ろくでなしでいいんです

桃青

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家族風景2

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「できたか?」
 私がテーブルに料理を並べていると、父がひょっこりと姿を見せた。
「うん。お父さんは今日何をしていたの」
「碁だな。碁会所に行っていた」
「勝てた?」
「負けたよ、三回もね。今度行くときにはうまい人に碁を教わろうと思っている。お、今日の夕食は和風だな」
「シジミ汁と麦ごはん、とろろと、お父さんの大好物、ぬか漬け、あと大根と鳥の煮物」
「はずれはなさそうだ」
「大体美味しくできたと思う。お父さんが家にいなかったから、今日の買い物は私がお母さんに付き合わされたんだよ」
「そうか」
「……ね、お父さんは私のことをどう思っている?」
「どうってなに」
「えっと、働くか結婚するかして、自立してほしいと思っている?」
「そうだな、できたら」
「でも今の私にはできない」
「そうか」
「なんでできないのか、知っている?」
「いや」
「この世に存在することだけで、今の私は精一杯なの。それだけで物凄く苦しくて、もし今働いたら苦しさで、一年後には死んでいるんじゃないかな、大げさな表現じゃなくて」
「それでもやってみたらいいんじゃないか」
「お父さんは私の苦しみを分かっていないよ。お母さんなんかそのことについて、そもそも理解する気がないし、それにきっと、私なんか死んだ方がいいと思っている」
「ま、好きにしたらいい」
「お父さんは、大切なことに無関心だよ」
「ん」
「うちの家族の関係性に目を向けようとしないね」
「ん」
「自分の家族のことでしょ、何で真剣に考えないの。向き合おうという努力すらしていないし」
「なにか、辛くてな」
「辛いのはみんな同じだって。だからこそ力を合わせて乗り越えようとしなければいけないんじゃないの」
「ん」
「それとも私のことなんてどうでもいい?」
「星子も大人だしな、口出しはしないようにしようと―」
「それって無関心と同意義。つまり心の底から私を否定している」
「……。飯になったら呼んでくれ」
「もうできている」
「なら、母さんを呼んでくるか。さっき自分の部屋でテレビを見ていたから」
「またそうやって逃げる」
 そそくさと私から逃走していく父の後ろ姿を見つめて、私は溜め息をつき、私の罪を思った。私は家族から、そして社会からも、否定されるべき存在なのだろうか。そもそも存在するべきではなかったのか。私の自己主張はこの家庭において意味さえ持たず、どこまでも透明だ。
 消えてなくなってしまえばいいと思った。私も、私の思いも、私が存在したという証さえ。
 このままではいけないと思いつつ、思考はどこまでも深く深く落ちていく。
 ―私の罪。

 食事の間、私は一言も喋らなかった。父と母はこの国で今起きていることや、政治についての話をしていたが、どうも私には薄っぺらい会話に聞こえてしょうがなかった。私の意見を伝える隙はどこにもなく、団らんの中にありながらもこれ以上ないくらいに孤独を感じていた。父と母はそんな私の気持ちに気付く気配すらないのだ。
「ほんと、近頃のニュースを見ていると頭にくることばっかりよね。政治も事件も」
 母が言うと父が相槌を打った。
「そうだな」
「この間、今の世界情勢についての新聞のコラムを読んでいたの。それが素晴らしかったのよ。まさに私が言いたいことはこれだ! と思ったわ」
「でも最近の新聞は昔のような骨がないな。お母さんは記事のスクラップを始めたって」
「○○事件が起きたじゃない」
「うん、やった奴らはロクデナシだ。傍若無人で世間を知らない連中なんだな」
「でも高学歴なのよ。で、この事件のスクラップ記事を集めて、ひとつの本みたいにしてみようと思ったの」
「なかなか面白いじゃないか」
「でも実際にやってみると、面倒でね。やらなくちゃいけない新聞ばかりがどんどん溜まっていくんだから」
「ははは、その事件のコラムでも書いてみたらどうだ。そして新聞に投稿すればいい」
「そうねえ。このことばかりじゃなく、世の中に対して言いたいことは他にもいっぱいあるわ。けれどそれを文章にまとめるとなると、大変よ」
「掲載されたら、世間の多くの人に自分の思いが伝わるよ。謝礼も貰えるし」
「まあねえ。ちょっと考えてみるわ。そういえば……」
 私は席を立ち、自分の食器を流し台に持っていくと、私を無視して話し続ける両親をちらりと見て、自分の部屋に戻ることにした。そしてドアを閉じ、部屋にこもり、父と母の会話をぐるりと思い出してから、
「あの二人は何を求めているんだろう」
 と、ぼーっとしながらぼやいたのだった。

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