buroguのセカイ

桃青

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 都会の喧騒に紛れて、高架下や高層ビルの間を歩きだすと、私は不思議な高揚感に包まれた。これだけの人がこの街にはいる。世界はこんなにもけたたましく動いている。その中で自分を見失わず、己の道をそれぞれに歩いて行く人々が、奇跡のように思えた。彼らはどんな運命の下で、使命を果たしているのだろうか。
 私はただ、幸せになりたいだけ、なのに川村さんという存在に巻き込まれて、自分の道を見失いそうになっている……。そのことを、薄っすらとだが理解はしていた。
「……こうか」
 川村さんが低い声で言った。私はうまく聞き取れなかったので、大声で聞き返した。
「はい? 」
 彼は私に背を向けたまま、淡々と言った。
「ホテルに、行こうか」
「……」
「ここらへんにそういうホテル、いくつかあるんだよな。前に見たことがある」
「……でも」
「俺の言いたいこと、分かるよね」
「分かります。でも私はそういう気分じゃ、」
「行けばその気になるかもよ」
「―いえ。なりません」
「どうして分かる? 」
「私達、フェイクなんです」
「言っている意味が分からないが」
 気付くと川村さんと私は、街に潜んでいた裏通りを歩いていた。湿っぽく、くすんだ雰囲気の場所で、川村さんの目的地であろう、ラブホテルらしき看板がいくつか見え、派手な色彩で、灰色の街並みに異質な明るさをプラスしている。私は一呼吸置いてから、続きを話した。
「私達はブログで知り合い、ラインや電話で会話をし、ブログの写真を撮るために会うようになり、関係を深めるために付き合った。流れとしては真っ当に見えます」
「うん」
「でも、恋愛の核である『愛』は、どこにあるんでしょうか。上辺だけがきれいに整い、本心は何も伴っていないんです。外面に非がなくても、大切なものが空っぽのままです。その虚しさは、私がブログをやめた一番の理由でもあります」
「フェイク? そんなものどうだっていいね。俺は今、自分のやりたいことがはっきりと分かっているんだ。女の人が言う、愛がどうとかいう理屈の方が、男の俺にはまやかしに聞こえるよ。君はただ、逃げているだけ―」
「いえ、逃げてなんかいない。自分ときちんと向き合っています。愛のない男女関係は、どちらにとっても自分を落とす行為です。それでもやろうと、あなたが言うのなら。
 川村さん、私達はここで別れましょう」
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