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それからメイドに自分の住み込む部屋へ案内してもらったひろみは、心を新たにして、自分の荷物の整理を始めた。その部屋は決して広いとは言えなかったが、必要な物は一応一通り揃っている。シングルサイズのベッドに棚、小さな木製の箪笥と机と椅子…。
「うん、これだけあれば十分だな。」
ひろみはそう言ってから、部屋の造りを全部確認すると、何をどこにしまうかについて考えを纏め始めた。その時。
「ひろみ!…いるか?」
部屋の外で彼女を呼ぶ声がした。ひろみは驚いて慌てて部屋の扉を開けてみた。すると。
「進一おじさん!」
そこには彼女が今まで見たことのない、かっちりとした仕事着であるスーツ姿で身を包んだ進一おじさんが、にこやかに立っていた。
「ひろみ、部屋の中へ入ってもいいかい?」
「ええ、どうぞ。まだ全然部屋の中が片付いていませんけれど…。」
「構わないさ。」
彼はそう言って、ひろみの許可を貰うと、ゆっくりと部屋の中へ入ってきて、ぐるりと辺りを見回した。そしてひろみの方へ向き直ると、爽やかな笑顔で言った。
「無事、執事の仕事への就職が決まったんだろう?おめでとう。」
「おじさん、また毒のない笑顔で、そんな事を言う…。どうせ、全部おじさんの“根回し”のお蔭なんでしょ?」
「いやいや、私が早坂家の人達にひろみを推したのは確かだけれどね、実は正道様がお前を気に入ったのが、ひろみを採用した最大の理由なんだ。だから半分はひろみの実力。」
「…。それでも半分なんですね。」
ひろみと進一はそう言い合うと、2人で並んでベッドの上に腰掛けた。そしてちょっとの間考えてから、一度は進一おじさんに聞いてみたいと思っていた質問をぶつけてみた。
「進一おじさん、自分なりに多少執事について勉強してきたつもりですけれど、執事のお仕事って…。何をやるべきなんでしょう?」
「うん、そうだな。執事の本場イギリスでは、家族以上に家族の事を知り、さらに家族を動かす力を持ち、自分の仕事に過剰なプライドを持っているという…、ステレオタイプな執事像があるわけなんだけれど。」
「はい。」
「でもまあ、ここは日本だからね。土地柄というのか、日本ならではの執事のあり方というものがある。それは…。まあ、簡潔に言ってしまえば、執事の仕事とは、その家庭の潤滑油になる、という事じゃないかな。」
「潤滑油ですか。」
「だから執事はいつも、その家族の全体像を捉えておくというのか、その家庭のあらゆる事に目を光らせていなければならない。料理を作ったり、掃除をしたりするわけではないが、実質的な仕事はメイドよりも遥かに忙しい。しかもはっきりと目に見えるような仕事じゃないから、どこまで行っても終わりがない。」
「…何だか執事の仕事って、想像以上に大変そうです、進一おじさん。」
「まあそんなに深刻に考えなくてもいいよ。ひろみは正道坊ちゃんの専任執事というわけだから、彼の事だけ、正道様だけに注目して、常に目を光らせていればいいんだよ。
きっと、仕事は私の仕事より遥かに楽なはずだ。そして時に、私との連係プレーも必要になってくる。お互いに連絡を取り合って、ひろみは逐一正道様の様子を私に報告する義務がある。まずはそこまでできるようになる事だね。
あとは正道様を気遣って、正道様が望む事を彼に先立って行動できるようになったら、大したものじゃないかな。」
「―はい。」
「まあ、まずは自分にできる事を、ひとつずつきちんとこなしていく事だよ。早坂家の人達だって鬼じゃないんだから、誠意さえ伝わったならば、君の事を温かい目で見守ってくれるはずさ。」
「誠意…ですか。それはきっと、とても大切な事ですよね。」
「そうだね。私もできる範囲でひろみをサポートしていく。だから頑張りたまえ。」
「はい!頑張ります。」
