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ひろみはまず朝起きたら、最初にしなければいけないお決まり事である、正道の朝食を彼の部屋へ運ぶ、という日課をこなしている所だった。トレーを両手に持って、彼の部屋まで辿り着いたひろみは、扉越しに声を掛けた。
「正道様、朝食をお持ちしました!」
「そうか、入って!」
ひろみが部屋の中へ入っていくと、正道は机の上に散らかっている機材やカメラバッグを、整理している所だった。ひろみは色々な物が散らばっている床の上を、何か大事なものを踏んづけないように、足元に注意して歩きながら、正道に声を掛けた。
「これからお仕事ですか。何処かへお出掛けになるご予定ですか?」
「あ、朝食はそこの、机の隅に置いておいて。うん、そうなんだ。ところでひろみ、ちょっと聞くけれど、君は子供が好き?」
「ええ、大好きです。一緒にいると楽しくなれますし、子供の笑顔を見るのが何よりも好きで。こっちまで幸せな気持ちになれるでしょう?ですから…、」
「―今、『笑顔』といったね?」
「…はい?私、何か、またしても失言を…。」
「これから僕は幼稚園に行く。」
「幼稚園に、ですか。」
「そして今日撮る写真のテーマは、『笑う』なんだ。」
「という事は…。正道様は子供の笑顔を、撮りに行くわけですか?」
「その通り。これから子供達が動物園に行くっていうから、子供達の写真撮影の仕事を、僕が買って出たわけ。だから君もカメラマンのアシスタントとして…、」
「正道様、私は執事です。その事をお忘れなく。」
「名目は何だっていい。とにかく僕について来て、仕事の手伝いをして欲しいんだ。」
「畏まりました。私も執事として、正道様と行動を共にさせて頂きます。」
そう言ってひろみは深々と頭を下げると、スタスタと正道の部屋から出ていって、自分の出掛ける支度を整え始めたのだった。
… … …
それからしばらくして―。正道とひろみは子供達と一緒にバスに乗り込み、車の振動に揺られて、動物園へと向かっている所だった。
子供達は遠足という事もあって、みんないつも以上にテンションが高く、笑ったり、喋ったり、叫んだりして、少し大袈裟に例えるならば、…まるで小さな猛獣のように暴れ回っていた。その様子を見ていた正道は、カメラを取り出してそれをいじくりながら、誰に言うともなく小さな声で、1人でぶつぶつと呟いた。
「…やっぱりこのカメラを持ってきておいてよかった。子供って表情がくるくる変わるから、この機種みたいにシャッタースピードの速いカメラじゃないと…。」
「正道様。」
「何だい、ひろみ?」
「私はある事実に気が付きました。」
「ほう。それは何?」
「私は子供の笑顔が好きです。でもその表情を自然に引き出すには、おそらく並々ならぬ努力がいるという事です。子供ってみんな気が変わりやすいから、こうやって子供達の顔を改めて観察してみると、笑顔になってくれる瞬間って意外にありそうで無いもので。」
「だから僕は君を誘ったんだよ。正直僕1人の力じゃ、子供達の天真爛漫なパワーは、手に負えない気がしたからね。」
「さすが先見の明をお持ちで、正道様。」
「―でもこうやって見ていると、保母さんの仕事って大変だよね。」
「本当にそう思います。実は私、保母さんの仕事って楽しそうでいいな~って、密かにずっと憧れていましたけれど、実際は…。現実っていつだって、厳しいものなんですね。」
「楽なだけの仕事なんて、この世のどこにも存在しないよ。でも、だからこそやりがいがあるわけで。」
2人は保母さん達がきめ細かく、子供達に声を掛けていく様子を見ながら、そんな事をつらつらと話し合っていた。そしてバスは動物園に到着し、保母さんに先導された子供達が一列になりながらバスから降りていくのと同時に、正道もすばやくバスを降りて、子供達にカメラを向けながら動きだし、ひろみも慌ててその後を追いかけたのだった。
「正道様、朝食をお持ちしました!」
「そうか、入って!」
ひろみが部屋の中へ入っていくと、正道は机の上に散らかっている機材やカメラバッグを、整理している所だった。ひろみは色々な物が散らばっている床の上を、何か大事なものを踏んづけないように、足元に注意して歩きながら、正道に声を掛けた。
「これからお仕事ですか。何処かへお出掛けになるご予定ですか?」
「あ、朝食はそこの、机の隅に置いておいて。うん、そうなんだ。ところでひろみ、ちょっと聞くけれど、君は子供が好き?」
「ええ、大好きです。一緒にいると楽しくなれますし、子供の笑顔を見るのが何よりも好きで。こっちまで幸せな気持ちになれるでしょう?ですから…、」
「―今、『笑顔』といったね?」
「…はい?私、何か、またしても失言を…。」
「これから僕は幼稚園に行く。」
「幼稚園に、ですか。」
「そして今日撮る写真のテーマは、『笑う』なんだ。」
「という事は…。正道様は子供の笑顔を、撮りに行くわけですか?」
「その通り。これから子供達が動物園に行くっていうから、子供達の写真撮影の仕事を、僕が買って出たわけ。だから君もカメラマンのアシスタントとして…、」
「正道様、私は執事です。その事をお忘れなく。」
「名目は何だっていい。とにかく僕について来て、仕事の手伝いをして欲しいんだ。」
「畏まりました。私も執事として、正道様と行動を共にさせて頂きます。」
そう言ってひろみは深々と頭を下げると、スタスタと正道の部屋から出ていって、自分の出掛ける支度を整え始めたのだった。
… … …
それからしばらくして―。正道とひろみは子供達と一緒にバスに乗り込み、車の振動に揺られて、動物園へと向かっている所だった。
子供達は遠足という事もあって、みんないつも以上にテンションが高く、笑ったり、喋ったり、叫んだりして、少し大袈裟に例えるならば、…まるで小さな猛獣のように暴れ回っていた。その様子を見ていた正道は、カメラを取り出してそれをいじくりながら、誰に言うともなく小さな声で、1人でぶつぶつと呟いた。
「…やっぱりこのカメラを持ってきておいてよかった。子供って表情がくるくる変わるから、この機種みたいにシャッタースピードの速いカメラじゃないと…。」
「正道様。」
「何だい、ひろみ?」
「私はある事実に気が付きました。」
「ほう。それは何?」
「私は子供の笑顔が好きです。でもその表情を自然に引き出すには、おそらく並々ならぬ努力がいるという事です。子供ってみんな気が変わりやすいから、こうやって子供達の顔を改めて観察してみると、笑顔になってくれる瞬間って意外にありそうで無いもので。」
「だから僕は君を誘ったんだよ。正直僕1人の力じゃ、子供達の天真爛漫なパワーは、手に負えない気がしたからね。」
「さすが先見の明をお持ちで、正道様。」
「―でもこうやって見ていると、保母さんの仕事って大変だよね。」
「本当にそう思います。実は私、保母さんの仕事って楽しそうでいいな~って、密かにずっと憧れていましたけれど、実際は…。現実っていつだって、厳しいものなんですね。」
「楽なだけの仕事なんて、この世のどこにも存在しないよ。でも、だからこそやりがいがあるわけで。」
2人は保母さん達がきめ細かく、子供達に声を掛けていく様子を見ながら、そんな事をつらつらと話し合っていた。そしてバスは動物園に到着し、保母さんに先導された子供達が一列になりながらバスから降りていくのと同時に、正道もすばやくバスを降りて、子供達にカメラを向けながら動きだし、ひろみも慌ててその後を追いかけたのだった。
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