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37.叫び
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ナツは冷や汗をぬぐい、おそるおそる彼の腕を掴んだ。西崎さんはそれを振りほどこうともしない。二人はまるで恋人同士のように、駅に向かって歩いていく。西崎さんはナツの言葉で、少し落ち着きと冷静さを取り戻したようだ。乗り込んだ電車の中で、二人は他愛もない話をした。窓から空が見える。スマホに熱心な乗客たち。交わされる自分達の会話。
これは日常だ。永遠に続くようでそうでない、実は脆くも崩れやすい日常。百年後には、もしかすると変わるか、完全に消えているかもしれない光景。彼はこの普通な世界に、物凄く渇望を覚えていたのかもしれないと、フッとナツは思った。
二人は砂浜に立ち、目の前に広がる海を眺めていた。ナツは言った。
「海って、やっぱりいいですね。どんな海でも、海は海。地球を感じますもん。散乱するごみでさえ、ロマンティックです。何かの物語を感じます」
「うん」
西崎さんは腕組みをして、一言で返事をした。彼を見ると、楽しそうでも悲しそうでもなく、読めない表情をしている。打ち寄せる波の音が、妙に生々しく聞こえた。その時。唐突に西崎さんは、海に向かって大声で叫んだ。
「リコ、おまえの分まで、食ってやったぞー! 」
ナツは唖然として、西崎さんを見つめた。幸い周囲には誰も人がいない。なるほど、海を見ると叫びたくなる気持ちだけは、ナツにも理解可能だった。雄叫びはさらに続いた。
「うまかったぞー! 」
「美味しいもの、死ぬほど食ったんだー!」
「なのに、どうして」
「リコは食わなかったんだー! ただ、」
「食べてほしかったのに」
「食べてくれればよかったのに、なのに、どうして」
「食べてくれなかったんだ……」
西崎さんは身を縮め、大きな両手で顔を覆った。ナツはすぐ、彼が泣いていることを理解した。彼は弱さに埋もれながら、言葉を続けた。
「食べてほしかったんだ……」
「生きようとしてほしかったんだ……」
「自分で食わずに死ぬなんて、そんな人生あるかよ……」
「辛いとか、悲しいよりも」
「悔しいよ……」
「まだ若いのに、人生っていうステージにすら」
「立たずに。リコ」
「世界は広いぞ」
「この海みたいに」
「そんなことを知らずに死んでいくなんて、そんな人生、」
「ありかよ……」
「な…ぜ、食べられなかっ……た……」
これは日常だ。永遠に続くようでそうでない、実は脆くも崩れやすい日常。百年後には、もしかすると変わるか、完全に消えているかもしれない光景。彼はこの普通な世界に、物凄く渇望を覚えていたのかもしれないと、フッとナツは思った。
二人は砂浜に立ち、目の前に広がる海を眺めていた。ナツは言った。
「海って、やっぱりいいですね。どんな海でも、海は海。地球を感じますもん。散乱するごみでさえ、ロマンティックです。何かの物語を感じます」
「うん」
西崎さんは腕組みをして、一言で返事をした。彼を見ると、楽しそうでも悲しそうでもなく、読めない表情をしている。打ち寄せる波の音が、妙に生々しく聞こえた。その時。唐突に西崎さんは、海に向かって大声で叫んだ。
「リコ、おまえの分まで、食ってやったぞー! 」
ナツは唖然として、西崎さんを見つめた。幸い周囲には誰も人がいない。なるほど、海を見ると叫びたくなる気持ちだけは、ナツにも理解可能だった。雄叫びはさらに続いた。
「うまかったぞー! 」
「美味しいもの、死ぬほど食ったんだー!」
「なのに、どうして」
「リコは食わなかったんだー! ただ、」
「食べてほしかったのに」
「食べてくれればよかったのに、なのに、どうして」
「食べてくれなかったんだ……」
西崎さんは身を縮め、大きな両手で顔を覆った。ナツはすぐ、彼が泣いていることを理解した。彼は弱さに埋もれながら、言葉を続けた。
「食べてほしかったんだ……」
「生きようとしてほしかったんだ……」
「自分で食わずに死ぬなんて、そんな人生あるかよ……」
「辛いとか、悲しいよりも」
「悔しいよ……」
「まだ若いのに、人生っていうステージにすら」
「立たずに。リコ」
「世界は広いぞ」
「この海みたいに」
「そんなことを知らずに死んでいくなんて、そんな人生、」
「ありかよ……」
「な…ぜ、食べられなかっ……た……」
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