5 / 51
3.マリア、寿司を食べる
しおりを挟む
店を出ると、時刻は午前十一時になっていた。午後からのショッピングの作戦を練るために、チェーン店の回転ずし屋に入っていく。カウンターでよろしいですか? と訊ねるお店の店員に、無表情でテーブル席にしてくださいと言い放ち、案内されると、四人用の席を独り占めして、さっき買ったサンリオグッズを一つずつ鑑賞する時間が、至福の時だ。
(百均で、アクリルスタンドとか発売しないのかしら)
(あの、ジュースデザインのキーホルダーは買うべきだったわ)
(このクロミちゃんは、死ぬほど可愛いわね。今日の私のファッションともよく合う)
(シナモンロールの爽やかさは破壊的よ。この水色のおめめにやられるのよね)
(彼氏にするなら、アヒルのペックルがいいわ。自己完結していそうな所が、私の好みに合う)
一通りグッズを眺めて満足した所で、お寿司を選ぶことにしようとしたが、その前に。スマホを確認しなければと、鞄からスマホを取り出すと、誰かが電話を掛けてきていた。どうせ暇だし、暇つぶしにね、と思って、自ら電話を掛け直すと、相手はすぐに出た。
「マリさん? よかったあ~、出てくれて」
「何の用? 森さん」
「何か他人行儀じゃない? 今日! 今日、家の店に来てくれない? 」
「どうして私が」
「俺、売れていないじゃん? ホストとして」
「自覚はあるのね」
「だから、単純に金不足でさ。ここはぜひ、マリさんに助けてもらいたいと思って。そのことを直に伝えたくてさあ」
「あなたが売れないのは、」
「はい? 」
「そういった甘さがあるからよ。私はルックスの良さに惹かれて、あなたを指名していたけれど」
「そう、マリさん美形好きだもんね。俺とかさ、」
「クズはクズね。さようなら」
「えっ。はい。あの。マリさん? ええ~、ちょっとお」
そこでマリアはブツッと電話を切った。私達に明日はない……。そう心で呟いてから、己の欲望を満たすために、寿司を注文しようと思った。
鯵、ハマチ、卵、エビアボカド、タコ、いくら、サーモン、ほたて、貝、とろたく、納豆巻き、プリン、エトセトラ、エトセトラ。
チェーン店のすし屋は安さに意味がある。マリアはそう思っている。つまり食べるべきは、百円の皿だ。多少高い皿に釣られる時もあるものの、量と質を兼ね備えた百円の皿が、マストだ。
それは大金がないことの言い訳であることに、マリアはまだ、気付いていない。
貧乏だと認めることは、マリアにとって自分を痛めつける行為と、同義である。だから、小、中、高、大学時代のお金持ちの友達に会うという、馬鹿な真似は決してしない。彼女たちはプラダのバッグを持ち、親の仕事の手伝いをし、シャネルの服を着て、彼氏と三万円のディナーを食べる、数少ない、かつてのバブルの体現者のような大人になっていた。その一方で自分は、一枚百円の寿司の皿の枚数を気にしつつ食べるなんて、発狂しそうな行為よ。現実は見ず、存分に夢の世界で泳ぐのだ、マリア。それが私の幸せ。
サンリオの世界は、そんな彼女にとっての理想郷だ。サンリオのキャラたちは、平和で、楽しく、お茶目に幸福に愛し合う。私もそんな君たちの仲間になりたいの。と、マリアはグッズに向かってそっと囁く。それから寿司を食べながら、午後の予定を練りだした。
(三百円ショップの、サンリオ商品のチェックはマストね。となると、〇△駅の側にあるショッピングモールへ行かないとならないか……)
(シャトレーゼのケーキも食べたくなってきた。となると、〇×駅にも行かなきゃならないわね。ケーキの個数は三個で決まり。プリンも買うわ)
(コメダのフィッシュサンドもテイクアウトしよう。家でプライムビデオを見ながら、ゆっくり食べるのよ)
(今日も一万円は多分、それで終わりね)
そこまで思考を練ると、マリアは机に散乱しているサンリオ商品を、ばらばらとかき集め、エコバッグに戻してから席を立った。
(百均で、アクリルスタンドとか発売しないのかしら)
(あの、ジュースデザインのキーホルダーは買うべきだったわ)
(このクロミちゃんは、死ぬほど可愛いわね。今日の私のファッションともよく合う)
(シナモンロールの爽やかさは破壊的よ。この水色のおめめにやられるのよね)
(彼氏にするなら、アヒルのペックルがいいわ。自己完結していそうな所が、私の好みに合う)
一通りグッズを眺めて満足した所で、お寿司を選ぶことにしようとしたが、その前に。スマホを確認しなければと、鞄からスマホを取り出すと、誰かが電話を掛けてきていた。どうせ暇だし、暇つぶしにね、と思って、自ら電話を掛け直すと、相手はすぐに出た。
「マリさん? よかったあ~、出てくれて」
「何の用? 森さん」
「何か他人行儀じゃない? 今日! 今日、家の店に来てくれない? 」
「どうして私が」
「俺、売れていないじゃん? ホストとして」
「自覚はあるのね」
