りぷれい

桃青

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13.すれ違う人々

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 そう言って私は、さらにページをめくった。そこは赤ちゃんや子供達の写真で埋め尽くされており、私は一枚の写真を指差して言った。
「これは、お母さんが子供の時の写真でしょ」
「そう。分かる?」
「うん。何となく空気がお母さんだもの」
「姉さんと妹に挟まれて、幸せな毎日だった。私、学校では常に優等生だったのよ」
「凄いね」
「学級委員に選ばれるのはいつも私だったし、絵や文章のコンクールだって、必ず私が出たものよ。お金のせいで、学校は高校までしか通えなかったけれど、もし大学まで進学していたら、私キャリアウーマンになれたかもって、死んでも悔やんでいるわ」
「学校を出た後、仕事はどうだったの」
「皆から一目置かれる存在だった。上司にも可愛がってもらったし、出張から食事まで、色々な所に連れて行ってくれたしね」
 ふと父が口を挟んだ。
「母さんは、挫折を知らないんだな」
 私も頷いて言った。
「そうだね」
「あら、そうかしら。私、大学へ行けなかったことで、散々悔しい思いをしてきたわ。壁にぶつかって悔し泣きをしたことだって―」
「それも挫折かもしれない。でも、本当の―、っていうのはおかしいけれど、真の挫折っていうのは、暗い闇を覗き込むような、救いのないものだよ。どうしていいかも分からないし、先も見えない。
 お父さんはそういう体験あるの?」
「俺は、父と母を若くして亡くしたときだな。孤児みたいになった時期がある。金もなかったし」
「なら、道子は挫折がないでしょ」
「……あるよ」
「そうなの? どんな挫折?」
「自分を完全に見失ってしまった。どうしたらいいのか何も分からなくなった。あんな絶望があることを初めて知った」
「それ、挫折じゃないわ。自分でどうにかすればいいことじゃない」
「……。お母さんは、そう言うんだ」
 私の心はたちまち暗い何かで満たされ、無言になった。言葉が浮かんでこなくなる。何を言えばいいのか分からない。母はよいしょっと言って立ち上がり、私の変化に気付くこともなく父に話し掛けた。
「夕食を作らないと。お父さんは何を食べたいの」
「ん? 煮物。筍の入ったやつ」
「はいはい。あとお味噌汁かしら。それでいい?」
「うん、いいよ」
 父と母は何事もなかったかのように、私のいる場所から離れていった。これが私の真の家族風景だと、私は胸の痛みと共に思う。この世界から逃げ出したくて、私は家を出たのである。
 一人の生活は決して楽なものではなかったけれど、無意識でつけられる傷に意味なんてない、と自分に言い聞かせる有余があった。その空間が持てるというだけで、充分私にとって意味のあることで―。
 たぶん母はどうでもいいと思う、いや、思いすらしないに違いないと思うけれど。
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