それから進一は仕事があるからと言って、そそくさとひろみの部屋から出ていった。そして1人きりになったひろみは、再び部屋の整理に手をつけながら、明日からの仕事について、ぼうっと様々な事を夢想していたのだった。
「うん、これだけあれば十分だな。」
ひろみはそう言ってから、部屋の造りを全部確認すると、何をどこにしまうかについて考えを纏め始めた。その時。
「ひろみ!…いるか?」
部屋の外で彼女を呼ぶ声がした。ひろみは驚いて慌てて部屋の扉を開けてみた。すると。
「進一おじさん!」
そこには彼女が今まで見たことのない、かっちりとした仕事着であるスーツ姿で身を包んだ進一おじさんが、にこやかに立っていた。
「ひろみ、部屋の中へ入ってもいいかい?」
「ええ、どうぞ。まだ全然部屋の中が片付いていませんけれど…。」
「構わないさ。」
彼はそう言って、ひろみの許可を貰うと、ゆっくりと部屋の中へ入ってきて、ぐるりと辺りを見回した。そしてひろみの方へ向き直ると、爽やかな笑顔で言った。
「無事、執事の仕事への就職が決まったんだろう?おめでとう。」
「おじさん、また毒のない笑顔で、そんな事を言う…。どうせ、全部おじさんの“根回し”のお蔭なんでしょ?」
「いやいや、私が早坂家の人達にひろみを推したのは確かだけれどね、実は正道様がお前を気に入ったのが、ひろみを採用した最大の理由なんだ。だから半分はひろみの実力。」
「…。それでも半分なんですね。」
ひろみと進一はそう言い合うと、2人で並んでベッドの上に腰掛けた。そしてちょっとの間考えてから、一度は進一おじさんに聞いてみたいと思っていた質問をぶつけてみた。
「進一おじさん、自分なりに多少執事について勉強してきたつもりですけれど、執事のお仕事って…。何をやるべきなんでしょう?」
「うん、そうだな。執事の本場イギリスでは、家族以上に家族の事を知り、さらに家族を動かす力を持ち、自分の仕事に過剰なプライドを持っているという…、ステレオタイプな執事像があるわけなんだけれど。」
「はい。」
「でもまあ、ここは日本だからね。土地柄というのか、日本ならではの執事のあり方というものがある。それは…。まあ、簡潔に言ってしまえば、執事の仕事とは、その家庭の潤滑油になる、という事じゃないかな。」
「潤滑油ですか。」
「だから執事はいつも、その家族の全体像を捉えておくというのか、その家庭のあらゆる事に目を光らせていなければならない。料理を作ったり、掃除をしたりするわけではないが、実質的な仕事はメイドよりも遥かに忙しい。しかもはっきりと目に見えるような仕事じゃないから、どこまで行っても終わりがない。」
「…何だか執事の仕事って、想像以上に大変そうです、進一おじさん。」
「まあそんなに深刻に考えなくてもいいよ。ひろみは正道坊ちゃんの専任執事というわけだから、彼の事だけ、正道様だけに注目して、常に目を光らせていればいいんだよ。
きっと、仕事は私の仕事より遥かに楽なはずだ。そして時に、私との連係プレーも必要になってくる。お互いに連絡を取り合って、ひろみは逐一正道様の様子を私に報告する義務がある。まずはそこまでできるようになる事だね。
あとは正道様を気遣って、正道様が望む事を彼に先立って行動できるようになったら、大したものじゃないかな。」
「―はい。」
「まあ、まずは自分にできる事を、ひとつずつきちんとこなしていく事だよ。早坂家の人達だって鬼じゃないんだから、誠意さえ伝わったならば、君の事を温かい目で見守ってくれるはずさ。」
「誠意…ですか。それはきっと、とても大切な事ですよね。」
「そうだね。私もできる範囲でひろみをサポートしていく。だから頑張りたまえ。」
「はい!頑張ります。」
それから進一は仕事があるからと言って、そそくさとひろみの部屋から出ていった。そして1人きりになったひろみは、再び部屋の整理に手をつけながら、明日からの仕事について、ぼうっと様々な事を夢想していたのだった。
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