すとさ、もしかすると本当に、近所の人が来ちゃうかもしれないから・・・、」
「はっ、そういえばそうね!
 じゃあ、叫ぶのは止めておこう。ならこれから私、力の限り抵抗してみせるから、ケンちゃんはそこを襲って☆」
「・・・うむ、分かった。それじゃあ改めまして。

『ガオオオオオウ。』」
「・・・。何をやっているの、ケンちゃん?」
「え?
 あのね、今俺襲いくる猛獣を、頭の中でイメージして、まるでキングコングのように一声咆哮を上げて、恐怖感を煽ったつもりなんだけれど・・・。
 どう、怖かった?」
「全然。まるでワニがばっくりと口を開いたみたいで、躍動感がまるでないし、迫力もゼロ。
 もうケンちゃん、選りに選ってどうしてこんな時に、
“よし、キングコングになろう。”
なんて思うんだろう?
 
とにかくそんな小細工はいらないから、とりあえず早く私を襲ってよ。だってレイプってそういうものでしょう?」
「そうか、うん。」
 俺はミキに促されて、早速いわゆる『本番』を始める事にしたのだった。
 フローリングの床の上に押し倒した、ミキのブラウスのボタンを外し始める俺・・・。
 1つ、2つ。
 ―だが次の瞬間。
 ミキの平手が物凄い勢いで飛んできて、俺の頬をおもいっきりはたいた。頬にはかっとした熱い痛みが走り、僕・・・ではなく、俺は涙目になって、ミキに訴えた。
「痛いよ。何するの、ミキ。」
「だって。考えてみて。
 
私は今、レイプされようとしているんだよ?
 男から女としての最低の辱めを受けようとしているんだよ?

 ならば、か弱い女とは分かっていても、ありったけの抵抗を試みようとするのは、当然の事でしょう?
 だから私は平手打ちをしたの。」
「・・・そうか。いてて。まあ、確かにそうかもしれないけれど。」
 俺はそう言って、痛む頬を擦りながら、再び行動を起こしたのだった。

 ミキは俺達が決めた設定の通りに、力の限りの抵抗を見せた。しばしの間俺らはくんでほぐれつし、俺は性行為というよりも、柔道かレスリングの寝技に持ち込もうとしている、スポーツ選手にでもなった気がしてきた。

 僕らはロマンスのためではなく、激しい運動量のために互いの息が上がり、セックスはスポーツだという、何処かで耳にした事のある格言が、俺の頭の中で駆け巡り始めた時、やっと俺はミキに馬乗りになり、両手を押さえ込んで、動きを封じる事に成功した。

 ミキと俺は2人とも、ハァハァと荒い息づかいをし、もうセックスなんてどうでもいいかもしれないという気持ちになりかかっていた。
 だがその時。
 ミキはすっと体の力を抜いて抵抗を止めると、潤んだ目をして、僕にそっと、優しくこう囁いた。
「ケンちゃん、・・・あたし何だか燃えてきちゃった。
 だから、抱いて。」
 俺の心はその言葉にぐらりときてしまった。
そして彼女が愛おしくなり、頷いてみせてからその後は、ミキに導かれるがまま、レイプの話なんかすっかり忘れてしまって、穏やかに事に及んだのである。
 ☆☆☆
なぜ。なぜなんだろう。
 俺は“冷酷”どころか、彼女のリクエストに親切に答える、優しい、(だが、たぶんあまり売れていない)ホストのようになってしまっていた。正直“レイプ”どころの話じゃない。

 俺の計画は頭ごなしに失敗してしまった。
 ・・・そう、いっつもこうなのだ。
 どうしてことは、いつだって俺が思うように流れていかないのか?
 ミキを激しくいかせて泣かせるつもりが、ミキに別れを告げて彼女の家を後にした時、泣きたい気持ちになっていたのは、俺の方だった。

 その時の僕・・・、ではない、俺は、確かにみじめだった。

 そして俺は自分の何かが間違っているのかと、自問自答を繰り返しながら、家路についたのである。
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