りぷれい

桃青

文字の大きさ
上 下
48 / 48

☆締めくくり

しおりを挟む
 お昼ごろ、私と父はご飯を食べながら、BSにチャンネルを合わせて、だらだらと時間を潰していた。父はぽそぽそしたチャーハンを口に運びながら、ぼんやりと言った。
「母さん、消えちゃったな」
「そうだね」
 今朝、母が消えたと分かったとき、父が大きなショックを受けるのではないかと心配していたが、さすが年の功、事実を淡々と受け止め、意外にもしゃんとしていた。父は続けて言う。
「俺達が見ていた母さんは、本当にいたんだろうか」
「ちょっと待っていて」
 そう言って私は席を立ち、自分の部屋まで行って、ミニノートを取ってくると、父に渡した。
「ほら、お父さん。お母さんお手製の格言集」
「お。どれどれ、本当だ」
「ちょっと中を読んでみてよ」
「よし。ならお父さんが気に入ったやつを―。
『食べて、寝て、働いて、うんこ。これが人生です』」
「なんか夢も希望もないな」
「でも道子、母さんの言う通りだぞ。それから……。
『お父さん、邪魔だと思いつつ、大好きです』」
「何か私の思いを代弁したかのような―」
「何だ、道子。何か言ったか?」
「いや、なんでもない。他には?」
「まだまだあるけれど、今日はこの辺でやめておこうか。毎日の楽しみのために、少しずつ読んでいこう」
「それもいいかもね」
「……。やっぱり、母さんはいたんだな。この言葉は母さんの言葉だしな」
「本当にそうだね」
 私と父は顔を見合わせて苦笑した。母がいた日々は嵐のようだったが、掻き回されて、何かが浄化したのも事実だった。まるで台風は去った後の空のような心持ちだ。私は言った。
「お父さん、ありがとう」
「うん、何がだ?」
「寿命を五年も使って、お母さんを生き返らせてくれて」
「なんだ。道子は生き返ってほしくなかったとか言ってなかったか」
「そうだったけれど、私は変わったの。ゾンビ母ちゃんと、通じ合えた気がするから。それができて、本当によかった」
「ゾンビ母ちゃん。面白いネーミングだ。まさしくその通りだな」
「ハハハ。野本くんが考えた言葉なの」
「野本くんが? 彼は母さんが生き返ったことを知っているのか?」
「うん。でも信じているかどうかは分からないよ」
「ま、普通の人間だったら、信じないだろう」
「でも彼は、あまり普通の人間じゃないし」
 
  私と父の会話のテーマはSFめいていたが、穏やかな日常の光景だった。母はもういない。でも私達はナチュラルに、現実に馴染んでいこうとしていた。
 本当の、自分の人生を手に入れるために。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.11 花雨
ネタバレ含む
桃青
2021.08.13 桃青

すいません、返信遅くなりました。ありがとうございます。嬉しいです。

解除

あなたにおすすめの小説

金サン!

桃青
ライト文芸
 占い師サエの仕事の相棒、美猫の金サンが、ある日突然人間の姿になりました。人間の姿の猫である金サンによって引き起こされる、ささやかな騒動と、サエの占いを巡る真理探究の話でもあります。ライトな明るさのある話を目指しました。

さよならまでの7日間、ただ君を見ていた

東 里胡
ライト文芸
旧題:君といた夏 第6回ほっこり・じんわり大賞 大賞受賞作品です。皆様、本当にありがとうございました! 斉藤結夏、高校三年生は、お寺の子。 真夏の昼下がり、渋谷の路地裏でナナシのイケメン幽霊に憑りつかれた。 記憶を無くしたイケメン幽霊は、結夏を運命の人だと言う。 彼の未練を探し、成仏させるために奔走する七日間。 幽霊とは思えないほど明るい彼の未練とは一体何?

この秘密を花の名前で呼んだなら

白湯すい
BL
まだ冬の寒さの名残がある冷たい風の吹く海で、彼はひとりぼっちで居た。 ―― かつて暮らした町を離れた海沿いの田舎町で出会った、どこか寂しさを漂わせた二人。高校教師の志水孝文と、その教え子の花崎薫が出会い、ゆったりと歩み寄っていく。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

薄桜記1

綾乃 蕾夢
ライト文芸
神刀〈紅桜〉 代々巫女に受け継がれる一本の刀と、封印された鬼、魄皇鬼(はくおうき)の復讐。

スパイスカレー洋燈堂 ~裏路地と兎と錆びた階段~

桜あげは
ライト文芸
入社早々に躓く気弱な新入社員の楓は、偶然訪れた店でおいしいカレーに心を奪われる。 彼女のカレー好きに目をつけた店主のお兄さんに「ここで働かない?」と勧誘され、アルバイトとして働き始めることに。 新たな人との出会いや、新たなカレーとの出会い。 一度挫折した楓は再び立ち上がり、様々なことをゆっくり学んでいく。 錆びた階段の先にあるカレー店で、のんびりスパイスライフ。 第3回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚

日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。