極悪人

桃青

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 俺は極悪人になりたいと思っている。

 顔がいい男も、頭のいい男も、仕事ができる男も、・・・どれもかっこいいし、いかしていると思うのだが、でもやっぱり最高にクールなのは。
 『極悪人』だと俺は思う。

 世の中の賢者はもっともらしい顔をして、

「やっぱり普通であることが1番だよ。」

 なんて夢も希望もないような事を言うけれど、
 ―俺はそんなの信じないね。

 凡人なんてつまらない。スリルがあり、冒険がある人生こそが、最高の男の人生だぜ。
 穏やかで、平和な一生なんて、俺は真っ平御免だ。

 その点、悪人というのはやはりかっこいい。
 
この世を斜に構えてみる態度!
 アナーキーな世界観!そして、
 そんな思考を中心に据えて行動する、
 ・・・なんともクールな姿勢!

 そんな人間像を想像しただけで、俺は何だかゾクゾクしてくる。

 が、だからと言って、そんな俺でもやはり、牢屋には入りたくないと思っている。つまり、犯罪をしでかすほどの勇気はないのだが、それでも俺は誰よりもクール(格好いい!)・・・になる事を目指し、そして実際にクールな人間でいるつもりでいたのだ。

 だが、しかし。
 俺の友達、そして家族、さらに恋人までが、俺の事を、

 ケンちゃん(俺の名前が健一だから)

 と呼ぶ。全く恐怖の欠片も感じさせない、穏やかな呼び名だ。俺はみんなからこう呼ばれる度に、まるで自分が幼稚園児に戻ったかのような気分になる。

 そうなのだ。
 俺の周囲の人々は口々に、僕・・・じゃない、俺という人間は、クールどころではなく、相手に恐怖を微塵も感じさせないという。

 なぜだ。何故、そう見えないんだ。

 そういえば、俺は肺がんになるのが怖くて、いかにもワルなイメージを漂わせる煙草が、全く吸えないし、ワルな話に付き物のお酒も、体質的に全く飲めないし、(過去に一度、そんな自分をどうしても変えたくて、無理をしてワインを一本、飲み干した事があるのだが、その時は倒れて、救急車沙汰になった。)崩れた人生には付き物の、女遊びもした事がない。(・・・というよりも、そもそも俺はモテないので、遊べるほどの女性が僕の元に寄ってこないのが、最大の理由である。)

 なるほど。こうやって考えてみると、確かに俺には、心に出来る影のような暗さ・・・、つまり言い換えるならば、『不良』の要素がどこにも見当たらないのだ。
 幼少の頃から何の違和感もなく、“ケンちゃん”と呼ばれ続ける理由が、僕・・・ではなく、俺にも、段々と見えてきた気がする・・・。

 俺はワルな男になるための道を、何か間違っているのか?
 進むべき道は、これであっているのか?
 ―俺は・・・、このままでいいのだろうか。

 俺は空想の中で、様々なクールな自分を思い描く。

 時として俺は大怪盗になり、まるでルパン三世のように、秘密の金庫から謎が秘められた秘宝を盗み出して、追っ手を小馬鹿にしてから、颯爽と姿を消す。
 そして時として俺は、俺の冷酷な態度に惚れて、目を潤ましてすり寄ってくる可愛い女に、今の自分では絶対に出来そうにない、まるでゴルゴ13のような冷酷無比な態度で、熱いセックスを一発かまし・・・。
 そして実は俺は、政府公認の非公式なスパイだったりなんかして、悪いとも、また決して良いとも言えないが、国にとって邪魔な存在である人物を、この手で殺めたり・・・。

 全く。頭の中の世界では、俺はどこまでだって自由だ。そしてもし誰かが俺の頭の中を覗いたなら、きっとその、あまりの妄想の冷酷さに、戦慄を感じたりするに違いないんだ。
 フフフフフフ・・・。

 しかし現実の俺ときたら・・・。
 特別な物を何も持たない、まるで透明人間のように、世間の中で存在感のない、平凡な人物、ケンちゃんである。そして世間の人は俺を、誰も注目しないし、ただの人畜無害な人として扱うのだ。
 まこと面白くない。

 たぶん、・・・きっとこのままではいけない。
 確かに俺の妄想だけは一人前だが、現実がちっとも追いついてきていないのだ。
 
そこで俺はある決意をした。
初めから大きなことを成し遂げるのは、誰にとっても不可能な事だ。だから俺も最初から高望はしない。
 でも、とりあえず身の回りの小さな事から、俺は実際に行動を起こしてみて、改めて俺の冷酷さを試してみる事にしたのである。
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