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「気持ちいい…。」
外に出て、潮風に当たったひろみは思わずそう呟いた。するとその時すれ違った、女性数人のグループから、こんな会話が聞こえてきた。
「年収400万?!少なすぎるじゃない、そんなの絶対相手にしない方がいいって。」
「そうだよー。ルックスがいい男でも、現実的な問題が…」
「そうかな。でもね、今私に男が5人いるんだけれど…」
「でも私達は親がそれなりの身分なんだから、男だってさ―、」
ひろみはそんな会話を聞き流しながら、表情では無表情を装いながらも、心の中で何か苦いものを感じながら、彼女達の側を通り過ぎて、それからできるだけ人のいない場所へと歩いていった。
船は海の上で適度な速度を保ちながら、気持ち良く走り続けていて、水平線を眺めながらひろみは自分の昂った気持ちが、海の力で次第に癒されていくのを感じていた。そして今までの緊張をほぐすように思いきり伸びをすると、誰に言うともなく、ぽつりと呟いた。
「これが、正道様の住む世界か。」
―すると。
「ひろみ。」
突然声がして、びっくりして振り返ってみると、そこには正道が、まるでひろみの事を心配するかのように、気遣わしげに立っていたのだった。彼はゆったりとした足取りで、ひろみのすぐ側までやって来ると、少しの間ぼーっと海を眺めてから、ひろみに言った。
「ここは気持ちがいいね。」
「正道様、どうかなさいましたか?」
「それは僕が聞きたい質問だよ。突然何処かに行っちゃって、どうしたの?
疲れた?それとも何かあった?」
ひろみは少しの間黙りこんでいたが、胸に決意を秘めて、正道に話し出した。
「正道様。」
「うん。」
「私、こういうの好きじゃないです。」
「こういうのって…、この船上パーティが?」
「船上パーティというよりも、ここにいる人達の醸し出している空気が、あまり好きじゃありません。皆さん、ステータスの高い、お金や、仕事や、男性や女性にまつわる恋なんかの、自慢話ばかりで…。
聞いていると何か不愉快な気分になってきます。そんなものに拘るなんて、何か間違っている気がします。本当の幸せってそういうものじゃないと、私は思っているから…。」
「…うん。僕もそう思うよ。」
「え、正道様もですか?」
「まあ、ここにいる仲間達に、ひろみほどの抵抗感を感じていないのは事実だけれどね。でもひろみは、今までこういう世界があるという事を知らなかっただろう?」
「はい。」
「だから僕は、世間の人達にも、こんなバブリーな世界があるんだという事を知ってもらいたかったの。この現実感のない、泡沫の世界をね。」
「え。…ということはもしかして、正道様はここで撮った写真を…、あの、『情』の写真集に入れるおつもりで―、」
「そう。そのためにこの船上パーティに参加したんだよ。そこでひろみにお願いがある。僕としてはひろみの写真をぜひ、ここで1枚撮らせてもらいたいと思う。」
「えっ、私の写真を?あわわ、それはどうでしょう、執事はご主人様の影の存在で…、」
「そして現実主義の権化さ。泡沫の夢を覚ますのには丁度いいと思わない?だから撮ってもいいかい?」
ひろみはすっかり困って正道を見つめたが、正道の先を促すような茶目っ気のある瞳を見て、諦めた様子で彼に答えた。
「・・・分かりました。ここは正道様の執事として、要求に応える事にしましょう。」
「ありがとう。じゃ、そこのデッキの舳先に立ってくれる?背景に海が入るように。」
「ええと、ここら辺ですか?」
「そうそう。」
そこで緊張してじっと固まったままでいるひろみの姿を、正道は素早く何枚か写真を撮っていった。そして撮れた写真を確認して、微かに笑みを浮かべると、小さな声で言った。
「うん、これでいい。」
そこにはこの華やかな世界には場違いな、現実を真摯に見据えるひろみの姿があった。
