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安さで有名なファミレスに着き、店内に入ると、かなりの人がいる。案内されたテーブル席に着いて、水を取ってきてから一息つくと、高山さんはざっとメニューに目を走らせながら、言った。
「俺、ワイン飲んじゃおうかな、一杯だけ」
「いいな~、ワイン」
「そうか、こずえさんはまだ飲めないんだよね。ファンタグレープならあるよ」
「あの、馬鹿にしてます? 」
そう言うと、私と高山さんは互いに吹き出した。それから注文を済ませ、少しの間黙り込んだ。私はこの空気感が、実は好きなのだ。ふと、彼が言った。
「―ほんとに、受験しないの? 」
「はい」
「何で? 」
「頭が良くないから」
「就職は? 」
「しません」
「何で? 」
「自由になりたいから」
「何か、目指しているものとか、あったりするの」
「ないですね、今の所は」
「かなりの『さ迷える若者』だね」
そういう高山さんに、思わず私は聞き返した。
「高山さんだって、フリーターじゃないですか」
「……まさか、俺を見て、フリーターになりたいと思ったとか、」
「ええと、それは……。多分少しありますね」
少しどころか、実は大分だった。彼はちょっとの間口を閉じてから、静かに言った。
「フリーターでいるのは、考える所があるからね、俺の場合」
「え、そうなんですか。どんなことを? 」
「うまく言えないんだ。明確な目標じゃないから。でも準備ができたら、そのために動き出す。だから今は、資金を貯めている感じかな」
「フリーターで、貯金ってできるものでしょうか? 」
「仕事にもよるけれど、その気になればできると思う。ただ、効率的ではない」
「うん」
「間美さんは受験するんだろう? 鬱なのに」
「するはずです。間美の場合は、大学に行く方がいいかも。家が裕福だし、大学さえ受かれば、休学という手段も取れるかもしれないし」
「鬱の状態で普通の仕事をこなすのは、茨の道だね。俺、鬱病じゃないけれど、鬱っぽかった時期があった」
「高山さんが? 」
「うん。二年くらいの間だったかな。理由もなく、馬鹿みたいに自分を責めていた」
「そうなるには、何かの理由があった? 」
「若すぎて、世の中、あるいは世界というものを、理解しかねていたんだろうな。単純に言えば、キャパオーバーってこと。俺の場合は仕事をやることで、むしろ鬱っぽい気持ちが解消されていったけれど、きついことに変わりはなかった」
「―鬱って、脳の病気とか、心の病とか言われるけれど、本当にそうなのでしょうか? 」
「うん? 」
目の前に料理が運ばれてきた。私は注文したサラダうどんに手をつけようとして、ふと箸を止め、話の続きを話した。
「私なりに調べてみたんです、鬱って何なのか、知りたいと思って。Youtubeで調べたり、分かりやすい本を読んでみたりしました。すると、鬱と言っても、色々なタイプの人がいて、一括りにできないんですよね。ただ皆、答えのない思考のループに嵌まり込んでしまう。現実と結びつかない別世界へ行ってしまうんです。人としての根源が、ズレている感じ」
高山さんは、運ばれてきたワインとポテトフライを口にしながら、真面目な顔をして言った。
「なら、根源的なズレを直せば、病が治るってこと? 」
「多分。ただズレているものを、いくらズレていないと主張しても、それは嘘になる。ズレていることを、ズレていると認識できるようになったら、治るきっかけを手にしたことになるかもしれないです。すぐに、イコール解決とはいかなくても」
「認識できても、答えには辿り着かないのか」
「そこから後は、運、みたいなものなのかな。なるようにしかならない」
「なんか壮大なテーマで、ある意味ファンタジックだね。鬱についてそんな表現をしたら、怒られそうだけれど」
「ネガティブに受け取るよりは、そうやってポジティブに受け止めた方が、私は明るくっていいと思います」
