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☆締めくくり
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お昼ごろ、私と父はご飯を食べながら、BSにチャンネルを合わせて、だらだらと時間を潰していた。父はぽそぽそしたチャーハンを口に運びながら、ぼんやりと言った。
「母さん、消えちゃったな」
「そうだね」
今朝、母が消えたと分かったとき、父が大きなショックを受けるのではないかと心配していたが、さすが年の功、事実を淡々と受け止め、意外にもしゃんとしていた。父は続けて言う。
「俺達が見ていた母さんは、本当にいたんだろうか」
「ちょっと待っていて」
そう言って私は席を立ち、自分の部屋まで行って、ミニノートを取ってくると、父に渡した。
「ほら、お父さん。お母さんお手製の格言集」
「お。どれどれ、本当だ」
「ちょっと中を読んでみてよ」
「よし。ならお父さんが気に入ったやつを―。
『食べて、寝て、働いて、うんこ。これが人生です』」
「なんか夢も希望もないな」
「でも道子、母さんの言う通りだぞ。それから……。
『お父さん、邪魔だと思いつつ、大好きです』」
「何か私の思いを代弁したかのような―」
「何だ、道子。何か言ったか?」
「いや、なんでもない。他には?」
「まだまだあるけれど、今日はこの辺でやめておこうか。毎日の楽しみのために、少しずつ読んでいこう」
「それもいいかもね」
「……。やっぱり、母さんはいたんだな。この言葉は母さんの言葉だしな」
「本当にそうだね」
私と父は顔を見合わせて苦笑した。母がいた日々は嵐のようだったが、掻き回されて、何かが浄化したのも事実だった。まるで台風は去った後の空のような心持ちだ。私は言った。
「お父さん、ありがとう」
「うん、何がだ?」
「寿命を五年も使って、お母さんを生き返らせてくれて」
「なんだ。道子は生き返ってほしくなかったとか言ってなかったか」
「そうだったけれど、私は変わったの。ゾンビ母ちゃんと、通じ合えた気がするから。それができて、本当によかった」
「ゾンビ母ちゃん。面白いネーミングだ。まさしくその通りだな」
「ハハハ。野本くんが考えた言葉なの」
「野本くんが? 彼は母さんが生き返ったことを知っているのか?」
「うん。でも信じているかどうかは分からないよ」
「ま、普通の人間だったら、信じないだろう」
「でも彼は、あまり普通の人間じゃないし」
私と父の会話のテーマはSFめいていたが、穏やかな日常の光景だった。母はもういない。でも私達はナチュラルに、現実に馴染んでいこうとしていた。
本当の、自分の人生を手に入れるために。
「母さん、消えちゃったな」
「そうだね」
今朝、母が消えたと分かったとき、父が大きなショックを受けるのではないかと心配していたが、さすが年の功、事実を淡々と受け止め、意外にもしゃんとしていた。父は続けて言う。
「俺達が見ていた母さんは、本当にいたんだろうか」
「ちょっと待っていて」
そう言って私は席を立ち、自分の部屋まで行って、ミニノートを取ってくると、父に渡した。
「ほら、お父さん。お母さんお手製の格言集」
「お。どれどれ、本当だ」
「ちょっと中を読んでみてよ」
「よし。ならお父さんが気に入ったやつを―。
『食べて、寝て、働いて、うんこ。これが人生です』」
「なんか夢も希望もないな」
「でも道子、母さんの言う通りだぞ。それから……。
『お父さん、邪魔だと思いつつ、大好きです』」
「何か私の思いを代弁したかのような―」
「何だ、道子。何か言ったか?」
「いや、なんでもない。他には?」
「まだまだあるけれど、今日はこの辺でやめておこうか。毎日の楽しみのために、少しずつ読んでいこう」
「それもいいかもね」
「……。やっぱり、母さんはいたんだな。この言葉は母さんの言葉だしな」
「本当にそうだね」
私と父は顔を見合わせて苦笑した。母がいた日々は嵐のようだったが、掻き回されて、何かが浄化したのも事実だった。まるで台風は去った後の空のような心持ちだ。私は言った。
「お父さん、ありがとう」
「うん、何がだ?」
「寿命を五年も使って、お母さんを生き返らせてくれて」
「なんだ。道子は生き返ってほしくなかったとか言ってなかったか」
「そうだったけれど、私は変わったの。ゾンビ母ちゃんと、通じ合えた気がするから。それができて、本当によかった」
「ゾンビ母ちゃん。面白いネーミングだ。まさしくその通りだな」
「ハハハ。野本くんが考えた言葉なの」
「野本くんが? 彼は母さんが生き返ったことを知っているのか?」
「うん。でも信じているかどうかは分からないよ」
「ま、普通の人間だったら、信じないだろう」
「でも彼は、あまり普通の人間じゃないし」
私と父の会話のテーマはSFめいていたが、穏やかな日常の光景だった。母はもういない。でも私達はナチュラルに、現実に馴染んでいこうとしていた。
本当の、自分の人生を手に入れるために。
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