シャングリラ

桃青

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 玄関で靴を履き替える短い時間の間で考えた。みのるの固い表情と固い態度。明らかに漫画を読んでへらへらしている、普段の彼とは違う何か。もしや……。私と間美が並んで歩き出すと、みのるも後からついてきた。だが、雑談ができるような空気ではない。みのるは募っていく緊張感を無視するように言った。
「間美さん」
 次の瞬間、私は反射的に言った。
「私、ちょっと用事が、」
「いや、こずえもいてくれ。間美さん」
「はい」
「俺、間美さんのこと、好きだから」
「……告白? 」
「そうだよ。鬱の症状も分かった上で、告白してる。ずっと好きだった。だから……。
 俺のこと、どう思っているかな? 」
「好きだけれど……、恋という目線で考えたことがない」
「始めから、深い関係性にならなくてもいいよ。それでも友達以上になれるかどうか、知りたいんだ。今の気持ちを教えてほしくて」
「なら、……言うね。今、好きな人がいるの」
「……。そうなんだ。付き合って、いるの? 」
「付き合っていないけれど、……付き合えないかもしれないけれど、それでも好き」
「そうか」
 そう言うと、みのるは完全に黙った。私はこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、それはできない。間美は言った。
「みのるくんは、私にとって大切な人。それは嘘じゃない。図書館に着いたから、私は行くね。また明日、こずえ」
「あっ、ああ、うん。またね」
「みのるくんも、明日」
「うん。……さよなら」
 間美は透明感溢れる静かな態度で、私とみのるから離れ、図書館の中へ飲み込まれていった。私はどうしようという言葉で、脳内が埋め尽くされそうになっていたが、ようやく一言言った。
「駅まで一緒に帰ろう、みのる」
「うん。そうだね」
 私達は無言で、並んで歩き出した。しばしの間の後、みのるはボソボソと言った。
「一大決心をしたのに」
「うん。そうだね」
 私が相槌を打つと、みのるは真顔で私に訊ねた。
「こずえは知っているの、間美さんの好きな人のこと」
「うん。知っている」
「俺に教えてくれなかったな」
「そんなことをするほど、野暮じゃないよ、私」
「まあ、そうかも」
 ようやく私とみのるの視線がまともに合った。みのるは少し笑って言った。
「振られたけれど、間美さんのこと、嫌いになりそうもないよ」
「それはそれでいいじゃない。間美も縁を切りたいわけじゃなさそうだし。私、いてよかったかな、あの場に」
「うん。間美さんは、その方が話しやすい気がしたんだ」
「そう。ならいいや。みのる」
「何? 」
「私と仲間だよ。私も半分くらい失恋してる」
「半分? 何だ、それ」
「だからみのるの気持ちも、理解できるよ、身に染みて」
「友達だからって、そんな所が似なくてもいいのにさ」
「本当にそう」
 私達は小さく笑い出した。しばらく低い笑い声を漏らした後、みのるは言った。
「俺、家に帰ったら、たっくさん勉強しよう」
「何で? 」
「勉強して、いい大学に入って、一流企業に就職して、そうしたらモテるようになるだろ。オタクな自分を捨てて、女性でウハウハ言うようになるんだ」
「浅はかな考え」
「……。そうかな」
「でもいい大学に行くのは、いいことじゃない。いい大学を出て、悪いイメージが付くこともなさそうだし、勉強して損をしたって話も、あまり聞かないし」
「勉強していれば、忘れられるし」
「うん。そうだね」
「こずえの未来はフリーター、で、本当にいいの? 学生だから好きなだけ学べるという特権を、放棄していいの? 大学生だからできることも、きっとあるよ」
「私の選択は普通じゃないけれどさ、変な確信があるの。私の道はこれでいいんだ、っていう」
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