そう言ってから、お腹がペコペコなことに気付いて、私はずるずると勢いよくうどんを啜った。高山さんはシーフードパスタを口に運んでいたが、ぽそりと言った。
「俺、ワイン飲んじゃおうかな、一杯だけ」
「いいな~、ワイン」
「そうか、こずえさんはまだ飲めないんだよね。ファンタグレープならあるよ」
「あの、馬鹿にしてます? 」
そう言うと、私と高山さんは互いに吹き出した。それから注文を済ませ、少しの間黙り込んだ。私はこの空気感が、実は好きなのだ。ふと、彼が言った。
「―ほんとに、受験しないの? 」
「はい」
「何で? 」
「頭が良くないから」
「就職は? 」
「しません」
「何で? 」
「自由になりたいから」
「何か、目指しているものとか、あったりするの」
「ないですね、今の所は」
「かなりの『さ迷える若者』だね」
そういう高山さんに、思わず私は聞き返した。
「高山さんだって、フリーターじゃないですか」
「……まさか、俺を見て、フリーターになりたいと思ったとか、」
「ええと、それは……。多分少しありますね」
少しどころか、実は大分だった。彼はちょっとの間口を閉じてから、静かに言った。
「フリーターでいるのは、考える所があるからね、俺の場合」
「え、そうなんですか。どんなことを? 」
「うまく言えないんだ。明確な目標じゃないから。でも準備ができたら、そのために動き出す。だから今は、資金を貯めている感じかな」
「フリーターで、貯金ってできるものでしょうか? 」
「仕事にもよるけれど、その気になればできると思う。ただ、効率的ではない」
「うん」
「間美さんは受験するんだろう? 鬱なのに」
「するはずです。間美の場合は、大学に行く方がいいかも。家が裕福だし、大学さえ受かれば、休学という手段も取れるかもしれないし」
「鬱の状態で普通の仕事をこなすのは、茨の道だね。俺、鬱病じゃないけれど、鬱っぽかった時期があった」
「高山さんが? 」
「うん。二年くらいの間だったかな。理由もなく、馬鹿みたいに自分を責めていた」
「そうなるには、何かの理由があった? 」
「若すぎて、世の中、あるいは世界というものを、理解しかねていたんだろうな。単純に言えば、キャパオーバーってこと。俺の場合は仕事をやることで、むしろ鬱っぽい気持ちが解消されていったけれど、きついことに変わりはなかった」
「―鬱って、脳の病気とか、心の病とか言われるけれど、本当にそうなのでしょうか? 」
「うん? 」
目の前に料理が運ばれてきた。私は注文したサラダうどんに手をつけようとして、ふと箸を止め、話の続きを話した。
「私なりに調べてみたんです、鬱って何なのか、知りたいと思って。Youtubeで調べたり、分かりやすい本を読んでみたりしました。すると、鬱と言っても、色々なタイプの人がいて、一括りにできないんですよね。ただ皆、答えのない思考のループに嵌まり込んでしまう。現実と結びつかない別世界へ行ってしまうんです。人としての根源が、ズレている感じ」
高山さんは、運ばれてきたワインとポテトフライを口にしながら、真面目な顔をして言った。
「なら、根源的なズレを直せば、病が治るってこと? 」
「多分。ただズレているものを、いくらズレていないと主張しても、それは嘘になる。ズレていることを、ズレていると認識できるようになったら、治るきっかけを手にしたことになるかもしれないです。すぐに、イコール解決とはいかなくても」
「認識できても、答えには辿り着かないのか」
「そこから後は、運、みたいなものなのかな。なるようにしかならない」
「なんか壮大なテーマで、ある意味ファンタジックだね。鬱についてそんな表現をしたら、怒られそうだけれど」
「ネガティブに受け取るよりは、そうやってポジティブに受け止めた方が、私は明るくっていいと思います」
そう言ってから、お腹がペコペコなことに気付いて、私はずるずると勢いよくうどんを啜った。高山さんはシーフードパスタを口に運んでいたが、ぽそりと言った。
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