14 / 48
13.すれ違う人々
しおりを挟むそう言って私は、さらにページをめくった。そこは赤ちゃんや子供達の写真で埋め尽くされており、私は一枚の写真を指差して言った。
「これは、お母さんが子供の時の写真でしょ」
「そう。分かる?」
「うん。何となく空気がお母さんだもの」
「姉さんと妹に挟まれて、幸せな毎日だった。私、学校では常に優等生だったのよ」
「凄いね」
「学級委員に選ばれるのはいつも私だったし、絵や文章のコンクールだって、必ず私が出たものよ。お金のせいで、学校は高校までしか通えなかったけれど、もし大学まで進学していたら、私キャリアウーマンになれたかもって、死んでも悔やんでいるわ」
「学校を出た後、仕事はどうだったの」
「皆から一目置かれる存在だった。上司にも可愛がってもらったし、出張から食事まで、色々な所に連れて行ってくれたしね」
ふと父が口を挟んだ。
「母さんは、挫折を知らないんだな」
私も頷いて言った。
「そうだね」
「あら、そうかしら。私、大学へ行けなかったことで、散々悔しい思いをしてきたわ。壁にぶつかって悔し泣きをしたことだって―」
「それも挫折かもしれない。でも、本当の―、っていうのはおかしいけれど、真の挫折っていうのは、暗い闇を覗き込むような、救いのないものだよ。どうしていいかも分からないし、先も見えない。
お父さんはそういう体験あるの?」
「俺は、父と母を若くして亡くしたときだな。孤児みたいになった時期がある。金もなかったし」
「なら、道子は挫折がないでしょ」
「……あるよ」
「そうなの? どんな挫折?」
「自分を完全に見失ってしまった。どうしたらいいのか何も分からなくなった。あんな絶望があることを初めて知った」
「それ、挫折じゃないわ。自分でどうにかすればいいことじゃない」
「……。お母さんは、そう言うんだ」
私の心はたちまち暗い何かで満たされ、無言になった。言葉が浮かんでこなくなる。何を言えばいいのか分からない。母はよいしょっと言って立ち上がり、私の変化に気付くこともなく父に話し掛けた。
「夕食を作らないと。お父さんは何を食べたいの」
「ん? 煮物。筍の入ったやつ」
「はいはい。あとお味噌汁かしら。それでいい?」
「うん、いいよ」
父と母は何事もなかったかのように、私のいる場所から離れていった。これが私の真の家族風景だと、私は胸の痛みと共に思う。この世界から逃げ出したくて、私は家を出たのである。
一人の生活は決して楽なものではなかったけれど、無意識でつけられる傷に意味なんてない、と自分に言い聞かせる有余があった。その空間が持てるというだけで、充分私にとって意味のあることで―。
たぶん母はどうでもいいと思う、いや、思いすらしないに違いないと思うけれど。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
金サン!
桃青
ライト文芸
占い師サエの仕事の相棒、美猫の金サンが、ある日突然人間の姿になりました。人間の姿の猫である金サンによって引き起こされる、ささやかな騒動と、サエの占いを巡る真理探究の話でもあります。ライトな明るさのある話を目指しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる