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7.カイゴウ
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「すみません」
誰かから声を掛けられて、ハッと我に返った。レジの前にはメガネを掛けた、真面目そうな男性が立っている。ナツは慌てて言った。
「はい、何でしょうか」
「花束を作っていただきたいのですが」
「かしこまりました。要望などありますか?」
「ピンク系の花にして…、心が明るくなりそうな……」
「私が選びますか? それともお客様がご自身で選ばれますか? 」
「そうだな、なら―。僕が選ぼうか」
そういって彼はショーケースの前に立った。何となく、品を感じる男の人だ。メガネの奥にある素顔も、きっとハンサムに違いない。そんな彼に惹かれるように、ナツは訊ねた。
「どこに飾られますか? それとも、誰かへのプレゼント? 」
「病室に飾りたいんです」
彼はさらりとそう言った。病室か……、とナツは思った。家族や親しい人が病気なのだろうか。ナツは小さいサイズのひまわりを、ケースから一本取りだして言った。
「なら、ひまわりなんてどうでしょうか。花言葉は、『あなただけを見つめる』。一途ですよね。ピンクではないけれど、ピンクの中に黄色いひまわりの花があると、一層華やかになると思うんです」
男性ははにかむように笑うと、言った。
「なんか、恥ずかしいな」
「そうですか? 」
「うん。病室にいるのは、恋人だから。もう一回告白でもするようで。この蘭みたいな花も奇麗ですね、色も鮮やかなピンクに近しい色だし」
「これはデンファレという花です。今、季節の花なんですよ。花言葉は、『お似合いのふたり』」
「自分自身でそんなこと言わないですよね。でもひまわりとはいいコンビって感じだな」
「どっちも明るさのある花ですから」
「なら、ひまわりとデンファレを中心に、三千円くらいの予算で、花束を作ってもらえますか」
「分かりました」
ナツはそう言って、ショーケースの前に立つと、ひまわりとデンファレを取ってから、さらにピンク系の花を足していき、バランスを調整してから、彼に見せて訊ねた。
「これでどうでしょうか?」
「うん、個性的でいい」
「なら、ラッピングしますね」
ナツはそう言うと、丁寧に花を包み始めた。
病室にいる恋人……。何だか悲哀の匂いがする。花束につけるリボンを選びながら、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「きっと良くなりますよ。大丈夫」
すると彼は遠くを見つつ、こう言った。
「どうかな」
どうかな? ナツは思わず頭の中でこの言葉を反芻し、顔を上げ、彼を見つめた。彼の方もナツを見つめた。二人の目がぴたりと合い、数秒の時が流れる。彼の方からそっと目を逸らし、何かを諦めたかのように言った。
「体でなく、心の病気ですから」
「そ、そうなんですか」
「もう僕の力ではどうにもできない」
どんどん話が暗くなってゆく。この人のメンタルまで病まなければいいが、と思いつつ言った。
「できました。お会計は、二千八百十円になります」
「はい。……ありがとう、また来ます」
「お待ちしています」
そう言ってナツが頭を下げると、男性の気配が静かに店内から消えていった。
誰かから声を掛けられて、ハッと我に返った。レジの前にはメガネを掛けた、真面目そうな男性が立っている。ナツは慌てて言った。
「はい、何でしょうか」
「花束を作っていただきたいのですが」
「かしこまりました。要望などありますか?」
「ピンク系の花にして…、心が明るくなりそうな……」
「私が選びますか? それともお客様がご自身で選ばれますか? 」
「そうだな、なら―。僕が選ぼうか」
そういって彼はショーケースの前に立った。何となく、品を感じる男の人だ。メガネの奥にある素顔も、きっとハンサムに違いない。そんな彼に惹かれるように、ナツは訊ねた。
「どこに飾られますか? それとも、誰かへのプレゼント? 」
「病室に飾りたいんです」
彼はさらりとそう言った。病室か……、とナツは思った。家族や親しい人が病気なのだろうか。ナツは小さいサイズのひまわりを、ケースから一本取りだして言った。
「なら、ひまわりなんてどうでしょうか。花言葉は、『あなただけを見つめる』。一途ですよね。ピンクではないけれど、ピンクの中に黄色いひまわりの花があると、一層華やかになると思うんです」
男性ははにかむように笑うと、言った。
「なんか、恥ずかしいな」
「そうですか? 」
「うん。病室にいるのは、恋人だから。もう一回告白でもするようで。この蘭みたいな花も奇麗ですね、色も鮮やかなピンクに近しい色だし」
「これはデンファレという花です。今、季節の花なんですよ。花言葉は、『お似合いのふたり』」
「自分自身でそんなこと言わないですよね。でもひまわりとはいいコンビって感じだな」
「どっちも明るさのある花ですから」
「なら、ひまわりとデンファレを中心に、三千円くらいの予算で、花束を作ってもらえますか」
「分かりました」
ナツはそう言って、ショーケースの前に立つと、ひまわりとデンファレを取ってから、さらにピンク系の花を足していき、バランスを調整してから、彼に見せて訊ねた。
「これでどうでしょうか?」
「うん、個性的でいい」
「なら、ラッピングしますね」
ナツはそう言うと、丁寧に花を包み始めた。
病室にいる恋人……。何だか悲哀の匂いがする。花束につけるリボンを選びながら、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「きっと良くなりますよ。大丈夫」
すると彼は遠くを見つつ、こう言った。
「どうかな」
どうかな? ナツは思わず頭の中でこの言葉を反芻し、顔を上げ、彼を見つめた。彼の方もナツを見つめた。二人の目がぴたりと合い、数秒の時が流れる。彼の方からそっと目を逸らし、何かを諦めたかのように言った。
「体でなく、心の病気ですから」
「そ、そうなんですか」
「もう僕の力ではどうにもできない」
どんどん話が暗くなってゆく。この人のメンタルまで病まなければいいが、と思いつつ言った。
「できました。お会計は、二千八百十円になります」
「はい。……ありがとう、また来ます」
「お待ちしています」
そう言ってナツが頭を下げると、男性の気配が静かに店内から消えていった。
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