女執事、頑張る

桃青

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(そっか。正道様もやっぱり、夜遊びをなさるんだ。)
 ひろみは教えられた通り、駅に向かう道を歩きながら、しんと心の中でそう思った。
(男の人って大抵女遊びが好きで、女をまるで物のように買ったりする人がいるという事も、もちろん知っている。でも…。正道様はそんな事をなさる人じゃないって、心の何処かで信じていた。)
 ひろみはたった1人で、寂しく夜の札幌の町を歩きながら、自分でも理由が分からないまま、いつしか泣きたい気持ちになっていた。そして涙を堪えながら、さらに思った。
(お金のある正道様の事だもの、ススキノで自分のしたい事をやろうと思えば、いくらでも好きなようにできるはず。そんな成金趣味的な遊びや売春を、もし正道様がやるのだとしたら…。
 何だか凄く悔しい。今までずっと信じていたものが、裏切られた気分だ。)
 そして気が付くとひろみは、今ではすっかり見覚えた、札幌駅の駅前に辿り着いていた。ちょっとの間、目前に広がる綺麗な夜景に気を取られた後、宿泊先のホテルを見つけ出すと、彼女はホテルに向かって歩き始めた。
(私は…、正道様の執事だ。そして正道様は大人の男なんだから、特に私が手出しするべき事は何もないはず。ただ正道様を見守って、正道様の命令に従えば、それでいいんだ…。)
 そう思いながらひろみは、ホテルに入っていき、チェックインを済ますと、自分の泊まる部屋へと足を向けた。
 … … …
 ひろみはシングルの個室で、時間を持て余しながら、何となくテレビをつけて、その画面を眺めていた。正道の帰りを、待てる限りは待つつもりだったが、どこかやさぐれた気持ちで、あまりに遅い場合には先に寝てしまおうと思っていた。そんな時。
 時刻が11時を回った頃、コンコンと誰かがひろみの部屋の扉をノックした。もしや正道様だろうか?と思って、ひろみがドアを開けてみると、案の定そこには、カメラを片手に持った正道が立って、ひろみを見つめているのだった。
「正道様…。」
 ひろみは少し驚いてそう呟くと、正道は時計を見ながら言った。
「もうこんな時間だけれど、よかったらひろみと話をしてもいい?部屋に入っても構わないかな?」
「それは別に構いませんが…。どうぞ、お入りください。」
 そう言ってひろみが大きくドアを開け放つと、正道は軽くお辞儀をして、部屋の中へ入ってきた。ひろみは備え付けのポットを確認しながら、正道に訊ねた。
「お茶でもお淹れしますか?」
「いや、いい。それよりひろみ、この写真を見て欲しいんだ。」
「写真、ですか?いい写真がお撮りになれましたか?」
 そう言って、ベッドに腰掛けている正道の側まで行くと、ひろみは彼が手に持っているカメラを覗き込んだ。
「ふ~ん、女の子の写真ですね。ススキノで撮られたのですか?」
 ひろみの質問に正道は頷いて答えた。
「うん、今さっき撮ってきたんだよ。なかなか可愛らしい人でしょ?」
 そしてひろみがよく見えるようにと、正道はぐいとカメラの画面をより一層彼女に近づけ、ひろみも改まって再び画面を見つめると、そこでは若々しい女の子がにっかりと笑って、カメラに向けてピースサインをやっていた。
「ええ、可愛いです。それにこの写真から自然と伝わる事なのですが、何だか…、正道様に心を開いているような気がします。」
「彼女から直接、色々な話を聞いたんだけれど、この年でなかなか苦労している子なんだ。親が連帯保証人になって、多額の借金を背負い込んだり、この子自身も、今まで何度も人に騙されたりしてね。」
「でも不思議と…、すれた感じがしないというのか、純真で、心が美しそうな女の子に、私には見えるのですが…。」
 すると正道は、いかにも、といった感じで頷いてから言った。
「そこが、僕が彼女に惹かれた最大の理由だったんだよ。普段の彼女は…、そうだな、根暗というか、まるで固まったような表情をしている事が多いんだけれど、いざ、自分に素直になってみると、こんなにいい表情をするんだよね。」
 そして2人はしばらく真剣な眼差しで写真に見入っていたが、正道はふと真摯になって、語り始めた。
「この子は偽りの愛を売って、自分の客に愛や夢の幻を見せている。…綺麗な言い方をするとね。でももちろんそれは本当の愛、ではないし、愛ってそういうものじゃないだろう?そんな嘘で固められた世界で、荒く息をしながらも、必死に生き抜いている彼女が、ふと本音を見せてくれた瞬間。それを捉えた写真が、これなんだ。」
「嘘や偽りではない、本当の彼女の姿ですか…。」
「人と人はもっと、こうやって本音でぶつかり合っていいと思う。でも最近の人って、人と人を繋ぐ『愛』という感情をなかなか感じられなくて、だから他人を疑ってしまったり、心から信頼する事ができなくて、 ―うまく自分をさらけ出せずにいるんだ。
 そのせいで『愛情』というものが世の中から、どんどん薄くなっていっている気がする。」
「はい。正道様のおっしゃることはよく分かります。あの…、もし宜しければ、ススキノで撮った他の写真も、見せて頂けませんか?」
「うん、構わないよ。」
 ひろみは正道が撮りためた写真を、次々に見ていった。カメラを向けられて、正道に向かってふと微笑みかける女の子、信号待ちでふと不安な表情を覗かせる女の人、毒々しくも見えるネオンの明かりの写真に、ススキノの道路の隅で蹲るサラリーマンらしき男性…。
 ひろみは疑いのためにすっかり曇っていた心が、次第に晴れて、明るくなっていくのを感じながら、正道に話し掛けた。
「正道様は、…こういう写真がお撮りになりたかったんですね。もしや、とあるキャバクラで、性的なご乱交などは…、」
「いや、そんな事はしていない。僕の趣味じゃないし、それよりもカメラに向き合うのに夢中で…、って、ひろみ、何で今急に、笑顔になったの?」
 ひろみは小さく笑みを浮かべながら、1人でぽそぽそと喋った。
「正道様に対する疑惑は、ただ今無事晴れました。」
「ぎわく?今、ぎわくって言ったか?」
「いえいえ、こちらの事です、どうぞお気になさらず。それより正道様、もし良かったら、ススキノであったことをお話して下さいませんか?何だか面白そうです。」
「そうだな…、って、そこまで執事に知らせる義務はあるかい?」
「いいえ、これは純粋に個人的な好奇心ですよ。」
「そうか。それなら…、ひろみの期待に応えられるかどうか分からないけれど。まずはね…、」
 そして2人は夜が更けていくのも忘れて、その後も喋りあかしたのだった。
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