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ビギニング オブ マイライフ
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私は母と向き合って、時計をちらちら眺めながらお茶を飲んでいた。時刻は朝の七時五十五分。あと少し経てば、順がここへ迎えに来るはずだ。
「なんとなく思っていたけれど、やっぱりあなたたち、式はしないのね」
母のぼやきに私は答えた。
「うん。特に必要性がないから」
「でも一度は宮島くんを連れて、私の親戚に会いに行ってよ」
「うん、そうするつもり。お母さんは一緒に来ないよね」
「本来は行くべきなんでしょうけど、私、どんな顔をして、あなたたちの事の成り行きを説明したらいいのか分からないのよ。だから星子に任せるわ。それにしてもお父さんはどこに行ったのかしらね、こんな朝早くに」
「娘が家を出るというときに」
「ほんとそうよ。これから新婚旅行に行って、帰ってきたらそのまま、あなたたちは二人暮らしを始めるんですからね」
「うん。しばらくは順の小さなアパートで」
「楽しみなの?」
「凄く楽しみ。この気持ちは今までの人生で、一度も経験したことのないものだな」
「そんなもの、すぐ消え失せるわよ」
「そう?」
「現実とはそういうものなんです」
「それなら別に、それでいい」
「お母さんはあなたが好きじゃないけれど、親の責任としてこの結婚を喜んでいます」
「私の顔を見なくてすむようになるしね。あ、玄関のベルが鳴った」
私はすっと立ち上がり、玄関まで足早に歩いていき、大きく扉を開け放った。すると目の前には、スーツケースを片手に持った順が、乙女のようにときめいた様子で立っていた。
「星子、迎えに来た」
「はい。……あ、お母さん」
母はいつの間にか私の隣に立っていて、深々と頭を下げながら言った。
「娘を、よろしくお願いします」
「あ、僕の方こそ。僕の両親との食事会には、ぜひいらしてください」
「ええ、伺わせていただきます」
「じゃ、お母さん。私は行くね。順くん、行こうか」
「そうしよう。あ、」
「何?」
「あれ、君のお父さんだよね」
「?」
私はじっと順が見つめる方を、つられて見てみると、父が優しい笑顔を浮かべながら、何かを抱えてやって来た。そして突っ立っている私たちにそれを差し出し、大きな声で言った。
「二人ともおめでとう!」
私と順は顔を見合わせてからばったりと頭を下げ、私は父から受け取ったものを見つめて言った。
「これを今、買ってきてくれたの?」
「そう。間に合ってよかった」
それは大きな百合の花束だった。清楚な純白のものや、パワフルなオレンジ、可憐なピンクなどの様々な色がミックスされていて、本当にきれいだった。そして私はふと、自分の誕生花がユリだったことを思い出し、父の心遣いに涙が溢れ出しそうになった。
「お父さん、ありがとう」
「気を付けてな」
順は父が差し出した手をそっと握ってから、今度は私と手を繋いで、前へ歩き始めた。私はもう後ろを振り返るつもりはない。華麗な花の匂いに包まれて、前へ、前へと歩き始めたのだった。
「なんとなく思っていたけれど、やっぱりあなたたち、式はしないのね」
母のぼやきに私は答えた。
「うん。特に必要性がないから」
「でも一度は宮島くんを連れて、私の親戚に会いに行ってよ」
「うん、そうするつもり。お母さんは一緒に来ないよね」
「本来は行くべきなんでしょうけど、私、どんな顔をして、あなたたちの事の成り行きを説明したらいいのか分からないのよ。だから星子に任せるわ。それにしてもお父さんはどこに行ったのかしらね、こんな朝早くに」
「娘が家を出るというときに」
「ほんとそうよ。これから新婚旅行に行って、帰ってきたらそのまま、あなたたちは二人暮らしを始めるんですからね」
「うん。しばらくは順の小さなアパートで」
「楽しみなの?」
「凄く楽しみ。この気持ちは今までの人生で、一度も経験したことのないものだな」
「そんなもの、すぐ消え失せるわよ」
「そう?」
「現実とはそういうものなんです」
「それなら別に、それでいい」
「お母さんはあなたが好きじゃないけれど、親の責任としてこの結婚を喜んでいます」
「私の顔を見なくてすむようになるしね。あ、玄関のベルが鳴った」
私はすっと立ち上がり、玄関まで足早に歩いていき、大きく扉を開け放った。すると目の前には、スーツケースを片手に持った順が、乙女のようにときめいた様子で立っていた。
「星子、迎えに来た」
「はい。……あ、お母さん」
母はいつの間にか私の隣に立っていて、深々と頭を下げながら言った。
「娘を、よろしくお願いします」
「あ、僕の方こそ。僕の両親との食事会には、ぜひいらしてください」
「ええ、伺わせていただきます」
「じゃ、お母さん。私は行くね。順くん、行こうか」
「そうしよう。あ、」
「何?」
「あれ、君のお父さんだよね」
「?」
私はじっと順が見つめる方を、つられて見てみると、父が優しい笑顔を浮かべながら、何かを抱えてやって来た。そして突っ立っている私たちにそれを差し出し、大きな声で言った。
「二人ともおめでとう!」
私と順は顔を見合わせてからばったりと頭を下げ、私は父から受け取ったものを見つめて言った。
「これを今、買ってきてくれたの?」
「そう。間に合ってよかった」
それは大きな百合の花束だった。清楚な純白のものや、パワフルなオレンジ、可憐なピンクなどの様々な色がミックスされていて、本当にきれいだった。そして私はふと、自分の誕生花がユリだったことを思い出し、父の心遣いに涙が溢れ出しそうになった。
「お父さん、ありがとう」
「気を付けてな」
順は父が差し出した手をそっと握ってから、今度は私と手を繋いで、前へ歩き始めた。私はもう後ろを振り返るつもりはない。華麗な花の匂いに包まれて、前へ、前へと歩き始めたのだった。
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