シャングリラ

桃青

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 高山さんと両想いになれたのはよかった。それは幸福な出来事だった。だがそのことを、私は間美に話せずにいた。
 間美が最近不安定であることが、私には分かっていた。それは唐突に来る、間美からのLINEで十分に伝わっていたし、学校で話していても、クールな態度に変化はないけれど、過剰に喋ったり、急に無口になったり、明らかに話し方がおかしい。そんな彼女に向かって、高山さんと付き合っていますなんて、言えなかったのだ。
 間美の力になりたい。そう思う一方で、私は高山さんの彼女になり、ほわほわにさせられている。罪ではないのに、罪悪感を感じずにいられなかった。間美の気持ちを知っているからこそ、罪の意識は高まり、ますます本当のことが言えなくなる。
 今の間美に必要なのは、私でもみのるでもなく、おそらく高山さんなのだ。壊れてしまいそうな間美を見ながら、私の気持ちは切なくなるばかりだった。でもそれ以上に、間美が切なく苦しい思いをしていることを、私は分かっていた。
 ☆☆☆
 暑くなり、世界が夏色に染まっていく日々の中、放課後私の教室の前で、間美が立っていることに気付いて、私は帰り支度を済ませてから、廊下に出て彼女に声を掛けた。
「間美」
「こずえ、ちょっと話をしない? 」
「うん、いいよ。帰りながら話す? 」
「まず、学校の中庭で話そ」
「分かった」
 私と間美は、静かに廊下を歩き始めた。間美は何かを考えている様子で、私に言った。
「暑くなってきたね」
「ほんと。私、夏が大嫌い」
「気持ちのいい季節じゃない」
「気持ちはいいけれど、私は秋冬の、こもっていく感じが好きなの」
「そうなんだ。意外」
「電気ストーブをつけて、あったかーい部屋で、雨や雪を眺めながら、ハーゲンダッツの抹茶味を食べるのが、最高のシチュエーション」
「それもいいけれど、私は夏が好き」
「そうなの。何で? 」
「暑すぎて何も考えられなくなる感覚? あれが好きなの。将来は南国で暮らしたい」
「将来かあ。十年後の自分って、想像できる? 」
「……。私、死んでいるかも」
「死んでいないよ。私、何も想像できないなあ。楽しければそれでいいや、って思っている。アリとキリギリスなら、完全にキリギリス派」
「人生の楽しみって……、何かな」
「中庭に着いたよ。あそこにあるベンチに座ろう」
「うん」
 私達は濃い緑の気配が立ち込める中庭に、ぐいぐい入っていき、ベンチに腰掛けると、溜め息をついた。それから私は言った。
「で、話って何? 」
「あのね、こずえ。私、高山さんに告白する」
「……。いつ。どうやって? 」
「今日、こずえと一緒に天然石のお店へ行って、その時に。今日、バイトあるよね? 」
「う、ううん、うん」
「こずえが高山さんのこと好きなのを、私は知っているから……、裏でコソコソ告白をしたくなかったの。こずえのいる時に、言おうって」
「そ、そう」
「実は私、最近調子悪くて」
「……うん、分かってる」
「不安定になると、高山さんを思い出すの。依存かもしれないけれど、凄く、凄く彼に会いたくなる。彼だったら、こんな私をいなしてくれそうだし、何より今答えを出さないと、勉強にまで支障が出てきそうで。今、鬱っぽくなっているの」
「そうだと思ってた」
「体や心のどこにも、光が射さない感じ。頑張っても、逆に楽をしようとしても、闇から抜け出すことはできない。どんな理屈も通用せず、逃げ道もない、そんな暗い世界にいるわ」
「そういう時に、高山さんが、『逃げ場』を作ってくれるのかな」
「逃げきれないよ。苦しいことに少しも変わりはないよ。なのに、高山さんを求めてしまう。あの人といると、少し息ができる気がして。幸せに結びつけるような気がして。自分勝手だってことは、よく分かってる。ただ高山さんを利用したいだけなのかもしれない、私の心の安定のために。
 だけど、好き。どうしようもなく、好き」
 間美の語りを聞いていく内に、これは大変なことになったと私は思った。間美の依存心は今、かなり高いレベルにあり、それが全て雪崩のように、高山さんに向けられている。彼だったらたじろぐことなく、自分を見失わずに間美と接することができそうだが、間美の依存心が行き場をなくした時、期待が異常に高い分、余計に酷く、深い絶望に落ちていく気がする。
 もし、高山さんに振られてしまったら。
 その理由が、私と付き合っていることだと知ったら。
 想像するだけで恐ろしかった。間美はすっとベンチから立ち上がると言った。
「こずえ、一緒に帰ろう。で、天然石のお店へ行こう」
「間美、あ、あの……。うん、そうだね」
 私は言葉を飲み込んで、先を行く間美の後に、ついていった。
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