女執事、頑張る

桃青

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 2人は並んで長い長い廊下を歩きながら、暫く黙って相手の様子を窺っていたが、ひろみは正道に探りを入れるべく、まず彼に話し掛けてみる事にした。
「―あの、私はこれから正道様の様子を見張る…、というか見守って欲しいと、奥様からそう言い付かっています。」
 すると正道は軽く頷いてから、ひろみの言葉に答えた。
「僕の両親は金持ちだから、何となくふらふらしているように見える僕の事が心配なんだろうね、世間体も含めてさ。だから僕の行動まで目を光らせるために、君を雇ったんだろう。…まあ、別に悪い両親じゃないんだけれどね。」
「そうなんですか。」
 するとある扉の前で正道は足を止めて、ひろみを振り返って言った。
「ここ。ここが僕の部屋。どうぞ、入って。」
「はい、失礼します。」
 ひろみは促されるまま明かりのついている彼の部屋に足を踏み入れ、ふと中の様子を見て、そのあまりの散らかりように、思わず心の中でウーンと唸った。そこは手入れが行き届いている金持ちの家の部屋とは思えないほど雑然としていた。部屋のあちこちに何かの機材やノート、雑誌などがバラバラと散らばり、さらにその上に本やファイルなどが広げられていて、足の踏み場もないというのはまさにこういう事を指すのだと、ひろみはしみじみと思った。しかし正道はこの酷い有様に気を留める風でもなく、さらりと言った。
「適当に、その辺に座って。」
「…はい。」
 ひろみは広げられているファイルを無理矢理片隅に押しのけて、何とか座る場所を確保すると、そこに腰を落ち着けた。そして呟いた。
「―凄い部屋ですね。」
「何が?」
「いや、何でこんなに散らかっているのかな~、と思って。」
「ああ、そういう事ね。今ちょっと仕事の関係で、資料の整理をしているものだから。」
「正道様のお仕事って…、何なのでしょうか?」
「一応フリーのカメラマンなんだ。」
 正道のその言葉を聞いて、ひろみはやっと合点がいった気がした。
「ああそれで…。こんなに訳の分からない機材や道具が、沢山あったりするんですね!」
「そういうこと。まあ、普段はもう少しきれいなんだけれどね。」
「そのお言葉、何故かあまり信用にならない気がするんですが。」
 ひろみは部屋の様子を見渡しながら、思わずそう口走ると、ひろみの言葉を完全に無視して正道は話を続けた。
「君って、実にタイムリーだね。」
「はい?それはどういう意味でしょう。」
「あのさ、実は今、丁度僕の写真撮影を手伝ってくれる助手を探している所だったの。」
「はい。」
「そうしたら渡りに船。母親が僕に専任執事をつける、って言うじゃないか?
 これだ!…と、僕は思った。
 だから進一さんに勧められた君の履歴書を見たり、彼から君の話を聞いたりして、決めたんだ。君に僕の仕事のアシスタントをしてもらおうと思ってね。」
「という事は、私は正道様に選ばれたカメラマンのアシスタント…。いえいえ、違います。私は専任執事として、奥様から仕事を任されているんです!」
「まあ、名目は何だって構わないさ。これから仲良くやっていけるといいね。…っと、そうそう、君の事をひろみ、と呼んでも構わない?」
「それは別に構いませんが…。」
「じゃ、よろしく、ひろみ。」
 正道はそう言って、笑顔と共にひろみの手を軽く握ると、これから仕事があるからと言って、さっさとひろみを部屋から追い出したのだった。

 ひろみは廊下を歩いて、元来た道を引き返しながら、何とも言えない気持ちで、ぶつぶつと独り言を呟いた。
「あの方が正道様…。そして彼が私のご主人様なんだ。何だか先行きが不安なんだけれど。
 私これからどんな仕事をする事になるんだろう?」
 そして1つ大きな溜め息を吐き、新たな仕事場であるこの家を見渡して、自分の心の中に不安と、希望と、少しの期待が広がっていく有り様をしばらく見つめていたのだった。

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