外に出て、潮風に当たったひろみは思わずそう呟いた。するとその時すれ違った、女性数人のグループから、こんな会話が聞こえてきた。
「年収400万?!少なすぎるじゃない、そんなの絶対相手にしない方がいいって。」
「そうだよー。ルックスがいい男でも、現実的な問題が…」
「そうかな。でもね、今私に男が5人いるんだけれど…」
「でも私達は親がそれなりの身分なんだから、男だってさ―、」
ひろみはそんな会話を聞き流しながら、表情では無表情を装いながらも、心の中で何か苦いものを感じながら、彼女達の側を通り過ぎて、それからできるだけ人のいない場所へと歩いていった。
船は海の上で適度な速度を保ちながら、気持ち良く走り続けていて、水平線を眺めながらひろみは自分の昂った気持ちが、海の力で次第に癒されていくのを感じていた。そして今までの緊張をほぐすように思いきり伸びをすると、誰に言うともなく、ぽつりと呟いた。
「これが、正道様の住む世界か。」
―すると。
「ひろみ。」
突然声がして、びっくりして振り返ってみると、そこには正道が、まるでひろみの事を心配するかのように、気遣わしげに立っていたのだった。彼はゆったりとした足取りで、ひろみのすぐ側までやって来ると、少しの間ぼーっと海を眺めてから、ひろみに言った。
「ここは気持ちがいいね。」
「正道様、どうかなさいましたか?」
「それは僕が聞きたい質問だよ。突然何処かに行っちゃって、どうしたの?
疲れた?それとも何かあった?」
ひろみは少しの間黙りこんでいたが、胸に決意を秘めて、正道に話し出した。
「正道様。」
「うん。」
「私、こういうの好きじゃないです。」
「こういうのって…、この船上パーティが?」
「船上パーティというよりも、ここにいる人達の醸し出している空気が、あまり好きじゃありません。皆さん、ステータスの高い、お金や、仕事や、男性や女性にまつわる恋なんかの、自慢話ばかりで…。
聞いていると何か不愉快な気分になってきます。そんなものに拘るなんて、何か間違っている気がします。本当の幸せってそういうものじゃないと、私は思っているから…。」
「…うん。僕もそう思うよ。」
「え、正道様もですか?」
「まあ、ここにいる仲間達に、ひろみほどの抵抗感を感じていないのは事実だけれどね。でもひろみは、今までこういう世界があるという事を知らなかっただろう?」
「はい。」
「だから僕は、世間の人達にも、こんなバブリーな世界があるんだという事を知ってもらいたかったの。この現実感のない、泡沫の世界をね。」
「え。…ということはもしかして、正道様はここで撮った写真を…、あの、『情』の写真集に入れるおつもりで―、」
「そう。そのためにこの船上パーティに参加したんだよ。そこでひろみにお願いがある。僕としてはひろみの写真をぜひ、ここで1枚撮らせてもらいたいと思う。」
「えっ、私の写真を?あわわ、それはどうでしょう、執事はご主人様の影の存在で…、」
「そして現実主義の権化さ。泡沫の夢を覚ますのには丁度いいと思わない?だから撮ってもいいかい?」
ひろみはすっかり困って正道を見つめたが、正道の先を促すような茶目っ気のある瞳を見て、諦めた様子で彼に答えた。
「・・・分かりました。ここは正道様の執事として、要求に応える事にしましょう。」
「ありがとう。じゃ、そこのデッキの舳先に立ってくれる?背景に海が入るように。」
「ええと、ここら辺ですか?」
「そうそう。」
そこで緊張してじっと固まったままでいるひろみの姿を、正道は素早く何枚か写真を撮っていった。そして撮れた写真を確認して、微かに笑みを浮かべると、小さな声で言った。
「うん、これでいい。」
そこにはこの華やかな世界には場違いな、現実を真摯に見据えるひろみの姿があった。
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