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29.初日
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勤務初日、マリアは元の顔を殺す、いつも通りのメイクをし、フリルが三段になった黒のマーメイドスカート、淡いカラーの、花柄でレースの襟がついたブラウス、薄手のピンクのカーディガンを羽織って、出勤した。マリアにとってはいつも通りの格好だったのだが、スーパーに着いてロッカーで着替える時、私は間違っていたのかもしれないと思った。他の人達は皆、サバサバした格好をしていて、落ち着いて考えてみれば、お肉の相手をするのに、レースもフリルも無用であった。
(メイクは特に問題ないとしても、こういう格好はいささか問題なのでは……。大切なお洋服が、お肉の血で汚れたらどうするの)
マリアはそんな見当違いのことを考えた。とりあえず身支度をして、仕事場に向かうと、皆が軽く会話を交わしながら、お肉のパック詰めをしている所だった。マリアの存在に気付いた若い男の人が、話しかけてきた。
「新しく入った人? 」
「あの……、はい」
マリアが少し戸惑って答えると、彼は笑って言った。
「あっちのテーブルについて。これから品出しをやってもらうから」
「はい、分かりました」
素直に言うことを聞くマリアだったが、皆の視線がマリアに刺さる。マリアはどぎまぎした。こういう時、何か言うべきなの? それとも私がとても太っているから、見ているだけ? 恐る恐る振り返ると、皆はすでに仕事に戻っていた。おばさんがカートに商品を並べつつ、言った。
「女の子! 新しく入った女の子! 」
「わっ、私のことでしょうか? 」
マリアが訊ねると、おばさんはウンウンと頷きながら言った。
「名前は何て? 」
「えっ」
「名前を知りたいのよ」
「私は、う、上田マリです」
「じゃ、上田さん。このお肉、陳列棚に並べてきてくれる? 古い商品を前に並べて、新しい商品を奥にして」
「分かりました」
マリアはカートを押して、出入り口の扉を開けて、外へ出た。
(ええと、豚肉はこっちね。古いのを前、新しいのを後ろ)
そう心でぶつぶつ呟きながら、仕事をこなそうとした時、どこかから声がした。
「あのー」
マリアは誰? と思って立ち止まり、振り返ると、気の弱そうな疲れた感じのお婆さんが立っている。マリアは言った。
「何でしょうか」
「グルテンフリーのパスタはどこでしょうか? 」
グルテンフリーのパスタ? まるで何かの暗号みたいじゃない。それに私、このスーパーのことを、まだよく分かっていないのよ。
「パスタのコーナーになかったですか」
「ないねえ。この間は、あったんだけれど」
「ちょっとお待ちください」
マリアは急ぎ足で再び扉を開け、おそらくこの部署で一番の責任者であろう若い男の人に、言った。
「すいません、お客様がグルテンフリーのパスタをお探しで、私にはちょっと分からなくて」
すると彼は、マリアと全く同じ反応を示した。
「グルテンフリーのパスタ? 」
「ええ。パスタのコーナーにはなかったそうです」
「じゃ、俺が案内するわ。上田さんはそのまま、品出しをやっていて」
「は、はい」
(メイクは特に問題ないとしても、こういう格好はいささか問題なのでは……。大切なお洋服が、お肉の血で汚れたらどうするの)
マリアはそんな見当違いのことを考えた。とりあえず身支度をして、仕事場に向かうと、皆が軽く会話を交わしながら、お肉のパック詰めをしている所だった。マリアの存在に気付いた若い男の人が、話しかけてきた。
「新しく入った人? 」
「あの……、はい」
マリアが少し戸惑って答えると、彼は笑って言った。
「あっちのテーブルについて。これから品出しをやってもらうから」
「はい、分かりました」
素直に言うことを聞くマリアだったが、皆の視線がマリアに刺さる。マリアはどぎまぎした。こういう時、何か言うべきなの? それとも私がとても太っているから、見ているだけ? 恐る恐る振り返ると、皆はすでに仕事に戻っていた。おばさんがカートに商品を並べつつ、言った。
「女の子! 新しく入った女の子! 」
「わっ、私のことでしょうか? 」
マリアが訊ねると、おばさんはウンウンと頷きながら言った。
「名前は何て? 」
「えっ」
「名前を知りたいのよ」
「私は、う、上田マリです」
「じゃ、上田さん。このお肉、陳列棚に並べてきてくれる? 古い商品を前に並べて、新しい商品を奥にして」
「分かりました」
マリアはカートを押して、出入り口の扉を開けて、外へ出た。
(ええと、豚肉はこっちね。古いのを前、新しいのを後ろ)
そう心でぶつぶつ呟きながら、仕事をこなそうとした時、どこかから声がした。
「あのー」
マリアは誰? と思って立ち止まり、振り返ると、気の弱そうな疲れた感じのお婆さんが立っている。マリアは言った。
「何でしょうか」
「グルテンフリーのパスタはどこでしょうか? 」
グルテンフリーのパスタ? まるで何かの暗号みたいじゃない。それに私、このスーパーのことを、まだよく分かっていないのよ。
「パスタのコーナーになかったですか」
「ないねえ。この間は、あったんだけれど」
「ちょっとお待ちください」
マリアは急ぎ足で再び扉を開け、おそらくこの部署で一番の責任者であろう若い男の人に、言った。
「すいません、お客様がグルテンフリーのパスタをお探しで、私にはちょっと分からなくて」
すると彼は、マリアと全く同じ反応を示した。
「グルテンフリーのパスタ? 」
「ええ。パスタのコーナーにはなかったそうです」
「じゃ、俺が案内するわ。上田さんはそのまま、品出しをやっていて」
「は、はい」
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