「だから、単純に金不足でさ。ここはぜひ、マリさんに助けてもらいたいと思って。そのことを直に伝えたくてさあ」
「あなたが売れないのは、」
「はい? 」
「そういった甘さがあるからよ。私はルックスの良さに惹かれて、あなたを指名していたけれど」
「そう、マリさん美形好きだもんね。俺とかさ、」
「クズはクズね。さようなら」
「えっ。はい。あの。マリさん? ええ~、ちょっとお」
そこでマリアはブツッと電話を切った。私達に明日はない……。そう心で呟いてから、己の欲望を満たすために、寿司を注文しようと思った。
鯵、ハマチ、卵、エビアボカド、タコ、いくら、サーモン、ほたて、貝、とろたく、納豆巻き、プリン、エトセトラ、エトセトラ。
チェーン店のすし屋は安さに意味がある。マリアはそう思っている。つまり食べるべきは、百円の皿だ。多少高い皿に釣られる時もあるものの、量と質を兼ね備えた百円の皿が、マストだ。
それは大金がないことの言い訳であることに、マリアはまだ、気付いていない。
貧乏だと認めることは、マリアにとって自分を痛めつける行為と、同義である。だから、小、中、高、大学時代のお金持ちの友達に会うという、馬鹿な真似は決してしない。彼女たちはプラダのバッグを持ち、親の仕事の手伝いをし、シャネルの服を着て、彼氏と三万円のディナーを食べる、数少ない、かつてのバブルの体現者のような大人になっていた。その一方で自分は、一枚百円の寿司の皿の枚数を気にしつつ食べるなんて、発狂しそうな行為よ。現実は見ず、存分に夢の世界で泳ぐのだ、マリア。それが私の幸せ。
サンリオの世界は、そんな彼女にとっての理想郷だ。サンリオのキャラたちは、平和で、楽しく、お茶目に幸福に愛し合う。私もそんな君たちの仲間になりたいの。と、マリアはグッズに向かってそっと囁く。それから寿司を食べながら、午後の予定を練りだした。
(三百円ショップの、サンリオ商品のチェックはマストね。となると、〇△駅の側にあるショッピングモールへ行かないとならないか……)
(シャトレーゼのケーキも食べたくなってきた。となると、〇×駅にも行かなきゃならないわね。ケーキの個数は三個で決まり。プリンも買うわ)
(コメダのフィッシュサンドもテイクアウトしよう。家でプライムビデオを見ながら、ゆっくり食べるのよ)
(今日も一万円は多分、それで終わりね)
そこまで思考を練ると、マリアは机に散乱しているサンリオ商品を、ばらばらとかき集め、エコバッグに戻してから席を立った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
よくできた"妻"でして
真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。
単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。
久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!?
※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。
日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき
山いい奈
ライト文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。
世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。
恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。
店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。
世都と龍平の関係は。
高階さんの思惑は。
そして家族とは。
優しく、暖かく、そして少し切ない物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
一か月ちょっとの願い
full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。
大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。
〈あらすじ〉
今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。
人の温かさを感じるミステリー小説です。
これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。
<一言>
世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる