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日はさらに流れた。間美に呼び出されて、ある日の放課後、間美が教室から出てくるのを、スマホをいじりながら待っていると、落ち着いた彼女の声が聞こえた。
「こずえ」
「間美」
私達は互いの名を呼び合うと、立ち止まり、しばし相手を見つめた。生徒達が私達の周りを流れていき、私達の時だけが止まったような気がした、まるでSFのお話のように。間美は内気な様子でうつむいてから、すっと私を見て言った。
「よかったら、図書館まで一緒に帰らない? ……少し話したいの」
「うん、いいよ。そうしようか」
私はそう言って、歩き出した間美の後についていくと、彼女は階段でぴたっと立ち止まり、言った。
「こずえ、ありがとう」
「何が? 」
「私のメールアドレス、高山さんに教えてくれたでしょ」
「うん」
「そうしたら、彼からメールが来て」
「そうなんだ」
「一日に一回だけにしようって決めて、ずっとメールのやりとりをしているの。そのメールに、とても救われているわ」
「ふむ。よかったね」
そう言いつつも、私は自分の心がみるみるいじけていくのが分かった。そんな話は、高山さんから一切聞いていないし、私に彼からのメールが送られてきたのは、アドレス確認のための一通きりだ。私は少々ふてくされながら廊下を歩き出し、訊ねた。
「どうして一日一回なの? 一回だけじゃ、話しきれないこともあるでしょ? 」
「高山さんも忙しいし、私も一回って決まっている方がありがたいの。そうじゃないとメールに気を取られて、勉強に集中できないし、高山さんのメールに依存してしまう気がして」
「それに一回きりだったら、よーく考えてメールを書くよね」
「そう。だらだらしないのもいいし、まるで日記を書くように、冷静にその日のことを振り返られるの」
「高山さん、いいことを思いついたな」
「うん、私もそう思う」
玄関に着いて外を見ると、土砂降りの雨が降っていた。そういえば、梅雨入りをしたのだったと、季節の移り変わりに改めて気付いた。もうすぐアジサイが、虹のような色彩を放ち、咲き誇ることだろう。雨の季節、涙の季節。天から降り注ぐ慈雨の優しさに、自分まで溶けてしまいそうだ。私は呟いた。
「私、傘がないんだった」
「こずえ、私の傘があるよ。図書館までだったら入れてあげられるけれど……」
「ほんと? 助かる」
「それから後はどうするの? 」
「気合で行く」
「こずえらしい」
そう言って、間美はフフッと笑った。改めて、近頃の間美の様子を思い返してみた。すると、安定しているなという第一印象が、ぽわんと浮かんできた。恋をすると女の子は、ハートがお天気屋さんになる人がそれなりにいると思うが、そうさせないのが、高山さんの凄い所だ。冷静に自分を振り返ってみれば、それは私にも当てはまっていた。
「ね、間美の高山さんの第一印象って、どんな感じだったのかな」
私の疑問に、間美は目を輝かせて答えた。
「一筋縄ではいかない人」
「そんな第一印象だったの? それって褒めてる? 」
「褒めていないよ。底の見えない人だなーって、思ってた。それが少し怖い感じ」
「それは私にはなかったな。むしろ底のなさが、精神的深さに繋がっていて、彼の長所だと思っていたけれど」
私達は靴を履くと、間美が開いた傘に寄りそうようにして入り、校門へと続く道を歩き出した。
「こずえ、高山さんのこと好きでしょ」
間美の言葉にびっくりして、私は立ち止った。間美も私に習い、歩みを止める。十秒くらい思考が止まって、大降りの雨が降っていることさえ、忘れそうだった。間美は静かに言った。
「いいんだよ、隠さなくって」
「いつから、分かって……」
「随分前から。何となく、ね」
「そうか」
私が歩き始めると、間美も後からついてきた。私達はしばらく黙って先を進んだが、何とか立ち直ると、やっとこ私は言った。
「つまり、私達は、同じ人を……、好きになったのね? 」
「そうみたい。別に悪いことじゃないでしょう」
「でもさ、この恋の進展を、お互いに素直に喜べなくなるじゃない。友達の幸せを、ひがんだり、憎んだり……」
「ふふ。なんだか青春ドラマっぽいね」
「間美には幸せになってもらいたくて……」
「私もこずえには幸せになってほしいと思っているよ。ああ、着いた」
間美は図書館の入口で立ち止まって、すっと私を見た。私は戸惑いながら、間美に問うた。
「間美は私のこと、嫌いになっていない? 」
「嫌いじゃないよ。どうして」
「私は恋敵、ってか……、つまり邪魔者……」
「私は確かに、高山さんが好きだし、頼りにもしているけれど、もし高山さんに好きな人がいるなら、そのことをどうにもできないって思っている。私も、こずえも」
「うん、でも……」
「なるようにしかならない。じゃ、私は勉強頑張るね」
「う、うん。頑張って。また明日」
「また明日」
