おんなのこ

桃青

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35.ヒトとヒト

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カウンターでない、奥にある二人用のテーブル席に腰を落ち着け、注文を済ますと、西崎さんは言った。
「遠慮なく食べてください。僕も今日は食べます」
「あの、私、太ってて。一応ダイエット中なので、たくさん食べるわけには、」
 ナツの言葉に西崎さんは急速に複雑な表情を見せた。そして言った。
「太っていないじゃないですか」
「太っています! 標準体重より十二キロも重いんです。服を普通のお店で買おうとすると、サイズもあったり、なかったりで大変だし、男の人にもモテないし」
「ご飯は美味しいですか? 」
「美味しいですけど……。それが何か? 」
「食べて、吐いたりしない? 」
「吐かないですよ。だからこんなに太っています」
「ならばいいです。何を頼んだんですか? 」
「サンドウィッチ。ケーキより体に悪くない気がしたので」
「あ、来ましたね」
 テーブルの上にはコーヒーとサンドウィッチ、あと、西崎さんの頼んだケーキ二個が並べられた。早速ナツがぱくっとサンドウィッチをつまむと、西崎さんはニコッとして、自分もケーキを口に運ぶ。彼はほっと息を吐き、言う。
「普通の食事ですね」
「はい、軽食ですけれど。それが? 」
「食事中申し訳ないですが、僕の彼女、食べても受けつけなかったから、この平和な食事風景が新鮮です」
「コーヒー、どうですか? 」
「うん、おいしい」
「私、今日のデートに、複雑な気持ちで来ました」
「……」
「自分が、西崎さんに何を求められているのか、よく分からなくて。私に何ができるのか、それを知るために来た感じ」
「僕、多分古川さんに甘えています」
「ん? 」
「助けてほしいと言ったら、助けてくれそうな人を求めていたのかもしれません。それが……、古川さんだった。僕のエゴイズムです」
「私は、助けたいと思いました」
「―僕を? 」
「はい。助けられないとしても、何かしたい。そう思って、今日来ました。だから利己主義なんて思わないでください。私だって、自分のやりたいことをやって、知りたいことを知ろうとしているだけです。それを互いにエゴと、呼び合いますか? 」
「ということは、お互いの欲求が噛み合っている。そういうことですか? 」
「そうだと思います」
「歯車状態だってことか。僕自身に動きたいという意思があるなら、古川さんの力を借りつつ、動き出せるかもしれないっていう」
「人の死を経験するって、軽いことではないと思います。彼女の死について、自分に責任を感じたりしていますか? 」
「役立たずだったと、思ってはいます。責任かどうかは分からないけれど。でも亡くなる一年くらい前から、彼女がここから、っていうのは現世みたいな意味だけれど、逃げていくイメージだった。だから僕が彼氏として存在する意味を、見失いそうになっていたな。古川さん」
「はい」
「僕、今楽しいです」
「そうですか? 話のテーマは全然明るくないけれど」
「古川さんの力なのかな。僕、人生を楽しめるみたい」
「楽しめますよ、きっと」
「今日は、僕、食べます。もう食いたくないって、本当に思えるくらい」
「分かりました。面白いお出掛けになりそうです」
 そう言い合って、ナツと西崎さんはクツクツと笑った。

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