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私はニート
しおりを挟む私はとても小さな世界で生きていた。その狭い空間の中で、人生というものに絶望していた。
「星子、電話よ」
唐突に私の部屋のドアが開き、母の声が私を妄想から引きずり出した。私はひんやりと答えた。
「誰から?」
「宮島くんに決まっているじゃない。あなたに電話をかけてくれる人なんて、彼しかいないでしょ」
私は無言のまま母の脇をすり抜け、電話台まで行って受話器を取った。
「何、順くん」
「おお、星子。寝てた?」
「起きていたよ。今日仕事は……」
「休みだよ、日曜だもの。ちゃんとカレンダーを見ていないの?」
「見てもなぜか忘れてしまうの。で、何か用?」
「うん。今度どこかへ行かないか。そうだな、ちょっと自然に浸れるような場所に」
「いいね。じゃ、私がお弁当を作る」
「はは、星子の飯かあ。あのくじ引きみたいな料理を、」
「食べるの、食べないの」
「食べます、食べます。なら、行くね?」
「うん」
「じゃ、日程が決まったらまた連絡するから。今俺に話したいことはあるか」
「特にないけど」
「そうか、ならいい。声が聞けて安心した。それじゃ、またな」
「またね」
電話はそこで切れた。私はちょっと受話器を見つめてから再び部屋へ戻ろうとしたが、母に肩を叩かれ、我に返った。
「星子、ちょっとこっちへ来なさい。話があるのよ」
「何の話」
「あなたね、自分が最低だと思わないの?」
「……」
「体はちゃんと動けて、特に障害があるわけじゃないのに働かないなんて、言いたくないけれど、あなた、ニートなのよ! ほんっと腹立たしいっていうか、お母さんの顔が立たないわ。私、あなたという娘を持ったせいで、随分友達を失くしたのよ。だってお友達に会ったって、娘について話せることが何もないんですもの。自然と人付き合いを避けるようになって、あなただけじゃないわ、私まで孤立しているの。
いい? お母さんだってとても辛い思いを……」
「私、部屋に戻っていい?」
「またそうやって逃げるのね。あなたは何もかもから逃げてばっかりよ。世間の人たちが皆社会で戦っているのに、恥ずかしくないのかしら。酷い娘だわ、本当に」
「部屋に戻る」
私はそう言い残して、私に向かって本当に最低よ! と叫んだ母に背を向けて、また部屋の中へ閉じこもった。
母の言う通り、私はニートなのだろう。外出さえできないような酷いひきこもりではないが、確かに働いていないし、その上親のすねを齧って生きていた。今年で二十九になるけれど、二十歳のころから私のニート生活なるものは始まっており、つまりかれこれ八年以上も、この浮世離れした生活を送ってきたわけだ。
母は私と社会の縁が切れたことがはっきりしだしてから、私を激しくののしるようになった。その一方で父も私に対して次第に無干渉になった。つまり母は私を完全に否定して、父は悪く言えば見殺しにしたわけだが、ボロボロと自分の自信が壊れゆく中、恋人の順だけが私の支えになってくれた。
順は気がつくと側にいてくれるような素敵な男子だ。高校の写真部での出会いが始まりだった。順はポロリとたまに人生論を吐露する以外は、私を責めるようなことは全く言わない。優しすぎる人だ。彼といるとき、時々甘えの感情が溢れ出して、大声で泣き叫んで、わめいて、当たり散らして、無茶苦茶をやりたくなったりする。でも彼の優しさがいつも私に歯止めをかける。こんないい人にそんなことをするのはおかしいと、理性、最後のプライドが私の中で叫ぶのだ。
順だけが私の逃げ場だった。彼だけが私を許してくれた。順を失いたくない。でもどうしようもない私が彼を縛れる権利なんて、どこにもないとも思う。だから私はいつも傷つきながら覚悟するのだ、順が去っていっても、笑って手を振りさよならをしよう、感謝を込めて。涙は見せない。心から彼の幸せを祈り、自ら静かに縁を切ろうと。
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