間美はくるりと身を翻し、図書館の中へ迷いなく入っていった。私は雨に打たれながら、馬鹿みたいにしばらくその場に立っていた。
「こずえ」
「間美」
私達は互いの名を呼び合うと、立ち止まり、しばし相手を見つめた。生徒達が私達の周りを流れていき、私達の時だけが止まったような気がした、まるでSFのお話のように。間美は内気な様子でうつむいてから、すっと私を見て言った。
「よかったら、図書館まで一緒に帰らない? ……少し話したいの」
「うん、いいよ。そうしようか」
私はそう言って、歩き出した間美の後についていくと、彼女は階段でぴたっと立ち止まり、言った。
「こずえ、ありがとう」
「何が? 」
「私のメールアドレス、高山さんに教えてくれたでしょ」
「うん」
「そうしたら、彼からメールが来て」
「そうなんだ」
「一日に一回だけにしようって決めて、ずっとメールのやりとりをしているの。そのメールに、とても救われているわ」
「ふむ。よかったね」
そう言いつつも、私は自分の心がみるみるいじけていくのが分かった。そんな話は、高山さんから一切聞いていないし、私に彼からのメールが送られてきたのは、アドレス確認のための一通きりだ。私は少々ふてくされながら廊下を歩き出し、訊ねた。
「どうして一日一回なの? 一回だけじゃ、話しきれないこともあるでしょ? 」
「高山さんも忙しいし、私も一回って決まっている方がありがたいの。そうじゃないとメールに気を取られて、勉強に集中できないし、高山さんのメールに依存してしまう気がして」
「それに一回きりだったら、よーく考えてメールを書くよね」
「そう。だらだらしないのもいいし、まるで日記を書くように、冷静にその日のことを振り返られるの」
「高山さん、いいことを思いついたな」
「うん、私もそう思う」
玄関に着いて外を見ると、土砂降りの雨が降っていた。そういえば、梅雨入りをしたのだったと、季節の移り変わりに改めて気付いた。もうすぐアジサイが、虹のような色彩を放ち、咲き誇ることだろう。雨の季節、涙の季節。天から降り注ぐ慈雨の優しさに、自分まで溶けてしまいそうだ。私は呟いた。
「私、傘がないんだった」
「こずえ、私の傘があるよ。図書館までだったら入れてあげられるけれど……」
「ほんと? 助かる」
「それから後はどうするの? 」
「気合で行く」
「こずえらしい」
そう言って、間美はフフッと笑った。改めて、近頃の間美の様子を思い返してみた。すると、安定しているなという第一印象が、ぽわんと浮かんできた。恋をすると女の子は、ハートがお天気屋さんになる人がそれなりにいると思うが、そうさせないのが、高山さんの凄い所だ。冷静に自分を振り返ってみれば、それは私にも当てはまっていた。
「ね、間美の高山さんの第一印象って、どんな感じだったのかな」
私の疑問に、間美は目を輝かせて答えた。
「一筋縄ではいかない人」
「そんな第一印象だったの? それって褒めてる? 」
「褒めていないよ。底の見えない人だなーって、思ってた。それが少し怖い感じ」
「それは私にはなかったな。むしろ底のなさが、精神的深さに繋がっていて、彼の長所だと思っていたけれど」
私達は靴を履くと、間美が開いた傘に寄りそうようにして入り、校門へと続く道を歩き出した。
「こずえ、高山さんのこと好きでしょ」
間美の言葉にびっくりして、私は立ち止った。間美も私に習い、歩みを止める。十秒くらい思考が止まって、大降りの雨が降っていることさえ、忘れそうだった。間美は静かに言った。
「いいんだよ、隠さなくって」
「いつから、分かって……」
「随分前から。何となく、ね」
「そうか」
私が歩き始めると、間美も後からついてきた。私達はしばらく黙って先を進んだが、何とか立ち直ると、やっとこ私は言った。
「つまり、私達は、同じ人を……、好きになったのね? 」
「そうみたい。別に悪いことじゃないでしょう」
「でもさ、この恋の進展を、お互いに素直に喜べなくなるじゃない。友達の幸せを、ひがんだり、憎んだり……」
「ふふ。なんだか青春ドラマっぽいね」
「間美には幸せになってもらいたくて……」
「私もこずえには幸せになってほしいと思っているよ。ああ、着いた」
間美は図書館の入口で立ち止まって、すっと私を見た。私は戸惑いながら、間美に問うた。
「間美は私のこと、嫌いになっていない? 」
「嫌いじゃないよ。どうして」
「私は恋敵、ってか……、つまり邪魔者……」
「私は確かに、高山さんが好きだし、頼りにもしているけれど、もし高山さんに好きな人がいるなら、そのことをどうにもできないって思っている。私も、こずえも」
「うん、でも……」
「なるようにしかならない。じゃ、私は勉強頑張るね」
「う、うん。頑張って。また明日」
「また明日」
間美はくるりと身を翻し、図書館の中へ迷いなく入っていった。私は雨に打たれながら、馬鹿みたいにしばらくその場に立っていた。
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