シャングリラ

桃青

文字の大きさ
上 下
34 / 40

33.

しおりを挟む
「間美!」
 私は力の限り、大声で叫んだ。電車がすぐ側をすり抜けていき、みのるが線路に飛び込もうとした間美にタックルして、体を抑え込んでいるのが見え、私はへなへなと全身の力が抜けていくのを感じたが、どうにか間美の前まで行き、倒れている彼女の側に座り込んで、一言だけ呟いた。
「何をやっているの……」
 間美と、間美の腕をつかんで離さないみのると、私は、しばらく無言のまま、互いの顔を見合っていた。息がどうにか落ち着くと、間美は私とみのるから目を逸らし、囁くような声で言った。
「止めないでほしかった」
「……止めないでほしかった? 」
 思わず私が言葉を繰り返すと、間美は言った。
「こずえには分からないよ」
 そう言われた途端、私の頭の中で、プツンと何かが切れた。私は一気にまくし立てた。
「ずっと、ずっと、間美に会えなくて寂しかったんだから。言いたいことも、説明したいこともあったし、何より間美の側にいたかった。私のことが大嫌いでも、憎んでいても構わないけれど、私は間美に、死んでほしくないの! 」
 すると間美の目が、ざっくり人を切るように、鋭い光を放った。それから間美もまくしたて始めた。
「こずえは幸せでしょう、高山さんと付き合えて! でも私に幸せは来ないし、第一、幸せなんて分からない! 何をしても、抜け出したくても抜け出せない絶望しかない、今の私の気持ちなんて、能天気なこずえに、話したって、絶対に分かるものか! 」
「私は馬鹿だけど、これだけは分かってる。間美が、……間美が、大切なの! これからいっぱい、色々なことをいっぱい話したいと思っていたし、死んで会えなくなるなんて、絶対に嫌だ! 」
「なら、私をこの苦しさから救ってよ! 闇ではなく光を見せて! それができないのなら、……私を止めないで! 」
 そう絶叫すると、間美は大声で泣き出した。彼女がそんなに乱れて、泣き叫ぶ所を、これまで見たことがなかったし、想像もできなかった。拒絶を覚悟で、私はそっと彼女の肩に手を置いたが、特に払いのけようともしない。私は静かに言った。
「今言ったことや、そういう思いを、これからはたくさん、私やみのるに話して聞かせてよ。高山さんが、間美が自殺するかもしれないって連絡をくれて、私達は間美を探し始めたの」
「……高山さんが? 」
「忘れていたでしょ。私も高山さんも、間美の敵ではなくって、仲間だってこと」
「二人が……、私の仲間? 」
 間美の言葉にみのるはフッと笑って言った。
「俺も仲間に加えてよ」
 私や高山さんやみのるが間美を助けたくても、力が及ばないことも一杯あるし、これから間美が絶対に自ら死なない、とは言えない。人生の扉を開いてゆくのは、間美の力でしかできない、彼女の人生の仕事だ。
 そんな間美の側に、私達がいることを忘れないでほしい。
 嫌がられようが、無視されようが、私は間美を見守っている。きっと、高山さんも、みのるも。それぞれの力が小さくても、絶対的なパワー。天使や神のような神々しい力でなくても―。いや、だからこそ、とても身近で大切なパワー。
 何だか自然に涙が溢れてきた。どうしてそんな分かりきった、当たり前のことを信じてくれないの。私は泣きながら言った。
「間美が私のことを嫌いなら、……っく、側にいるのをやめる。友達をやめても、……っく、いいし。でも、間美を見守りたい気持ちに、変わりは、……っく、ないから。変えるつもりもない」
 間美も泣きながら言った。
「高山さんと、っく、うまく、やってる? 」
「この間、初めてのデートをしたよ。神社へ行ったの。そこでお守りを買ってきた……、間美に」
「私に? 」
「そう。受験のお守り。見てみる? 」
「うん」
 私はいつでも渡せるように、常に鞄に忍ばせていたお守りを、そっと取り出して間美に渡した。間美は何も言わずに、しばらく受け取ったお守りを眺めていたが、ぽそっと言った。
「大学……。実は行くの、今、迷っているの」
「どうして? 」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

空想トーク

桃青
ライト文芸
孤独なカウンセラーと少女が出会い、小さな奇跡を起こす話です。

仔猫のスープ

ましら佳
恋愛
 繁華街の少しはずれにある小さな薬膳カフェ、金蘭軒。 今日も、美味しいお食事をご用意して、看板猫と共に店主がお待ちしております。 2匹の仔猫を拾った店主の恋愛事情や、周囲の人々やお客様達とのお話です。 お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

ボールの行方

sandalwood
青春
僕は小学生だけど、これでも立派な受験生。 放課後、塾のない日は図書館に通って自習するほどには真面目な子ども……だった。真面目なのはいまも変わらない。でも、去年の秋に謎の男と出会って以降、僕は図書館通いをやめてしまった。 いよいよ試験も間近。準備万端、受かる気満々。四月からの新しい生活を想像して、膨らむ期待。 だけど、これでいいのかな……? 悩める小学生の日常を描いた短編小説。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

初愛シュークリーム

吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。 第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます

処理中です...