りぷれい

桃青

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26.宿にて

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 江ノ島観光を終えた後、私が二人を先導して、宿へと向かった。とある駅からちょっと離れたところにある、民宿のようにも見える質素な宿で、家庭的な食事と、小さ目な共同浴場があること、かつ、手に負える料金設定が売りだった。宿泊する和室の部屋に入ると、ふっと気が抜けて、初めて疲れを感じた。ずっと心にわだかまっていた疑問を、私は母にぶつけた。
「お母さん。幽霊でも疲れるの?」
「疲れるわよ。ただどんなに疲れたとしても、死なないんじゃないかしらね」
「もう死んでいるもんね。なんかややこしいなあ」
「母さん、道子、時間があるから二人で、風呂に行ってこい。俺も一人で風呂に入ってくる」
「そうね、そうしましょ。道子、行きましょうよ」
「うん、分かった。じゃ、お風呂に行く準備をして、と」
 バタバタしながら支度を済ませて、母と私は連れだって、女湯へ向かった。
  …*…*…
 のれんをくぐって脱衣所に着くと、人が誰もいない。浴場には数人いるようだが、殆ど貸切りみたいなものだ。服を脱ぎながら母は満足気に言った。
「これならゆったり入れるわね」
「宿の説明によると、ささやかな露天風呂もあるらしいよ」
「道子、二人で露天風呂に入りましょ。気持ちよさそうだわ」
「そうだね、じゃ、まずは体と頭を洗ってから」
 私と母は頷き合うと、タオルを片手に浴場に入った。
 私達が体や頭を洗っている間に、他のお客は出ていってしまって、気付くと本当に貸切りになってしまった。食事の時間が近いからだろうか。しかし私と母には好都合だ。体を洗い終えた私は、浴場に響き渡る大声で言った。
「お母さん、本当に露天風呂があるみたい。あの扉の向こうがそうだって」
「そうなの? 私も後から行くから、道子、先に行ってて」
「分かった」
 私は一足先にそちらへ向かって、ガラリと扉を開けた。木の板の壁で囲まれた場所に、小さな池のようなものがあった。
「ちっちゃ」
 と言いながら、ぽちゃんとその中に浸かった。戸外だが、意外にもちゃんと温かい。月も星も見えない黒色の空を眺めていたら、ガラリと扉を開けて、母もやってきた。
「道子、私も入るわよ」
 そう言って遠慮なくぽちゃんと、母も風呂に浸かった。
「ちっちゃいねえ」
 そういう母に、思わず私は笑いそうになりながら言った。
「私もそう思っていたとこ」
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